第二十四話 希望の地
陽か傾き始めたころ、中継所として設けた避難所に辿り着いた我々を、皆が歓喜の声を以て迎えてくれた。
殿軍を務め、最後まで残って防衛戦に従事した者も、誰一人欠けることなく生還したからだ。
「カイル殿、よくぞ……、よくぞご無事で。皆もなによりじゃ……」
元人外の里の長だった長老は、涙を流して私たちを迎えてくれた。
傍らには、歓喜の表情を浮かべた、アルスもいた。
「カイルさん、あなたばかりいつも危険な任務を……
ずるいです。今度は私も、お供させてくださいね」
「アルスやファルがいるからこそ、安心して私は戦える。それに、時空魔法士は旅の生命線だよ。
その任務のほうが大事だし、感謝もしているから。
みんな、明日はゆっくり休養し、明後日にはいよいよ定軍山に向けて出発だ!
目的地は見えている。あとひと頑張りだ!」
「応っ!」
「はいっ!」
「はーい」
大人も子供も全て、人外の民と言われ屈辱と苦難の歴史を送っていた彼らの表情は、希望に湧き、明るい笑顔で笑っていた。
私自身、この日の夜は久々に安心と安堵の気持ちでゆっくり眠れた気がする。
翌日は、殿軍を役目を務めていなかった、魔法士や護衛についていた者を引き連れ、明日進む道の偵察に出かけた。
馬に乗るそれぞれの者には、棒に差した白い旗を背に括り付けさせてている。
「カイルさん、この旗の意味って何でしょうか?」
傍らで馬を走らせるアクアが、不思議な顔をして訪ねてきた。
「私たちは、端から見れば魔の民が住む領域への侵入者だ。
この白旗は、敵意のないことを示す証なんだ。万が一、侵入者として攻撃されたら大変だからね」
そう、ずっと以前、魔境の隠れ里に魔の民の長である、クーベル氏族長、ファルム氏族長との会談で伝えていたことがある。
『いずれ我々は、北の魔境を抜け、魔の民が住まう土地を訪れることになります。
その際は、我らの証として白い旗を掲げて移動します。
その時は、害意の無い者としてお迎え下さますようお願いします』
『白い旗ですか?』
『はい、私が生まれた国では、例え戦いの最中でも、白旗を掲げた者は交渉の使者として、時には降伏した者の証として示す習わしになっています。
白旗を掲げた者に、攻撃することは固く禁じられています』
『ほう、面白い習わしですね。
承知しました。時空魔法士の里、ファルム殿の風魔法士の里、機会が有れば他の氏族の長たちにも、このお話を伝えることとしましょう』
この様な経緯で、クーベルやアベルの住まう里に接近する際、殊更目立つように白旗を掲げた。
定軍様は、近づくほどにその威容を現し、その裾野は広かった。
幸いだったのは、アベルたちが使う道を発見できていたため、騎馬で駆け抜けることができたことだ。
騎馬を休ませながら、二時間ほど駆けたころ、私たちはなんとか西の裾野に辿り着いた。
その時だった。
数騎の騎馬がこちらに向かい駆け出して来た。
「止まれっ! その場で止まり、馬を降りられよ。
伺いたいことがある故、指示に従われよ!」
私は彼らの指示に素直にしたがった。
彼らは、念のため抜剣しているが、殺気は感じられなかった。
「そなたたちの代表者のお名前と、ここを訪ねて来られた目的をお伺いしたい。
理由によっては、この先通ること、許可できんのでな」
「はい、私はカイルと申します。
時空魔法士の氏族の方とお見受けいたしますが、どうか、クーベル殿やアベル殿にお取次ぎください」
「おおっ! では?」
「はい、以前のお約束を頼りに、里の者総勢350名を率い、こちらに参りました。
明日は本隊を率いてまいりますが、先ずは事前にご挨拶と思い参上した次第です」
「そうでしたかっ!
クーベル様より、貴方のことはお伺いしております。白旗についても。
350名もの民を率いてここまでいらっしゃるとは……、驚きました。
やはり聞いたとおり、さすが、魔の民が持つ力を復活させたお方ですな。
我らはこのまま引き返し、その旨、クーベル様にお伝えいたします。
明日は、ここより、あれに見える山の断崖に沿い、狭い隘路がございます。
それに沿って進まれれば、我らが里に辿りつけましょう」
私が定軍山の西の端をじっくり見ると、切り立った断崖が確認できた。
あそこを抜ければ、氏族の里!
