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第一話 人外の民

祖父の法要を済ませ、自宅に戻った俺は早速、持ち帰った本を夢中で読み始めた。

頭の中で、今のラノベで使われている言い回しに、脳内変換しながら……



私が初めて、この不思議な世界を訪れた時、2人の子供たちに最初に出会った。

その時私は、意識を失う前に、彼女たちに対して、なんとか意思疎通ができないか試みていた。



「君たち、ここはどこの国か教えてくれるかな?」



「◎△$♪×¥〇%&#?」

『この人何を言ってるの?』


「&$@*~¥∴▽§◎◎%◎♪×¥◇%&?」

『わかんな~い、でもここどこって言ってる?』



私自身も、子供たちの話す言葉が、全く理解できなかった。


だが、理解できないはずの言葉でも、不思議なことに意味だけは頭に入ってきた。

そして、私の言葉も、彼女たちになんとなくだが、伝わっているように思えた。



改めて自身の身体を見ると、血だらけの飛行服はあちこちが破れ、ボロボロだった。

今、こうして生きている事が不思議なくらいに。


不思議と傷口はなかったが、高熱を出したように頭はふらつき、立ち上がることはできなかった。


その様子を見た子供たちが、集落の方向に駆け出すのを見ながら、私は再び気を失った。



次に気が付くと私は寝台に寝かされていた。

そして、知らぬ間に彼らの衣服を着せられ、体中についていた血は、綺麗に拭われていた。



「あんた、目が覚めたかい?

悪いけど、血の付いた服は処分させてもらったよ。ここは魔境にもほど近い場所だからね。

あんな格好じゃ魔物をおびき出す餌になっちまうよ」



少しふくよかな体系の、見たところ彼女たちの母親らしき女性が、声を掛けてきた。

緑がかった髪に青い目、彼女も日本人ではないようだ。



「子供たちに感謝するんだね。あの格好のまま森をうろついてれば、命はなかったよ。

見たところその黒髪と黒目、ここいらじゃ珍しいけど、あんたは闇の氏族の末裔なのかい?」



「闇の氏族……?」



私は彼女の言葉の意味が分からなかった。

言葉自体も不思議な言語で理解はできなかったが、その意味は直接頭の中に響いてくる。


最初に子供たちと話した時より、徐々に自然な会話ができるようになってきた気がした。



「まぁその身体じゃあ、まともに動けないだろう? 暫くはこの村で傷を癒して、それからどうするか考えるんだね。食事ができたら呼んであげるから、まずは大人しく休んでいるんだね」



「ありがとうございます。その……、ご迷惑ではありませんか?」



彼女の申し出には驚いた。敵国の兵士を匿うなど、日本では発覚すれば非国民と罵られ、関係した者はたちどころに憲兵に連行されてしまうだろう。



「はははっ、安心しなよ。ここは人外の民の集落さ。他の里では酷い目にあったんじゃないかい?

