第二十三話 北の魔境での戦い② 勝利と撤退
我々は、避難所の防壁と予め設置した罠を頼りに、寡兵ながら何とか敵の攻撃を凌いでいた。
そして遂に、待ち望んだ報告が上がった。味方ではなく、敵側から……
「魔物だぁっ! 奴ら、いつの間にか俺たちを取り囲んでやがる」
「凄い数だぞっ! 一体どこから湧いて出た?」
「円陣を組め。全方位を警戒し、負傷者を内側に」
ドーリー子爵の兵ならば、それなりに魔境の知識はある。
彼らは経験で知っていた。
魔境で戦った際、どれぐらいの時間で魔物が集まり、どれぐらいの時間で数が増えていくか。
だが今回、彼らの経験上の知識は裏切られた。
彼らは、今彼らがいる遥か後方、関門との中間地点に魔物が集まっていることを知らなかった。
そして誘き寄せられた魔物たちは、さらに奥地で発生した戦闘と、血の匂いに誘き寄せられ、大挙して襲ってきた。
「では、最終段階に入ろう!
これより防衛戦から撤退戦に移行する。各自、防壁上から北側へ移動し下に降りる。
火魔法士は最後に南門に点火を」
攻め寄せた兵たちは、もはや攻撃どころではなかった。
今や彼らは、攻撃を受ける立場であり、防戦にその神経を集中させていた。
私たちはその隙に、防壁から移動し撤退の準備を始めた。
※
ドーリー子爵の軍勢は、魔物たちの襲撃にも耐え、何とか体制を維持していた。
そのため、秩序を保ちながら防戦に当たり、大きな損害は出さず、250名程度の集団を維持していた。
だが、ゴールト伯爵の兵たちは、算を乱して関門方向へ逃げ出す者も多く、一部はドーリー子爵の軍に合流する道を選んでいた。
合流を選択した者は賢明な判断で、命を永らえることができたが、逃げ出した者に待っていた運命は過酷なものだった。
何故なら、彼らが逃げ出した方向こそ、魔物たちが最初に集まっていた場所であり、彼らは自ら、その真っただ中に突入することになるのだから……
「砦の門が燃えておりますっ!
奴ら、自らの罠で門を延焼させているようです!」
兵からの報告に、子爵は直ちに決断した。
「奴らの門は即席の急造品だ!
丸太を連結している綱が燃えれば、門は瓦解する。全軍! 砦内に入り安全圏を確保する!」
子爵の指示は直ちに実行された。
大きな丸太を連結している綱からは、炎が立ち上り、何か所かの結束部を断ち切ると、轟音を立てて丸太は瓦解し、崩れ落ちた。
「全軍、内部に突入!
最後尾は入口を死守し、魔物の侵入を防げ。我らの生きる道は、砦を占拠することだ!」
彼らは、雪崩をうって内部に侵入した。
そして再び驚愕することになった。
「だ、誰もいないだと? どういうことだ?
奴らは何処に消えた?」
砦の内部は、ただ何もない広い空間が開けているだけで、人の姿はなかった。
そして、その中央には何故か、城門を構成していた丸太の高さより長い幅の、深い堀が端から端まで伸びていた。
「これでは……、向こう側へ進めんということか。
奴らめ、悪辣な……」
子爵は歯ぎしりをして悔しがった。
恐らく奴らは、反対側の門を開き逃げ去ったのだろう。
一旦自分たちをこの砦の内部に引き込めば、追撃はできない。
何故なら、門の外に押し寄せる魔物たちを一掃し、反対側に抜ける必要があるからだ。
今、彼の手元にある兵力は自軍の兵士が250名、ゴールト伯爵の兵が200名といったところだ。
これでは、魔物の襲撃をかわしつつ、追撃戦を行うには無理がある。
「これまでの戦い、魔境の中の里といい、今回のことといい、明らかに奴らの戦いが変わっておる。
奴らを率いる知恵者がいるということか……
我らも、戦い方を改める必要があるな」
忌々し気にそう呟いたドーリー子爵は、これ以上の追撃を諦めざるを得ないことを悟った。
彼らに相対することは、被害が多すぎると。
それよりは、彼らが西の魔境築いた隠れ里を整備し、魔境内の新たな拠点として活用し、開拓と開発に専念した方が、遥かに得るものが多い。
隣国、ブラッド公国との魔境開発競争でも、遥かに優位に立てるはずだ。
そう思い、自戒して悔しさを紛らわすことにした。
※
一方、この戦いで前線の様子も分からず、ただ怒鳴り散らす者もいた。
僅か数十名の兵士が、ほうほうの体で関門まで逃げ延び、ことの次第を報告したからだ。
「前線では何が起こっておるのだ!