私はこのまま進みたい気持ちを抑え、彼らに告げた。
「では、我らもここで、街道脇に設けた宿営地に向けて引き返します。
明日はどうぞよろしくお願いします」
「この魔境の中で宿営ですと? 不躾ながら申し上げると、危険ではありませんか?
ここから関門までの森は、魔物の巣窟です。
我らも常に魔物を警戒し、隘路出口で交代で守備についているぐらいですから……」
「お気遣い感謝します。
我々は事前に防壁に囲まれた避難場所を用意しております。その中で夜を過ごします故、ご安心下さい」
「防壁ですと?」
「避難所とは?」
彼らは多少不信に思っていたようだが、何とか納得してくれた。
私たちは馬首を巡らせ、岐路に就いた。
翌日、出発の準備を整えていると、予想外の来客が中継所を訪れてきた。
私は報告を受け、慌てて飛び出すと、懐かしい顔に迎えられた。
「カイルさん、久しぶりですね。
馬の蹄の跡を辿り、やって来ました。
魔境の隠れ里が襲われたって聞いたとき、心配でたましませんでしたよ。
それにしても、これだけの人や家畜を率いてここまで来るなんて、やはり貴方は凄いひとです。
彼らから話を聞き、出迎えに来たついでに、彼らにもあなた方の力を見せてあげよう、そう思いまして」
アベルはそう言って悪戯っぽく笑った。
彼の隣にいたのは、昨日出会った者たちであった。
全員が、大きく口を開け、唖然としている。
「アベルさん、ご無沙汰しております。
皆様から以前いただいたお言葉に甘えて、ここまでやって来ました。
これからお力にすがることになりますが、どうぞよろしくお願いします」
「喜んで! そして何の遠慮もいりませんよ。
兄さん……、いえ氏族の長も皆様の来訪を非常に喜んでいます。
ここから先は、関門付近より遥かに魔物も多く、徒歩での移動は危険です。
私たちが案内と、護衛につかせていただきます」
そう言うと、後列に控えた者たちを紹介してくれた。
そこには男女100名近くの者たちが居並んでいた。
皆アベルと同じ、茶色の目と黒に近い茶色の髪をしていた。様々な髪色と目の色をした里の者とは対照的だった。
全てが時空魔法を使う魔法士か……
そう思うと壮観な眺めだった。
私たちはアベルの先導と、時空魔法士たちを護衛に加えて、進軍を開始した。
昨日は騎馬で駆け抜けたため、気が付かなかったが、アベルのいう通り、魔物の襲撃は頻繁だった。
私は自身の見通しの甘さを恥じ、アベルの厚意に感謝した。
我らだけで、家畜を連れのんびり進んでいたら大変なことになったであろう。
だが彼らは、非常に慣れた様子で、魔物たちに対峙し、次々と屠っていった。
もちろん、私たちもただ指をくわえて見ていた訳でもなく、特にサラムなどは率先して戦闘に参加した。
「火の氏族か、いや雷の氏族も……」
「初めて見たわ。他の氏族の戦いなんて……」
我々が驚くと同様に、彼らもまた我々の戦闘に驚いていたようだ。
「さて、ここまで来れば一安心です。
ですがこの先、進軍するに難所はたくさんあります。崖は険しくせり出し、道は狭いです。
そして、左の谷に落ちると生きて戻れません。
できる限り崖側を、注意して進んでください」
以前にクーベル殿が、隘路に守られた天然の要害、そういったのが十分理解できた。
進む道は狭いところでは横幅5メートル程度、道は曲がりくねり、所々で岩がせり出していた。
隘路を2時間ほど進んだころ、一気に道幅が広がった。
その先には、緩やかな山の斜面に抱かれた、扇状の緑の大地が広がり、まさに別世界だった!
命の危険を伴う魔境から、隘路に守られた緑の大地。
ここ定軍山の中腹に広がる草原を見て、私たちはまるで夢でもみているような気持になった。




