第三十三話 新たなる旅の始まり
侵攻してきたゴールト伯爵率いる軍勢を撃退した我々は、凱歌をあげた。
戦いの事後処理も終わった3日後の夜、戦勝祝いと別れの祝宴が催されることになった。
グーベル氏族長、ファラム氏族長との話し合いのうえ、鹵獲した者の分配も無事決まった。
(軍馬)
200頭 カイル
100頭 クーベル
100頭 ファラム
(武具:主に剣)
500本 カイル
150本 クーベル
150本 ファラム
(糧食)
全てカイルへ
その他、破損した武具なども、素材として一括で譲り渡してくれた。
彼らは、今回の窮地を知らせたこと、作戦案、魔法士運用の謝礼、そして旅立ちの餞別として、その多くを譲ってくれていた。
今、我々には新たに魔境で救った300名の同胞が新たに仲間に加わったため、総勢で650名の大所帯となっていた。
新しく加わった彼らにも、私たちの旅の目的と、今後の予定は話している。
彼らはもともと、魔境の中の開拓地に入植すると言われ、ゴールト伯爵に引き連れられていたため、何の抵抗もなく旅の仲間に加わってくれた。
ひとつだけ、軌道修正をしなくてはならないことは、食料問題だった。
もともと、我々には食料などは数年分の備蓄があったが、ほぼ倍になった仲間の数ではとても賄いきれるものではない。
しかも残念ながら定軍山一帯は、土壌が痩せており農耕に適さず、我々の人口を支えきれない。
そのため新たな策を講じて、対処することが急務だった。
移住の旅を急いだ理由として、更にもうひとつ課題があった。
氏族で里をつくり、その血統を維持している魔の民にとって、我々は悪い言い方をすると異物だ。
それが里の人口以上も居ること自体、ある意味では脅威としか言いようがない。
もともとその課題を考慮し、最奥部の地へ更なる旅を計画していたが、その懸念が今はもっと深刻になったと言っていい。
私たちの存在が、今は友誼を結び共存する仲間として、彼らにも受け入れられているが、将来的に災いの種となること、それを私は以前から危惧していた。
「クーベル殿から聞いたのですが、カイル殿たちは北を目指すのですか?」
「はい、ファルム氏族長。これよりずっと北には、どの氏族も住まない広大な土地があると聞いています。
そこを新天地としようと思っています。
しかしながら、先ずは食料の備蓄を増やす必要があるため、ファラム殿には暫くの間エストールの地をお借りしたく、そのお願いをしようと思っていました」
「我らの大地での滞在は問題ないが……、北の果てともなると、旅は困難を極めますよ。
地の氏族の里、聖の氏族の里など、幾つかの氏族の領域を抜け、魔境の奥深くへと進むことになります。
かなり危険ではないですか?」
「そのための準備期間をいただければ、大丈夫だと思います。一応、我らも魔の民の末裔ですし……」
「では、できる限りの協力はさせてもらいましょう。
幸い、地の氏族には私の知っている者もいるので、予め話は通しておくとしましょう」
「ありがとうございます。
旅にあたり、拠点となる安全地帯は構築しますが、それらは後日、その土地の氏族へお譲りする予定です」
「それはありがたいですな。
地魔法氏が揃っていることの凄さ、私も改めて実感しましたよ。
ここに向かう途中で、我らも使わせていただいたので、良くわかりましたよ」
ファラム族長が言っていたそれは、恐らく2つの里の中間地点に築いた中継所だ。
まだ完全に完成はしていないが、工事はほぼ完了し、防壁や水場も整備されている。
私はファラム氏族長への用件と、一通りの挨拶を終えると、今度はクーベル氏族長に挨拶にいった。
「クーベル殿、大変お世話になりました。
そして今回は、色々ご迷惑をお掛けし、申し訳ありませんでした」
「カイル殿、お気に召されるな。
今回の戦いでは、我らも多くの鹵獲品を得た。
アベルに交易品として売ってもらえば食料も増える。
これで奴らも、二度と魔境に足を踏み入れることはなくなるだろう」
「できれば、少しでも逃げ延びて、魔境の恐ろしさを語り継いで欲しいものですね」
「全くですな。今後も困ったことがあれば、遠慮なく相談して欲しい。
我らも友として、いつでも駆け付けますので」
「ありがとうございあます。
落ち着けば我らも、鹵獲品や魔物素材を持って、交易に出ようと思っています。
その際は、通過をお許しください」
そう言って私は、クーベル殿の前を辞した。
最後にもうひとり、挨拶すべき人間がいる。
「名残惜しいですが、ゴウラス殿ともこれでお別れですね。先の約定通り、護衛を付け皆さんを関門までお送りします。住まう地は離れるとも、これからも変わらぬ友誼を結びたい物ですが……」
「……」
ゴウラス殿はずっと何かを考えているようだった。
そして、かっと目を見開いた。
「カイル殿、これまで色々思いを巡らしておりましたが、私と、兵の中で望む者がいれば、あなた方の旅に同行させてもらえませんか?」
「それは……、ローランド王国と縁を切る形になりますが、本当によろしいのですか?」
「はい、理由は何点かあります。
ゴールト伯爵陣営から見れば、私たちは敵前逃亡の反逆者です。このまま無事に国に帰っても、卑怯者の誹りを受けることになるでしょう。
そして、私はケンプファー男爵家にとって、不要なのです。
私が戻らなければ、本来の後継者である義弟ジークが跡を継ぎます。本来、そうなるべきだったのです」
ゴウラス殿の説明によると……
先のケンプファー男爵は男児に恵まれず、他の貴族家の3男であったゴウラスは、男爵から武勇を見込まれ、婿となったそうだ。
だが婿入りの翌年、ケンプファー家に直系の男児が生まれてしまった。
その数年後、ゴウラス殿が義父の跡を継ぎ当主となったが、彼の妻が若くして病没し子供もいなかったため、彼は男爵家と縁がなくなってしまったらしい。
「私が今回の遠征に参加したのも、魔境の中に新たな開拓地を拓き、そちらの領主となり、男爵家は本来の後継者である義弟に譲るつもりでした。
危険な遠征と分かっていたので、率いた兵も単身者や、後顧の憂いのない者を前提にした志願者です」
そんな事情があったのか……
短い時間だが、彼の高潔な為人、人外の民に対する態度などを見て、私自身も今後とも彼とは交友は持ちたいと考えていた。
「ゴウラス殿さえ良ければ、是非!」
「ありがとうございます。
兵たちには念のため確認いたしますが、私の身の振り方は決まりました。
これより私は旧姓のウィリアムを、ゴウラス・ウィリアムと名乗らせていただきたいと思います」
この結果我々は、旅の仲間として、初めて人界の民を迎えることになった。
ゴウラス殿の旗下の兵たちも、みな、彼について行くことを選んだようだた。
「結果として総勢750名か……、凄いな。
ここに来て半年で、旅する仲間たちが倍以上になったということか……」
私はひとり呟いた。
だが、この後、更に旅の同行者が増えるとは、この時点では思ってもいなかった。
それよりも私たちは、これから訪れる新天地に夢を膨らませ、新たなる旅立ちの準備を始めた。
最後までご覧いただきありがとうございます。
次回は三日後、8/7の9時に『中継所ファラン』を投稿します。
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