第三話 魔法の復活
私は当時、想像もしなかった自身の能力と、その可能性に気付かず、ただただ混乱していた。
鑑定結果に出ていた、付与可能とは一体何だ?
これまでと異なる表示、そして付与が意味を理解できず、その日は何もせずに集落への帰路についた。
火の属性を持つと言われた、ヒクイドリの魔石を片手に握りしめて。
集落に戻ると、狩りの成功と、全員の無事を祝う祝宴が、いつもと同様に催された。
祝宴で出る酒は、恐らく麦で作られたのであろうと思える、ビールに似たエールと呼ばれるものや、果実酒が中心だった。
エールは井戸水で冷やされているものの、もう少し冷やした方がもっと旨いだろうな、そんな事を思いながら酒杯を何度も煽った。
入れ替わり立ち代わり酒を注がれた私は、少し酔ったこともあり、集落の長に思い切って自身の身に起きている不思議なことを打ち明けた。
「長、ちょっと相談したいことがあります。
他人の特性を知る魔法、鑑定魔法というものはありますか? 例えばその人の潜在能力を知ることとか……
あと、能力を付与する魔法ってあるんでしょうか?
属性のある魔石が、その付与に関わるとか、そんな話を聞かれたことはありますか?」
「ふむ、儂も詳しくはわからん。
じゃがそれは、恐らく時空魔法士の能力かも知れん。
かつて、その力で近くに居る者の情報を読み取ることができる魔法、そういったものを行使した者がいることは、我らの伝承に残っておる。
だが……、付与とは聞いたことがないのう」
「私にはその……、長が話されていた、情報を読み取ることができる力、それが有るようなんです。
そして、今日初めて、火の属性の魔石を手にした時、その素養を持つ者を見ると、それが付与可能と鑑定されました」
「何と! いや……、カイル殿、それは誠か?」
「はい、ヒクイドリの魔石を手にした時のみ、付与可能と表示が変わります。
サラムの様に、火魔法の鑑定結果がある者に対してのみ、そういった表示に変わっています」
「そりゃ……、魔法にも魔石にも属性があるからの。
水魔法に関連するものは水の属性や魔石、風魔法なら風の属性、一部の魔物はそういった属性を持ち、属性のある魔物から取れる魔石は、それぞれの特徴を示す色を持っておる」
「えっ? では、火属性以外にも属性を持つ魔物がいるのですか?」
「まぁ、昔に比べれば魔境もだいぶ狭くなって、そういった属性を持つ魔物の数も減ってしまったがの。
魔法自体、12種類の属性があり、それと同じく、12種類の属性を持った魔物がそれぞれいる。
まぁ、この辺りの魔境では、火の属性を持つヒクイドリがその大半を占めるがな。
ただし……、そういった魔物は属性に応じた攻撃をしてくる。黒狼のように何も属性を持たぬ魔物と比べ、格段に手強いのが難点ゆえ、我らもそういった危険を避け、狩りを行っておるのがの」
「そうですか……、では私は、今後どうすれば良いでしょうか?」
「そうじゃな……、試してみるのも良いかもしれん。万が一、我らが失われた魔法を取り戻す。
そういったことになれば、辺境で魔物に怯える暮らしも、大きく変わるやもしれん」
酒宴で長との話も進み、翌日になって私たちは、狩りで得たヒクイドリの魔石を、サラムに試してみることになった。
ただ、付与というものをどうやって行うか、そのやり方については皆目見当も付かなかったが……
私は火の魔石を左手に持ち、もう一方の右手をサラムの肩に置いた。
そして心に強く念じた。
『サラムに火の属性を付与する!』
そうすると不思議なことが起こった。
火の魔石が一瞬輝いたかと思うと、魔石の中の『何か』が私の左手から胸を通り、右手に移動する不思議な感覚があった。
そして、その『何か』は右手から、サラムの体に吸い込まれていった。
それが終わり左手を見ると……
魔石の色は、鮮やかなオレンジに近い赤から、鈍い艶のない赤に変わっていた。
次に、サラムを見ると鑑定結果が変わっていた。
サラム【鑑定結果 特性:火魔法士 状態:魔法士】
「サラム? 何か変化はあるかい?」
「分かりません。ですが何かが身体の中から沸き起こってきた。そんな感覚です」
その後、集落で今なお残る魔法知識の断片が、長の指示で集められた。
しばらく試行錯誤を繰り返した後、サラムは火魔法が行使できるようになり、魔物と同じく、火の玉を発し、それを前方に飛ばすことができるようになった。
ついに、人外の民にも、魔の民であった頃の力が復活した!
