第十七話 初めての大地
私を含めた11名は、暗闇の中ゴートの街の北に設けられた、巨大な関門の近くの崖、灌木に覆われた斜面まで来ていた。
これから、ある作戦を実行するために。
「この場所、前に来た時にアタリを付けておいたんだけど、ここからトンネルを掘って、魔境側まで繋げたいけど、どうかな?」
「トンネル?」
「あ、すまない! 長く横に伸びて、向こう側まで繋がる穴のことだ。
大きさは荷馬車が通れるぐらいで、できれば防壁だけでなく、かなり奥まで穴の中を移動できるようしたいんだが、どうだろう?」
「そうですね……、ここにいる8人の地魔法士で作業すれば、恐らく問題ないでしょう。
余った土や邪魔な岩石をソラが収納してくれれば、我々は前に掘り進めることと、内部を固めることに専念できます。この人数です。3日ももらえれば、相当奥まで繋げることができるでしょう」
アースは地魔法士たちを代表して胸を張って答えた。
彼は魔法士となる以前から、私に魔境の禁忌や魔境内での立ち振る舞いを教えてくれた者のひとりで、共に狩に出たことも多く、気心も知れている。
「では頼む、入り口は偽装するので、狭くギリギリの幅で構わない。
掘削は地魔法士のみんなに任せて、他の皆は入口の偽装を。偽装が終われば光魔法士は中を照らしてあげること、風魔法士はトンネル内に風を送って、空気を常に入れ替えて。
じゃあ、始めよう!」
こうして私たちは、トンネル作りに取り掛かった。
地魔法士たちはすごい勢いで大地を掘り進め、時空魔法士は片っ端から土や石、岩石を収納する。
そうやって掘り進められた箇所に、残りの者は念のための支柱と天板となる木の杭を刺していく。
ある程度掘り進んだら、一定距離ごとに少し広めの空間を作った。
そこには粘土を固めた、大きな水桶をいくつも作り、地魔法士が固めた後、水魔法士が水を満たした。
途中で何回か、水魔法士が掘り進む先に、地下水脈のある懸念を示したため、そこは慎重に迂回した。
私たちは、その空間に寝泊まりし、ひたすら作業を続けた。
そして、土竜になって3日目の夜明け、私たちの努力は報われた。
もう距離は十分、そう思われたので、トンネルを緩やかな登りに変えて半日後、天井から光が差し込むのが見えた時、私たちは思わず大きな歓喜の声を上げてしまった。
トンネルを出ると、そこは林の中だった。
木々の隙間から、遥か遠くに大山脈らしい山並みと、遥か遠くに関門が小さく見えるた。
この距離なら、人馬の移動の音も関門まで届きにくいだろう。
私たちは、出口付近を一旦大きな岩で封印し外に出た。
魔の民が住まう広大な魔境。
私たちが望んだ新天地が目の前に広がっていた。
同じ魔境でも、植生は少し違うようで、我々の見慣れた魔境とは完全に別世界だった。
日の差す方向を見て、西がどちらか判断すると、私は近くにあったひと際高い木に登った。
『僕らの氏族が住まう里は、魔境の西側を進むと一際高い山があるんだ。
この西側の斜面は比較的平坦で、しかもその両側は険しい崖と深い谷があり、狭い隘路からしか行き来ができなくなっている天然の要害なんだ。
魔境に入った所からでも、この山は見えるからいい目印になるんだよ』
かつてアベルが言っていたこの言葉。
私はそれを頼りに木の上から周囲を見渡した。
「あれだっ!」
私は木の上から、喜びで思わず叫んでしまった。
ここからあの山を目指し進み、裾野を迂回して西側に出ればいい。初めての地で、あの山は私たちを導いてくれる希望の象徴に見えた。
アベルに山の名前を聞いた時、彼は笑って言った。
『山は山ですね。我々は西の山、そんな感じでしか呼んでませんよ』
そうだ!
