第二十一話 戦いの始まり
カイルたちが過ごした、北の魔境での初めての夜は、恐れていた魔物の襲撃もなく無事明けた。
カイルは防壁の更に上に設けられた、大木を偽装した簡易の見張り台の上に立ち、感慨深く夜が明けるのを眺めていた。
朝日が昇ると供に、光が大地を染め、遠くにそびえる定軍山の岩肌も鮮やかに紅く染まっていた。
まるで流血の日を予見するかのように紅く……
「さぁ、今日は一気に行くぞっ!
家畜類を乗せた荷駄隊は、後先考えなくていい。全力で次の避難所まで突っ走って欲しい。
その後ろに、残った家畜を引き連れ移動する隊が続く。
水魔法士6名は最後尾に付き、可能な限り水を撒いて匂いや痕跡を消してほしい。
地魔法士8名は道を潰し、辛うじて騎馬が通行できる程度に、追手が利用できないように頼む。
罠を設置した偽の道はそのまま残しておいて構わない」
昨日のように、同じ道を何度も往復することは、それだけ魔物を引き付けることにもなりかねない。
昨日の反省をいかし、仲間たちとも相談の上、私はこの決断をした。
「この避難所には騎馬に乗る戦闘要員30名、火魔法士8名、地魔法士2名、風魔法士4名、聖魔法士2名、時空魔法士2名、雷魔法士2名、光魔法士1名、計21名とする。
他は全て輸送隊の護衛として先行して欲しい。
残った我らは、全ての輸送が完了した頃合いを見て、騎馬で一気に駆け抜ける」
この残留部隊52名は、全員に馬が一頭づづ割り当てられ、速やかに移動することが可能だ。
全ての輸送が終わるまで、この避難所を守ること、それが私含め残った者たちの使命だった。
私は、輸送部隊が出発するのを見送ると、共に残留する者たちに振り返った。
「彼らが避難所まで到着するのに、恐らく半日ちょっとかかるだろう。
それまで我らでここを死守する。
ではそれぞれ、交代見張り台に上って警戒を頼む」
この避難所は、その存在を隠すために、周囲は背の高い木々に囲まれている。
それは長所でもあり短所でもある。
周辺が見渡せないため、索敵には向かないからだ。
私たちは、防壁と木々を綱で結び、それらの木の高い枝に見張り小屋を設けていた。
一番遠くの見張り小屋、そこからは遥か遠くに、私たちが地下から抜けてきた関門を望むこともできる。
そうして配置に付きしばらく経ったころ、その見張り小屋から合図があった。
※
ゴートの北にある関門は、ここ数年開かれることのなかった門を開き始めた。
大きく軋む音とともに、高さだけで人の背丈の倍もある扉が、左右に開かれた。
「にしても、ゴールト伯爵自らお出ましとは……」
ドーリー子爵の側近は、思わず主君に話しかけた。
「ふん、強欲な男ゆえ、金の匂いに釣られて出てきたのであろう。
どうせ安全なここに居座り、関門を関所として扱い、奪った成果だけを取り上げる予定だろうて」
子爵の思惑は正しかった。
ゴールト伯爵は当初、子爵がここまで彼らを追う理由が不思議でならなかった。
だが、調査の結果、ある程度ことの経緯を知ると、自らの欲に従い迅速に行動を開始していた。
「者ども、盗賊どもはこの先に逃げ込んでおる。徐々に探索の輪を広げ、必ず召し取れ!
