第三十五話 中継所エスト
ファランの中継所で一夜を明かしたあと、我々は途中にある避難所を経由して、アクアよりエストと名付けられた第二中継所に入った。
先ず驚いたことは、エストの広大さだった。
「どうです、カイルさん。まるでここは、以前の隠れ里を連想しませんか?
まぁ、今のところはまだ壁も低く、申し訳程度の外壁があるって感じですがね」
謙遜しつつ、胸を張るアルスの言葉通り、ここは我々が暫くの間暮らすには十分過ぎる広さだった。
約10mの防壁が東西に1kmほど伸び、南北はまだ高さ5m程度だが、長さは東西の防壁より少し長い。
その四角形に囲まれた北側部分に、高さ20mほどの内壁に囲まれた300m四方の生活区があった。
「元々この内壁部分が、本来は中継所として作っていた部分でさぁ。
外壁はあれから急遽作ったので、まだ形だけですね。取り急ぎ外壁の内側に畑を作り、比較的安全な耕作地とすることが可能です」
「アルス、いや、予想以上でびっくりしたよ。
これならすぐに作付けを行えば、今年の収穫も期待できるんじゃないかな? しかも内壁内は安全が確保されてるし……、文句の付けようがないと思うよ」
アルスたちのお陰で、取り急ぎ住む場所と、急ぎ対応する畑が整っていた。
これから2年半、3回分の収穫まで一旦エストに根を下ろし、貯えをつくることに専念する。
この目標を全員に共有したあと、それぞれの作業に当たる人員を割り振ることにした。
◆戦闘部隊:200名
文字通り対魔物や、万が一、人界の民が侵攻してきた際に先頭に立って戦う者たちだ。
総勢200名のうち、100名はゴウラス男爵が率いる兵士たち、30名が魔法士、70名が人外の民で構成された護衛隊からなる。
因みに私は、こちらの慣習で日本と氏名の順が逆なことを忘れ、ゴウラス殿を間違えてゴウラス男爵と呼び続け、それがいつの間にか定着してしまっている。
・魔法士 30名
・護衛隊 70名
・男爵軍 100名
このうち魔法士は主に攻撃特化の属性を持つ者が中心だが、地魔法士のアースのように、魔法自体は攻撃に向かないが、元々里で狩りに出ていて、戦闘力の高い者も含まれている。
護衛隊も、里で狩りの経験があり戦闘力が高いが、ファルケのように鑑定の結果魔法適性の無い者や、魔石の順番待ちでまだ魔法士となっていない者たちで構成されている。
戦闘部隊の主な仕事は、エストの警備と周辺偵察、そして最大の仕事は狩りを行い、食料と素材の調達を行うことだ。
特に男爵率いる兵士たちは、基礎訓練ができているものの、魔物との戦闘は素人同然だったため、魔境で生きていく術を教える必要があった。
この先の移動において、戦闘部隊として名実共に活躍してもらう必要もあり、ファルケを教官にして、日々訓練に勤しんでいる。
◆支援部隊:100名
こちらは風魔法や水魔法など、直接攻撃には加わらないが、前線参加し支援魔法で戦闘部隊を支える魔法士たち30名と、新規に合流した人外の民から、今後戦闘部隊として活躍すべく、志願したものたちで構成されている。
・魔法士 30名
・新規合流 70名
新規に加わった300名について、当面の課題は男爵軍の兵士と同様、魔境で生きる術を身に着けることだ。
彼らはゴールト伯爵領を中心にかき集められており、その殆どが魔境を知らない。
奴隷の様な扱いを受けて来た者も多く、戦闘訓練を積んでいないし、武器すら持ったことが無かった。
取り急ぎアースが彼らの指導に当たり、日々訓練を積んでいる。
◆建設部隊:70名
こちらも文字通り、地魔法士を中心とした部隊で、水の手や水路を確保する水魔法士、邪魔になる木々を焼き払う火魔法士や、工事を支援する時空魔法士などが中心に構成されている。
これらに加え、作業を行う新規加入者たちで構成されている。
・魔法士 20名
・新規合流 50名
彼らは、今年の冬までに3つのことを行う。
エスト中継所の外壁整備
中継所の左右に新たな耕作地の整備
耕作地を囲む外壁の建造
そして翌年以降は、エストより先の中継所を建設していくことになる。
今後、中継所と呼ばれる起点場所は、ファランより少し大きく、エストよりは小さめのものを示し、避難所と呼ばれる一時滞在場所は、中継所より規模を小さくして、ぎりぎり一晩安全に過ごせる程度の簡単なものを示し準備にあたる。
◆農耕部隊 150名