同じ人外の民同士、助け合っていかないとね」



「人外の民……?」



この世界は私の理解できないことで一杯だった。


おいおい学んでいくとして、先ずはこの闊達かったつに笑う彼女に、私行く末を預けてみよう。

見知らぬ世界で、まだ身体も思うように動かない私には、彼女の厚意にすがるより他に道はなかった。



この地に来て数か月たつと、私にも少しだけこちらの事情が分かってきた。


言葉についても、私が直接話せる言葉はまだ拙く不十分だったが、思っている事が伝わるので、お互いの意思疎通は問題なくできるようになった。



今私がいるこの地は、日本でも米国でもそして欧州でもない、全く違う異世界であること。


私を助け、介抱してくれた彼らは、その世界では人外の民と言われ、迫害されている人々であること。

最初にそのことは理解できるようになった。



「昔はね、この辺りにはもっと、ずぅーっと大きな魔境が広がっていたの」



「魔境……?」



「うん、魔境にはいっぱい魔物がいて、木がたくさん生えてて……、凄く怖いところ」



「アクア、それじゃ分からないよ。

魔境はね、魔物と呼ばれる人を襲う生き物が棲むところで、深い森になっているの。

普通、魔物たちはそこから出てこないんだけど、血の匂いに引き寄せられて、里まで来ることもあるの」



これを聞いて私は理解した。

初めてこの地にやって来た時、私の服は血にまみれ、魔物を引き寄せる危険があったことを。


彼女たちは私の危機を察知し、助けるために里に人を呼びに行ってくれたのだ。


最初に私を見つけてくれた姉妹、緑の髪をした12歳の姉テスラと、青黒い髪をした10歳の妹アクア、この2人は、私にとって命の恩人であり、この世界の家庭教師だった。



「それで、昔はずっといっぱいあった魔境も、今はこの集落の向こう側だけになったの」



「アクアの話だと、かなりちっちゃくなった様に聞こえるけど、今でも魔境はもの凄く広いんだよ。

歩いて奥まで行ったら、何日もかかるんだって。

でも昔は、この国全体が魔境の中にあるって言われたぐらいで、今よりずっと広かったって聞いたよ」



「アクア、テスラ、ありがとう。凄く良くわかるよ。

じゃあ、この国の人たちが、魔境を開拓して今の安全な場所を作ったんだね?」



「そうだよ~。

で、私たちのご先祖様は、魔境の中で暮らしていたから、魔の民って呼ばれていたんだって」



こうした会話の結果、彼らの祖先が魔の民と呼ばれた昔、闇の氏族と呼ばれた一族と私の外見が似ており、今の私は彼女たちと同じく、魔の民の血を引いている末裔、即ち同じ人外の民である仲間、そう思われていることが分かった。


因みに氏族とは、魔の民が魔境に住んでいた時代、同じ属性の魔法を使う者たちが集まり、外との交わりを絶ってその血脈を維持していたらしい。


それは氏族と呼ばれ、12種類ある魔法の属性に合わせ12の氏族があり、それらは、火、水、氷、雷、地、風、音、聖、光、闇、時空、重力の属性に分かれて暮らしていたそうだ。


各氏族の民は属性に応じた魔法を使い、その力に依って、危険な魔境の中でも逞しく生きていたらしい。




身体が十分に回復し、元通りになるまで何もできなかった私は、子供たちと共に集落の近くにある森で遊ぶことが多かった。

彼女たちは遊びの傍ら、色んなことを教えてくれた。



「カイル! 今日は何して遊ぶ?」



アクアから、最初に名前を聞かれた時、甲斐尊かいたけると名乗ったが、聞きなれない言葉と発音に彼女は戸惑ったようだった。



「カイ・たケ・る? うーんなんか変!

呼びにくいし、覚えにくい。

うーん、そうだっ! カイルっ! これで決まり」



私がこの世界で生きていく、新しい名前をもらった瞬間だった。

安易すぎる気もしたが、満足そうなアクアの顔を見ていると、何も言えなかった。



「そうだねっ! 

カイルなら呼びやすいし、今日から名前はアクアが付けたカイルに決定!

アクアは、名前を付けるのが得意なんだよー」



こんな経緯で、今後私は彼女たちからもらった、新しい名前を名乗ることにした。


カイル、一見アクアから安易に付けられてしまったこの名は、その後多くの人々が知る名称として、歴史に残り、そして代々受け継がれていくことになる。


他にも、これ以降アクアがいかにも思いつきで付けた名前の数々は、その後、実に数百年も受け継がれ、使われて続けて行くことを、私はまだ知らない。



彼女たちに加え、遊び仲間の少年、黒髪で茶色の目をしたマルス、マルスの友達で金髪碧眼の兄弟、カイン少年と妹のサヘル、赤毛で赤色の目をしたハルト、私はいつも彼らに連れられ、森へ出ていた。