奴らを発見した者には、褒美を与える。
売り物となる女子供は生かして捕らえろ。男はいらん! 魔物の餌にでもしろ。
奴らの荷駄も確保し、持ち帰ることを忘れるな!」
「応っ!」
まず最初に、ゴールト伯爵旗下の兵、800名が関門を抜け魔境へと走り出した。
「先ずは自軍の兵を先にか。分かりやすい男だな。
我らは隊を2つに分かつ。
探索隊300名は、左の森を中心に散会し、奴らが逃げた痕跡を探せ。
捜索隊100名は、同じく左を中心に横穴の出口がないか探せ。
先に入った奴らに後れをとるなよ!」
ドーリー子爵は、トンネル自体が左側にあったのだから、その出口も、そして人外の民が逃げた先も、左側の可能性が高いと考えていた。
総勢400名の兵たちは、一目散に左側に展開する。
そして、彼の想像は正しかったことが程なく証明された。
「探索隊が左の森の入り口に、封印された怪しげな場所を発見しました!
いかがいたしますか?」
側近は、あえて騒がず、何事もなかったかのように報告する。
ゴールト伯爵や旗下の兵士たちに気付かれないよう。
「そうだな……
我らもそこまで前進し、天幕を張って本陣としよう。
捜索隊は本陣設置後、密かに掘り返せ。200名の兵たちが助けを待っているやもしれんでな。
探索隊はその場所を起点に、扇形に展開して更に奥へと探索を進めよ」
彼の命令は直ちに実行された。
カイルたちを追う者たちの手は、徐々に彼らの潜む場所まで迫りつつあった。
「ドーリー子爵の軍に動きがあります。
彼らは魔境内に本陣を構えるようで、部隊が北西に集結し、再展開初めていますが……
いかがしますか?」
「奴め……、見え透いたことをするものだ。
我らを出し抜く気であろうが、そうはいかん。こちらも兵を北西に振り向けろ!」
ゴールト伯爵もまた、探索の兵を北西に集中させはじめた。
※
最初に見張り台からの合図があった後、カイル達には一気に動揺が広がった。
早すぎる!
だれもがそんな思いで焦りの表情を浮かべた。
「まぁ……、彼らも馬鹿じゃなかったということだね。
きちんと網を張っていたということかな。
だけど、遅すぎた!
みんな、私たちは既に全ての輸送を終えている。彼らは決して輸送隊には追い付けない。
そして、これは予想していたことだ。ここまで無事に来たんだし、目的地は近い。
皆で落ち着いて、足止めを行おう。
ここは魔境だ! そして私たちは、魔境に住まう魔の民の末裔だ。恐れることはない!」
「応っ!」
「はいっ!」
敢えて落ち着いて、皆を鼓舞してみたものの、私自身も内心かなり動揺していた。
だが、取り繕った私の様子を見て、仲間たちは冷静さを取り戻してくれた。
各位があわただしく動き、戦闘態勢を整えていたころ、再び危急を知らせる合図があった。
「見張り台より光っ! 今度は、間断なく続いています」
カイルは以前から、まともな通信手段もないこの世界で、密かに連絡を行う手段を考え出していた。
この世界にも、原始的な鏡、青銅を磨いて作られた青銅鏡があった。
日が出ている時には、この鏡を使い、簡単な合図を送り、連絡する手段を考案していた。
「間断なく続いているということは、追手がこちらに向かっているとのことですね。
対応は……、如何しますか?」
「彼らにも、北の魔境の洗礼を受けてもらおう。
アース、時空魔法士に言って、昨日狩った魔物の死骸と、以前に収納していた家畜の臓物をバラまくように伝えてほしい。
場所は敵と我らの中間地点だ。その後、同行した風魔法士には彼らが来る方向以外に風を!
魔境中から援軍を呼び集める!
決して深入りしないように気を付けて。
あと、見張りは防壁の上に展開する者を除き、全て撤収を。
我々は関門方向の防壁を中心に三方の防壁上に展開する。攻撃開始まで気取られないようにね」
カイルの命令もまた、直ちに実行された。
ソラが散布した死骸や家畜の臓物は、その血の匂いを風魔法士により周囲にまき散らされた。
こうして、カイルたちが立てこもる砦の近くには、兵士だけでなく魔物たちも集まり始めていた。
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今回からは三日ごとの投稿になります。
次回は三日後、7/2の9時に『北の魔境での戦い①』を投稿します。
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