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過去と未来を紡ぐ始まりの物語 ~カイル王国建国史~  作者: take4


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第三十八話 幽霊たちの帰還

ケンプファー男爵領はゴールト伯爵領を南に抜け、更に隣の男爵領を抜けた先にある。

北の魔境を塞ぐ関門からは、徒歩で5日、騎馬や馬車なら2日の行程になる。


アルスたちの率いる、作戦本隊が男爵領で許された滞在時間は、この距離ゆえに実質3日強しかない。



だが、カイルたちの懸念は他にもあった。

男爵たち一行が、地元の男爵領に滞在する期間が長くなればなるほど、事態が露見する確率は高まる。

それ故の、ぎりぎりの、綱渡りの計画だった。


アルスたちは夜陰に紛れて男爵領に入ると、そこで人目を避けて野営した。



「ゴウラスの旦那、あとは任せましたぜ。

ここから先は、旦那の腕次第だ。期待してますよ」



アルスは、夜になってひとり野営地を抜け出した、ひとりの男の背を見送りながら、そっと呟いた。



深夜、ゴウラスは勝手知ったるケンプファー男爵の屋敷に忍び込んだ。

そして密かに、深夜まで政務を行っていた、まだ若い義弟の執務室を訪ねた。



「曲者っ! ……、あ、あ、義兄上あにうえ

生きていらっしゃったのですか?」



「ジーク、御覧の通りだ。

すまんな、突然訪問してしまって。どうしても内々に、お前だけに伝えたい話があってな。

済まんが誰の目に触れることもなく、ここで話をさせて貰っても構わないか?」



ゴウラスはジークにこれまでの経緯を説明した。



ゴールト伯爵の非道な行いを。

人外の民に命を救われた経緯を。

彼と彼の兵士たちが望む未来を。

今回、やむをえず男爵領を訪れた経緯を。



「突然の事で理解できんことは沢山あるだろう。だが、私は其方と男爵家の未来を損ないたくない。

そのためには、私は死んだままにして欲しい。

そして、私に付き従ってくれた兵たちの、望みを叶えるため力を貸しほしい」



ゴウラスは可能な限り丁寧に、かつ情熱を持って彼らの夢見る未来を説明した。



「了解しました。

義兄上がこの家を想い、男爵家から身を引かれたこと、あの遠征に参加された意味を分かっております。


私には、義兄上に返せないほどの借りがあります。

何をすればよろしいのですか?」



「幽霊たちの帰還、それに目を瞑って欲しい。

そして、彼らの永久とこしえの旅立ちに花を添えて欲しい」



そう言うと少し笑った。



「花とは人であり、手向たむけでもある。

亡くなった兵士たちの家族や関係者が減ること、幽霊騒ぎを無かったこととして、取り繕っ欲しい。

彼女たちを乗せ、国境まで密かに移動する、足の付かない荷馬車を、2日後までに用意してくれないか?」



「分かりました。


あれだけの人が亡くなったんです。悲しみに暮れ、幽霊の姿を見る人もいるでしょう。

過去を振り切るため、誰にも告げず新天地に旅立つ人もいるでしょう。


丁度ケンプファー家では、古い荷馬車を処分する予定でした。一旦廃棄するものを商人に引き渡すため、街道脇に集めて置いておきましょう。


明日から夜のから2日間、領内の夜警は領主から酒を振る舞われ、任務ができなくなるかもしれません」



そう答えて改めて笑った。

そして深く一礼した。



「義兄上の今後の武運をお祈り申し上げます。

また、ケンプファー家が受けた多大なご恩、決して忘れません。本当にありがとうございました」



2人の間で交渉はまとまった。



翌日からケンプファー男爵領では、不思議なことが起こった。

幽霊騒ぎや、急遽いずれかに旅立ちを決め、慌ただしくその準備で動き回る者など様々だった。


また、ケンプファー男爵からも、ドーリー子爵領の魔境に派遣される開拓団が結成され、数日の内に出発する旨の布告が出された。



このお陰で、ゴウラスたちは開拓団として日中もある程度行動することができた。もちろん、顔見知りとの出会いはそれぞれ避けなければならなかったが……



ゴウラスたちが野営している場所には、男爵家から開拓団の準備、差配の責任者として家宰が派遣された。



「ゴウラスさま、ご無沙汰しております。

本当に、生きていらっしゃったのですね。ケンプファー家は返しようのないご恩をいただきました。

ジークさまは私にのみ、事情をお話しくださいました。以後、皆様の出発までお世話させていただきます」



涙を浮かべながら、家宰は挨拶すると、直ちに差配に取り掛かった。

瞬く間に、領主の命として必要物資は整えられ、開拓団の体裁は整えられ始めていった。

ジークの手向けは、ゴウラスの想像以上だった。



「開拓団の体裁を取る以上、食料や道具類、穀物の種なども必要でしょう。

これらは、用意できるだけ取り揃えました。


次に、身寄りのない人外の民たち、ジーク様が密かにゴートより保護した者たちが20名ほどいます。

彼女たちもお連れください」



そう言って紹介されたのは、10代から20代の女性たちであった。

後に開放する予定で、ジークがゴートの奴隷市を通じて、密かに手に入れていた者たちの一部らしい。

人外の民を保護する施策は、ゴウラスの治世から始まり、変わらず引き継がれているようだった。



「また、開拓地にて、男ばかりの兵士たちだけでは、日々の生活もままならない事でしょう。

先程の者たちに加え、彼女たちも一緒にお連れください。彼女らは、難民として他領から流れて来た者たちです。

先の遠征で頼るべき夫や父を亡くし、困窮して流れて来た者たちですが、『奴隷に身を落とすことなく、まっとうな仕事があるなら辺境、魔境の中の開拓地でも構わない』、そう申している者ばかりです。