800名だぞ! 800の兵力が壊滅したというのか?
そんなこと、許される話でわないわ。改めて兵を編成しなおし、奴らを一人残らず討ち取ってやるわ。
決して……、決して奴らを勝ち逃げさせん」
ゴールト伯爵は復讐戦の決意を固めた。
そして……、無情にも関門の門を閉じさせた。
「お待ちくだされっ!
まだ兵が、閣下の兵が数多く取り残されております。どうか、どうかご無体なことはお止めください」
「黙れっ! 見てわからぬかっ!
今も兵を追って、多くの魔物がこちらに押し寄せているではないか。
貴様、魔物の侵入をわが領地に許すのか!
儂は今から、復讐戦の算段を整える。兵どもの仇は後日討ってやる故、開門はまかりならん!」
そう言い放つと、背を向けてゴルドの街へと帰路についてしまった。
まだ、魔境内に残り、助けを求める多くの兵たちを見捨てて……
※
この頃、カイルたちは中継点として設けた、次の避難所へ向けて騎馬を走らせていた。
彼らは、防壁を降りると、入り口を偽装された北側にあるトンネルに入っていた。
そこには、人数分の騎馬が繋がれ、脱出の時を待っていた。
撤退時、避難所は魔物に取り囲まれる。
その前提でカイルたちは撤退の準備を進めていた。
トンネルは真っすぐ北に進み、500メートルほど進んだ所で地上に出た。
そこも道の左右は人の背丈の2倍ほどの防壁が、道に沿って伸びており魔物の侵入を阻んでいた。
そして、防壁の終点には、真っすぐ北に延びる道が1キロほど続いている。
だが、カイルたちはその道を選ばず、終点からすぐ左の茂みに入った。
暫く進むと、中継所までの本当の通路、今は潰され騎馬が何とか通り抜けることができる程度の道が繋がっていた。
「カイルさん、やりましたね!
これで俺たちは、本当に自由になれるんですねっ!」
サラムは戦いの高揚感と、窮地を脱出ができた安心から、言葉を弾ませて語りかけてくる。
「ああ、まだ安心はできないが、これで当分追手の心配はないだろう。
1日休んだら、定軍山目指して移動を開始する」
「はいっ!」
サラム以外の者たちも、揃って返事をした。
皆の表情は一様に明るく、今後の希望に満ちた表情だった。
この時私は、人外の民を引き連れた逃避行も間もなく終わり、安住の地へと辿りつけることに安堵し、心は喜びに沸いていた。
だが、我々の旅は、この後も長く続き、様々な困難に直面することを、私たちはまだ知らなかった。
※
人外の民が築いた砦で、危険な夜を過ごしたドーリー子爵と兵たちは、翌日になって撤退を開始した。
円形に陣を敷き、全方位を警戒しつつ行った撤退は、頻繁に魔物たちの襲撃を受け、困難を極めた。
結局、彼らは戦いながら関門まで辿り着いたが、その門が開かれることはなかった。
進退窮まった子爵とその一行は、彼らが設置した本陣まで戻ると、人外の民が掘った穴を掘り進み、内部の崩落個所を苦労の上開通させた。
そうして、魔境を抜けローランド王国の大地へと帰り着いた。
彼はこの戦いの後、領地に戻り施策の一大転換を行った。
彼はまず、北の魔境で得た200名に加え、撤退する過程で更に100名のゴールト伯爵兵を得た。
彼らは主君の情け容赦ない対応に激怒し、職を辞して新たに子爵に付き従った。
更に、領内に点在する人外の民の里、そこから離散した者たちを集め、魔境の中の隠れ里に入植させた。
もちろん、これまでの税制や扱いを改め、彼らを優遇したうえで。
そこに兵士を駐屯させ、魔境の開拓や魔物の討伐拠点とし、一気に開拓を推し進めた。
数十年後、蓄えた力をもって国境紛争に勝利し、余勢をかってブラッド公国を滅ぼした彼は、一気に侯爵へと昇爵し、名をブラッドリーと改めた。
その後、歴史は数百年の時を経るも、彼の子孫は新たに勃興した、グリフォニア帝国でも侯爵の地位を得、隆盛を誇ることになる。
また、この戦いでカイルたちが遺した関門側の避難所は、その後、幾たびもその所有者を変えつつ改修、拡張され、数百年の時を経て、サザンゲート砦と呼ばれ、防衛の拠点として数万の兵を収容できる施設にまでなる。
ブラッドリー侯爵家のその後と、この砦を巡り勃発する戦いについては、また別のところで語られることになるだろう。
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今回からは三日ごとの投稿になります。
次回は三日後、7/8の9時に『希望の地』を投稿します。
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