第二十八話 戦禍、再び
私たちが、三角砦の建設を始めて3日後、中継所の建設に出ていた魔法士たちの第一陣が合流した。
彼らは、定軍山から一番近い中継所の建設に従事しており、そのためいち早く戻って来れた。
4名の地魔法士と、2名の時空魔法士が合流したお陰で、三角砦の建設は一気に進んだ。
完成した砦は、岩山の崖は先端部分がくり抜かれて、実は内部が空洞の、長辺が300メートル、底辺が100メートル前後の三角形状の崖が突き出している、そんな感じで見えた。
その斜面は急峻で、人が登れない角度の岩肌が20メートル近くせり立っている。
もちろん、かなり背丈の高い木の上や、上空から見れば、中身がくりぬかれた人工物であることが丸分かりだし、存在自体が露見し、人海戦術で土嚢などを積み上げ中に侵入されてしまえば、ひとたまりもないものだが……
「ここは存在が露見すれば全く意味を持たなくなる。
出口と入口はそれぞれ別にトンネルを掘り、退路を確保する。その長さはおよそ300メートル程度で……
あ、すまない! 900歩程度で頼む。
地魔法士以外は、伐採した木を削り、天板や支柱として掘れた所を補強して欲しい。
人と馬が通過できる程度の大きさで構わない」
私は常々不便に感じているのは、度量衡の問題だ。
この世界では、それらがバラバラでしかも基準も曖昧だ。
いつか、統一した度量衡とその基準も定めたい。
そんなことを思っていたが、今は取り急ぎ彼らの指標で言い直した。
今ここにいる地魔法士たちは、以前土竜となってトンネル掘削に従事した10名のうち6名がいる。他の者たちも彼らに倣えば、作業は早いはずだ。
そして作業開始から5日後、待ちに待ったアルス率いる残りの部隊も到着した。
これで何とか見通しはついた。
ここで私は部隊を3つに分けた。
・引き続き三角砦の工事にあたるもの
・隘路上に罠を設置するもの
・万が一の撤退を指揮するもの
「三角砦に残る者はそのまま防衛戦に従事するので、作業終了後は偵察と中継所の監視を。
隘路の工事部隊は、定められた罠と通路の設置を行い、3日後の夜までにはここに戻るように。
撤退部隊の指揮は、先代の長老にお願いしている。
戦闘や戦闘支援に適さない者は、一旦定軍山に戻り撤退部隊に合流し、先代長の指揮下に入ってくれ」
万が一我々が破れ、隘路が突破される事態になれば、クーベル殿指揮下の里の民と我々人外の民は、風の氏族、ファラム殿を頼り脱出する手筈になっている。
私はごねるヒメルダとティアも、なんとか定軍山へ向かうことを承知させ、撤退部隊に合流させた。
万が一の際、彼女たちは次代の人外の民を担ってもらわなくてはならない。
7日目になって、偵察部隊に導かれた、アベルたち交易部隊がゴートの街から帰還した。
何か理由があって、仲買人からの荷がなかなか届かなかったそうだ。
そして、彼らは驚くべき報告を我々にもたらした。
「カイルさん、大変だ!
奴ら、大軍を擁して、本格的に魔境に攻め込む気でいやがる!
……、って、もしかして、もうその準備をしてた訳ですか?」
アベルは案内されたトンネルを抜け、三角砦に入ると、驚いて目を白黒させていた。
ファルとソラはその様子を見て、ほらね、とばかりに笑っていた。
「クーベル殿、ファラム殿にも既にことの共有を行い、両氏族は隘路での迎撃の準備を進めているよ。
ここは我々が受け持つので、アベル殿は急ぎ定軍山へ」
「では、報告はファルさんからお聞きください。
私は急ぎ兄上に報告をするため、テイグーンに行ってきます」
少しおかしなことだが、元々名前のなかった定軍山だったが、時空魔法士の者たちは我々の使う呼称が気に入ったようで、自身の里をテイグーン、山をテイグーン山と呼び始めていた。
ちょっとだけ響きが異なるのは、きっと彼らなりの感性なのだろう。
慌ただしくアベルが出て行った後、私は改めてファルたちから報告を聞いた。
彼らの表情は非常に重く、それが事態の深刻さを物語っているように感じた。
「カイルさんの危惧どおり、ゴールト伯爵はここに攻め寄せる気で軍を整えています。
以前使った関門側の避難所も、彼らによって整備され、今は拠点として機能しているようです。
詳細は分かりませんが、商人たちの話では1,000を超える数の軍が動く模様です。
早ければ今頃、ゴートの街を出発し関門に入っている可能性もあります」
「ファルさんに付け加え、少し気になることが……
ゴールト伯爵領内の人外の民たちが、次々と関門に送られています。女性や子供たちまで。
噂では、既に200名以上の同胞が関門に送られたとも聞きました」
女子供を含めてわざわざ関門に?