我々の希望の象徴の山に名前が無いのも寂しい。
あの山を、定軍山と呼ぼう。
私は、かつて日本にいたころ、新聞連載で愛読していた歴史小説に出てきた山の名前を付けた。
魏の大軍を打ち破った一大決戦場の山こそ、かの山の名に相応しい。そう思ったからだ。
私たちは、トンネルの出口を出て一時間ほど進んだ先に、新たな避難所を建設した。
幸いソラは、掘削中に出た大量の土砂を収納しているので、それと新たに堀として掘削した土を使用して、地魔法士が土壁へと変えた。
約200メートル四方の、高い土壁に囲まれた安全地帯が出来上がると、今度はその中の木々を伐採する。
伐採といっても、ソラが木々に手を触れ、収納していくだけだった。
低木や草地は、土ごと地魔法士が天地返しつつ、平坦になるよう押し広げた。
こうして、丸一日作業を進め、仮設ではあるものの、避難所は無事完成した。
私たちは、何日かぶりに火を通した、温かい食事にありつき、身体を洗い流すことができた。
翌日から、この避難所を拠点に、定軍山の麓まで偵察を続けた。
もちろんこの間、可能な限り魔物との遭遇を避けるため、細心の注意を払ったのは言うまでもない。
初見の魔物と対することは、非常に危険だったからだ。
人外の民が、魔境で狩りができるのも、長年の蓄積があるからに他ならない。
それぞれの魔物の特徴、攻撃してくるパターン、注意事項など、多くの犠牲のもとに蓄積された知識がなければ、毎回狩は犠牲を伴う、非常に危険なものとなっていただろう。
だが、この北の魔境は勝手が違う。
ここに生息する魔物の種類も異なり、それは、戦う時の対処法も異なることに他ならない。
以前アベルからは、彼らの魔境に住む魔物の種類、その特徴や対処法などを教えてもらっていた。
だが、実際に相対して経験を積まない限り、ただ知っているだけの机上の空論になるとも限らない。
幸い、我々は全く未知の魔物と出くわすこともなく、多少の戦闘はあったものの、全てを無事に倒すことができた。
こうして偵察を続け、定軍山の麓に通じる道、恐らくはアベルたちが定期的に利用しているであろう道を発見するに至り、偵察の目的は完了した。
「みんな、よくやってくれた。
これで私たちが目指す目的地、希望の山である定軍山への道は整った。
この街道から少し外れた場所に、中継地となる避難所をもうひとつ設置する。
最初に築いた関門側避難所と、ここの中継用避難所。2か所を経由して魔の民の里まで向かう。
そうすれば、安全な日中の移動だけで里に辿り着けるだろう。
避難所を結ぶ通路は、荷馬車の通れる道を通し、偽装を行いつつ帰路につく。
もうひと頑張りだ!」
「応っ!」
「はいっ!」
応える皆の表情も明るかった。
その後我々は、以前やったのと同じ要領で中継用避難所を作り、アベルたちはそこから道を通した。
避難所同士を結ぶ道、中継用避難所からアベルたちの道を接続する道を設け、道や避難所、それぞれの偽装を行った。
最後に、避難所からトンネル出口近くまで道を通し、万が一追手が来た際の足留の罠を何箇所かに設けた。その後、封印のためトンネル出口に設置していた岩を少しだけどかすと、再びトンネルへと足を踏み入れた。
封印の排除、設置もソラのお陰で一瞬で済む。
ローランド王国側のトンネル出口で夜を待ち、私たちはゴールド伯爵領内にある魔境の東端近くにある、仲間達が我々の帰りを待つ避難所へと期間した。
間もなく我々は、希望の大地へと旅立つ。
誰もが期待に胸を膨らませていた。
後は、作戦のため天候の変化を待つばかりだ。我々は祈るように天を仰ぎ見た。
最後までご覧いただきありがとうございます。
しばらくは隔日の投稿になります。
次回は明後日9時に『邪な者たちの蠢動』を投稿します。
どうぞよろしくお願いします。