彼女たちにもできる仕事があるなら、身を売らずに生きていく術があるのなら、是非お連れください」



ゴウラスには、ジークと家宰の気遣いが身に染みた。


居並ぶ女性達は10代から30代、子供は居ない者、難民となる過程で家族と死に別れた者など、全てが今後は身ひとつで生きていかなければならない、そんな者たちばかりだっだ。



「彼女たち、人外の者、人界の者、そして兵士たちが連れて来た者に区別なく、全ての者に対し、北へ帰還する前には全てを話た上で、最終の意思確認を行う。

万が一、同行を拒む者がいれば送り届けるので、その時は再び預かって欲しいが、頼めるか?」



「はい、もちろんでございます」



家宰の協力のもと、出発の準備は滞りなく完了し、ケンプファー領に到着して3日後の朝、ドーリー子爵領内の魔境に移住する、開拓移民団と称した一行は、荷馬車を連ねて出発した。



「なんとか、予定期日には間に合いそうだな。

まあ多少……、いや、当初の予定より相当人数と物資は増えてしまったが、救えるなら救いたい者たちだ。

カイル殿も許して下さるだろう。

あと、家宰に託した手紙を、ジークが受け取ってくれれば、先ずは一安心というところか」



先頭を騎馬で進むコウラスの後ろには、新たに加わった130名と物資を満載した荷馬車の車列が続いていた。



◆偽装開拓団構成


(往路人数)

魔法士     10名

男爵兵     50名


(復路追加)

兵士関係者   80名

人外の民    20名

難民より希望者 30名 



出発にあたり、ゴウラスはケンプファー男爵家の未来を憂いた。

いつの日か、ローランド王国が北の魔境に軍を進めることがあるかも知れない。


領内に魔境を持たず、魔境を生きる術を知らないケンプファー家の者たちは、強かに魔境の洗礼を受けてしまうことだろう。

その未来を考え、義弟に宛てた一通の手紙を家宰に預け、その想いを託していた。



義兄が去ったあと、ジークは彼の手紙を読んだ。

そこには、男爵家の未来を憂い、義兄が遺した戒めが記載されていた。



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歴代のケンプファー家当主となる者へ

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私は、ケンプファー男爵領当主であったひとりとして、子孫代々にこの戒めを遺す。



魔境に足を踏み入れる者、その禁忌を犯すべからず。

禁忌を犯せば、自らの命を以てそれを知るだろう。


重ねて言う。


魔境とは、本来、人が足を踏み入れる場所ではない。

魔境に立ち入ることを極力避けよ。

魔境に攻め上ることは、死を意味すると心得よ。


万が一、非常の事態でこの戒めを破るとき、禁忌を知り、魔境に住まう者たちの行いに習うべし。

わが身と、共に在る者の命を守ることのみを考え、行動すること忘れるべからず。


そして、決して魔境の奥深くには立ち入ってはならない。例え王命に背くことになったとしても……



※※※ 禁忌事項 ※※※



『魔境の畔に住まう者、決して禁忌を犯すなかれ。

 禁忌を犯すもの、自らの命を贄に禁忌を知る。

 魔物を人の世界に招く愚行、決して行う事なかれ』



◆不血の禁忌

魔境やその周辺では、決して血を流してはならない

魔物は血の匂いに誘われ森深くからやって来る

負傷の際は直ちに血止めを行い、匂いの強い葉で患部を覆い、血のついた衣服は直ちに焼却すべし



◆不向の禁忌

魔物に追われた際は、決して人里に向かうべからず

道を知った魔物は、魔境を出て人里へ向かう



◆不断の禁忌

人を襲った魔物は必ず討伐し、その群を全て断て

人の味を覚えた魔物とその群れは、次から必ず人だけを狙い襲ってくる



◆不測の禁忌

複数の魔物を不用意に準備なく相手してはいけない

不慮の襲撃に常に備える準備を怠るなかれ

窮地の魔物は仲間を呼び寄せること忘れるなかれ



◆不退転の禁忌

進退窮まった時は、馬や家畜を犠牲にして魔物の足止めを行うべし

最後は自らの命を犠牲にしても、魔物の足止めを行え

自らが人柱となる覚悟のある者のみ、魔境に進むべし



この、ゴウラス・ケンプファー男爵が残したこの戒めは、男爵家に代々伝えられることになった。

そして、彼の男爵家の行く末をおもんばかる心は、500年以上の時を超え、ジークハルトという若き当主に繋がることになる。


ジークハルトは代々伝わるこの手紙により、祖先の言葉と魔境の禁忌を知り、興味を持った。

その後、独自に調査や商人たちの聞き取りを行い、魔境に関する情報と知識を更に集めた。

そして後日、遠征軍に加わり魔境に足を踏み入れることになったとき、その知識と禁忌を存分に活用した。


彼は禁を破ることなく慎重に魔境をき、自身だけでなく多くの命を、男爵家の命運を救うことになる。

ゴウラスの願いを叶える形で。

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