関門に送るということは、魔境に送るということか?
噂に聞いた、ドーリー子爵の開拓と同じことをしようとしているのだろうか?
だが、出兵と時期を合わせてくるのは、ちょっと不自然だし、足の遅い女子供を連れていく意味は何だ?
「……」
夢の中では、奴らは夜に襲って来た。
と言うことは、最も危険な夜の魔境を進んで来たことに他ならない……
あり得ないこと、だからこそ油断した我々は不意を突かれてしまった。
事実から逆に考えると……
「まさかっ! あいつ等、何てことをしやがるっ!」
俺は怒りに燃え、思わず大声を出してしまった。
ファルやソラは驚いて、思わず身を引いていた。
私は、自身が推測した最悪の展開と、それに対する怒りに身を震わせていた。
※
ゴールト辺境伯の領地に設けられた関門は、その重厚な門を左右に開き、そこから夥しい数の人馬を吐き出していた。
先頭には盾を装備した歩兵が軍列を連ね、その後ろを騎馬にまたがった軍団が続く。
中軍から後衛にかけて、戦場には似つかわしくない女性や子供たちを含んだ非武装の集団が続き、彼らを取り囲むように兵たちが展開していた。
一見すると、彼らを護衛しているようにも見えるが、兵たちは槍先を彼らに向け、彼らの瞳は恐怖で怯えていた。
「先ずは手前の砦を目指す!
魔物の動きには注意して警戒を厳重に行い、落伍者を出すなよ。
砦に入れば食事と休養ののち、夜明けを待ち奥地へと出発する!」
こう号令発したゴールト伯爵は、北西の方角を見て馬上でひとり呟いた。
「魔境に逃げ込んだのも、もう調べはついておるわ。
ドーリーだけに良い思いをさせてたまるかっ!
奴らが築き上げた隠れ里も、持ち込んだ財貨もみな儂の物じゃ。短い春であったと悔やむがよいわ。
そして儂は、ローランド王国において開闢以来の大業、魔境を越えて制覇を成し遂げた者として、歴史に名を残す……」
彼は、昨年の秋におかした失態を忘れてはいなかった。
800名の手勢は、半数をこの魔境で失い、ドーリー子爵と共に帰還した兵士の多くは、職を辞し密かに子爵のもとへと走ってしまっていた。
その原因が、伯爵自身が魔物を恐れるあまり、関門を閉ざし味方を犠牲にしたことだと分かっているため、今更、表立って子爵には抗議すらできない。
なにせ、その子爵すら見殺しにしたのだから……
伯爵と子爵、双方とも追撃戦では多くの兵を失った。
だがその後、子爵は新たに多くの兵を得て、逃亡した人外の民が魔境の中に残した隠れ里を活用し、目覚ましい勢いで開拓を進めている。
ゴールト伯爵はそれが我慢できなかった。
半年以上かけ、入念に偵察と工事を進めながら、ローランド王国の貴族たちにも兵を募った。
新しい開拓地、北の魔境の地は、切り取り放題だと告げて。
ドーリー子爵領の急激な発展と好景気を横目に見た貴族たちは、こぞって軍を送った。
そのお陰で遠征軍は1,300名にもなった。
こうして、遠征軍1,300名、随伴する人外の民300名、総勢1,600名もの大軍勢は北の魔境、その奥地へと足を踏み入れていった。
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次回は三日後、7/23の9時に『非道の行い』を投稿します。
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