彼らは遊びの傍ら、祖先である魔の民が辿った悲しい歴史を、私に教えてくれた。


数百年前、彼らの祖先はこの国に広がる広大な森、魔境と呼ばれた危険地帯の中に住んでいた。

魔の民は氏族と呼ばれる同族同士で集落を作り、基本的に他の氏族と交わることは無かったたそうだ。


だが、長い時が流れるに従い、魔境の外に住まう者、人界の民と呼ばれる者たちが、徐々に魔境を開拓地として切り拓き、彼らの住まう領域を広げていった。


そうして、かつては広大な領域に広がっていた魔境の大半は、既にその姿を消し、今はこの国や隣国の辺境部に残っているだけらしい。



「魔の民はどんどん住む場所を失っちゃって、仕方なく人界の民が住む土地に出て行ったんだけど、みんな魔の民を嫌ってたの……」



アクアが悲しそうに語った。

魔の民が人界の民から恐れられ、忌避されていったのには理由があった。


人々は魔の民だけが持つ力、魔法を行使できる力を恐れた。

しかし魔の民が、厳しい環境の魔境で生きていけたのは、この魔法の力があったからに他ならない。



もちろん最初から人々は魔の民を恐れた訳ではなく、当初彼らは、人界の民からも好意的に迎えられていたらしい。


魔の民は、その力で魔境を切り拓くのを助け、大地を潤し、時には襲い来る魔物と率先して戦った。

彼らは人界の民に対し、彼らの役に立ってみせることで、自分たちの居場所を確保しようと、懸命に努力していたそうだ。



だが時が経つにつれ、彼らの持つ力を恐れた権力者たちが、態度を変えた。



「疫病が起こるのは魔の民のせいだ。

凶作が起こるのは大地に呪いをかけているからだ。

洪水が起こるのも山火事が起こるのも、全て魔の民が裏で糸を引いているからだ」



そんな話がまことしやかに流布され、やがて人界の民たちの心も、魔の民から離れていった。

そしていつの間にか、魔の民は迫害される存在となってしまっていた。



かつて、魔境の中で氏族単位で独立し暮らしていた魔の民は、魔境を出た後、他の氏族や人界の民と交わることも増え、独自の血統を失う者たちが増えていた。


人々に迫害され、身の危険を感じるようになると、魔の民は異なる氏族(魔法属性)の人々とも合流し、身を寄せ合って暮らし始めた。


そして彼らは、辺境地域でひっそりと暮らすようになっていったらしい。



更に魔の民を襲う試練は続いた。


異なる氏族と共に暮らし、交わり、子孫を残す過程で、大多数の魔の民は、かつて持っていた魔法を行使できる能力を失っていった。


同じ属性の魔法を使う、氏族という集団こそが、彼らの血統を守り、魔法の力を維持させていた。

彼らがその事に気付いた時には、もう遅かった。



彼らの子孫は魔法を失い、人界の民にはない容姿、髪の色や目の色をして、人々に迫害される外見上の血統だけを残し、かつては氏族として固有の血脈を受け継いでいた純粋な魔の民は、滅びてしまった。


魔法を失った彼らは、その代わりに人外の民という、新たな呼び名を得た。



「だから……、私たちはもう魔法は使えないの……」



テスラの生まれる何世代も前、集落で最後に残った魔法が使える者、彼が世を去って以来、この集落にも魔法を使える者は居なくなった。



「魔法が使えなくなった魔の民の血を引く者、ぼくらの事を、あいつらは人外の民と呼んで笑うんだ。

他にも沢山あった人外の民の暮らす里は、ずっと前にその多くが無くなっちゃったんだって……」



マルスは悔しそうに言った。



私はこの世界の不条理にやるせなくなった。


行き倒れていた私を救い、手厚く看護し、今も集落に住まうひとりとして居場所を与えてくれた彼らに、一体何の罪があるんだ!


私が何か、力になれることはないのか?

そう思うようになるまで、時間はかからなかった。



その解決策とも思える力が、私にあったことを、この時の私は知らなかった。


この世界に来た当初から、自分の身体に現れた不思議な異変、それが思いも依らないことに繋がる。


私がそれを使う術とその価値を知ったとき、私と里の仲間たちは、新たな一歩を踏み出すことになる。

最後までご覧いただきありがとうございます。

次回は明日9時に『不思議な力の一端』を投稿します。


次回から本格的にカイルの活躍が始まります。

どうぞよろしくお願いします。

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