このことに、集落に住まう者は皆狂喜した。
「これでっ!
人外の民として、滅びゆく定めだった我らにも、生き抜く力が、古の力が復活した」
長はこう言って涙を流した。
「人外の民である我らに、魔法の復活を!
魔の民としての誇りを、今こそ取り戻さん!」
これは、里に住まう者全てが願う、共通の目標となり、以降に行われる狩りの目的となった。
私は鑑定で魔法士の表示があった者を全て洗い出し、今後の狩りでは、彼らの属性に合う魔物を狩ることが最優先となった。
この人外の者の住まう里は、新たなる希望を抱き、目標に向かって進むこととなった。
※
サラムに付与が成功して以降、我々は以前にも増して、魔境に入る事が多くなった。
ただ魔境はその多くの領域が失われ、その結果として、棲息する魔物の種類も大きく減ったそうだ。
そして、目当てとなる属性を持つ魔物の数は、更に少なくなっており、発見したとしてもそれらは手強く、討伐も思うように進まなかった。
最初のうちは、火属性を中心に次々と魔法士が復活していったが、4人目の復活で頭打ちとなった。
原因は明確だ。それだけ、属性を持つ魔物の数が少なく、確保できる魔石も頭打ちとなったからだ。
「そもそも属性を持つ魔石がこれだけ入手困難だと、魔法士の復活もまだ遠いなぁ。
これだけ素養を持つ人が居るのに……」
私は思わず独り言で愚痴を吐いた。
「カイル、魔石探しているの?
そんなの、どこのお家でも祭壇にあると思うんだけど……」
「!!!」
思わぬところから光明が差した。
偶然私のため息交じりの言葉を聞いた、アクアが声を掛けて来てくれた。
「本当かい? アクアの家の祭壇にある魔石って、見せてもらうことができるのかな?」
「うん、お母さんに聞いてみるー。
でも、たぶん大丈夫ー」
こう言ってアクアは駆け出していった。
人外の民はかつて、魔の民と呼ばれ氏族ごとに固有の魔法が使えた。
既に魔法は使えずとも、先祖の氏族を示す魔石を、今なお祭壇に残していた家が何件もあるらしい。
アクアの家もそのひとつだった。
彼女の家には、水の属性を持つ薄い青色の魔石と、風の属性を持つ白と青の斑模様の魔石があった。
「これ、カイルの探していた物で合ってる?」
試しに水の属性を持つ魔石を手にした私は、アクアの鑑定結果が付与可能と表示が変わったことを確認した。
「アクア、凄いよ! 合ってる!
でも、これって、お家では大事なものなんだよね?」
恐らくこれらは、先祖から代々受け継がれてきた大切な物の筈だ。
その点が引っ掛かった私は、この事を集落の長に相談した。
そこからは話が早かった。
長の号令一下、それぞれの家に調査が依頼された。
その結果、25軒あまりの家から、付与に使えそうな魔石が発見され、長と持ち主、付与する対象の3者で相談が行われることになった。
アクアの家のように、複数の魔石を持つ家もあったが、身内で魔法を付与できる者がいる家を中心に30名の者が、これらの付与対象として決まった。
因みにアクアの家は、アクアとテスラが成長したら付与する、それで話がまとまったそうだ。
こうして、各家が供出した魔石を使った付与と、並行して、古より伝わる、魔法に関する伝承や記録の調査が、集落を挙げて行われた。
その結果、里の中から新たに30名もの魔法士が、一気に誕生することになった。
これまでの狩りの成果で、既に魔法士となっていた4名に加え、総勢34名もの魔法士を抱えることになり、里の人々は歓喜の声を上げた。
彼らが歴史の経過とともに失った、魔の民としての矜持、迫害された生活のなか、抱くことのできなかった未来への希望を、やっと取り戻したからだ。
彼ら魔法士の活躍で、魔境での活動は以前よりずっと安全になり、狩りの効率は飛躍的に向上した。
魔法の恩恵は狩りだけでなく、開墾や農作業、土木工事や物資輸送など、あらゆる所で集落を支え、彼らの生活向上にも大いに役立っていった。
みるみるうちに、里の暮らしは変わっていった。
より豊かな方へと。
もちろん、里の人々は魔法の恩恵を、魔法士の復活を、秘匿することを忘れなかった。
魔の民が辿った、悲しい歴史を再現しないように。
だが、後日になって、魔法士の復活が里にもたらす災いに、この時点では誰も気付いていなかった。
最後までご覧いただきありがとうございます。
次回は明日9時に『不吉な暗示』を投稿します。
どうぞよろしくお願いします。