農耕部隊はほぼ女性中心で構成されており、その名の通り農作業に従事する。
ただ、部隊には地魔法士や水魔法士もおり、彼らが土地の耕耘や水やりなど労力のかかる作業を担っており、子供達でも手伝うことができる。
・魔法士 5名
・当初人員 55名
・新規加入 90名
今年は既に大規模な作付けを行うには、準備期間も少なく、時期的な条件も厳しいが、来年と再来年で大幅に備蓄を作り、その先の旅に備える予定だ。
◆生活部隊:90名+150名
彼らは主に、全員の食事を共同で用意したり、住環境を整えたり、ちょっとした工房や鍛冶も担当する。
主力は90名だが、150名の老人や子供たち、魔法士として訓練中の者達が含まれる。
訓練中以外にも、時空魔法士や火魔法士、水魔法士などの一部7名がここに配属されている。
それ以外に訓練中の魔法士や、まだ危険な場所に出すのを憚られる幼い者、時空魔法士のヒメルダ、重力魔法士のティアなどもここに配属した。
・魔法士 7名
・当初人員 43名
・新規加入 40名
・子供、老人、育成中など 150名
編成が終わると、それぞれが自身の任務に従い、行動を始めた。
新しく仲間に加わった同胞も、生き生きと働き、子供たちがエストの中をはしゃいで駆け回る姿を見た老人たちは、皆嬉しさの余り涙した。
ここに来るまで、新しく加わった者たちは我々以上に、厳しい環境で生活することを強いられていた。
人として生きる権利、尊厳さえ認められることなく。
そのため彼らは、我々以上に真摯に、そして懸命に与えられた役割をこなしていった。
※
新しく仲間に加わった同胞を鑑定していて、気付いたこともあった。
最初に私が訪れた里と比べ、鑑定結果に魔法士としての適性がある割合が、かなり低かったのだ。
最初の集落の仲間たちは、適性を持つ者の割合が8割にも上ったが、彼らは5割を切っていた。
その件に付いて、私は元長に相談した。
「恐らく、彼らは血が混じり過ぎておるのじゃろう。
我らの里は、氏族は違えど魔の民の血を強く受け継ぐ者達の子孫で成り立っておる。
じゃが彼らの祖先は、われらより早く人界に入ったものたちなのかも知れん。
人界の民との血も多く混じり、氏族としての個性、魔法適性が非常に小さいものになっておるのであろう」
「では長、そういった事情で彼らは?」
「ふふふっ、儂はもう長ではない、長は其方であろう?
先程の話はあくまでも儂の推測じゃからの、他にも色々考慮すべきことはある。
彼らは数世代に渡って、魔物の肉を食料として食べることも無かったであろうし、それも一因かもしれん。
真実はは謎のままじゃ」
「なるほど……、食事については思ってもみませんでした。
あと、私は貴方から長を拝命し、同胞らの長になりましたが、私にとっての長、この世界の導き手は貴方ですからね。個人的な会話では、敬意を持ってそう呼ばせてください」
「律儀なことじゃて……
所で新しく加わった者たちに、付与は行わんのか? いくつかの魔石には余裕があるのであろう?」
「はい、私はまだ彼らのことを良く知りません。
せめて1年、共に暮らしてのち見極めたいと考えています。まだ魔石は貴重ですから……」
そう、今の時点で風魔法士と時空魔法士の魔石は、少し余裕があった。
だが、全く該当者がいない訳でもなく、対象者がまだ幼い子供であるため、付与を行っていない者もいる。
そのため一旦、保留としている。
「所でカイル殿、この地で落ち着き所も定まったいま、再び行くのかね?」
「はい、ちょっと希望者も増えていますし、探索は予定より大掛かりになりそうです。
今回はアルスも率いて行きたいと思っていますので、長には留守をお願いいたします」
「やれやれ、年寄りには楽をさせるもんじゃぞ。
まぁ、ここに来て一気に暇になったからの。少しばかりお主の役に立つか……」
そう言った前長の顔は、少し嬉しそうだった。
このエストと名付けられた中継所が、この先の旅を支える起点となる。
そして、いずれは風の氏族に譲られ、彼らの里の一部に組み込まれることになるだろう。
長き我々の旅も、いよいよ最終目的地に向かって、旅立てる準備してになり入った。
最後までご覧いただきありがとうございます。
次回は三日後、8/13の9時に『もうひとつの脱出作戦』を投稿します。
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