第十六話 追う者、追われる者
カイルたちがゴートの街で買い付けた商品を受け取っている頃、魔境の中に築かれた隠れ里を再訪した者たちが居た。
「もぬけの殻だと? どういう事だっ!」
ドーリー子爵は報告してきた兵士を怒鳴りつけた。
不意を突き、簡単に攻め落とせるだろう。そう思って最初に出した兵は魔境から逃げ帰ってきた。
送り出した数は700人弱、しかし、戻ってきたのは300人にも満たないという惨状だった。
彼は急ぎ国王に面会し、魔境に反乱分子、盗賊の類が拠点を作っていることを上奏した。
それにより討伐の任を受け、国王から与えられた1,000名の兵士と、自身の兵士300名を加えて、大急ぎで準備を整え、やっとのことでここ、人外の民が密かに魔境に構築した里へと、攻め寄せることができたのだ。
「それが……、里の内部は魔物の巣です。
西側の門の近くに、多くの血が流れた跡と、衣服や何かの死骸の残骸が数多く残っておりました。
恐らく、大規模な魔物の襲撃を受けたと思われます」
「で、何か気になる点や、奴らが残して行った物はあるか?」
「ございません。全てもぬけの殻です。食料、物資、目ぼしい物は何も残っておりませんでした」
ドーリー子爵は兵の報告に失望した。
件の商人からは、税として納めるべき大量の穀物や、魔境で得られた素材があると聞き、それこそ舌なめずりをしつつ、ここまで押し寄せたのだから。
「今度は騙されんぞ!
奴らは物資を引き上げ、この里の者たちを引き連れ逃げた筈だ。探せっ!
数百人が逃げたとなれば、痕跡を残しているだろう。追いつめて一網打尽にしてくれるわっ」
彼の命により、捜索隊は四方に散った。
だが、魔境のなかを捜索すること自体、困難を極める話だった。
少数の捜索隊で実施すれば、魔物に遭遇した際、餌食となる可能性が高い。逆に大人数で行動すれば、それこそ魔物を誘引し、それらに出くわす可能性が格段に高まってしまう。
「念のためだ。ローランド王国の各地の村、町にも捜索の手を伸ばせ。
怪しい流民の集団がいないか?
怪しいキャラバンが通過した痕跡はないか?
奴らとて、拠点を失えばどこかに出てくるだろう。それらを全て調べ尽くせ!
できることなら……、ゴールト伯爵の領地には向かって欲しくないがな」
ドーリー子爵が最も恐れたのは、彼らがブラッド公国に向かうことだった。
あちらに逃げ込まれれば、ローランド王国は手が出せないため、その手前で捕捉する必要がある。
なので、南西への追撃と探索には最も力を入れた。
万が一、彼らがブラッド公国に向かったのであれば、魔境を出る前に仕留めるために。
子爵が次に恐れたのは、ゴールト伯爵の領地に逃げ込まれることだった。
あの強欲で無慈悲な男の領地に逃げ込まれれば、こちらには何も回って来ない。
伯爵によって、奴らの持つ財貨、食料などは全て奪われ、更に女子供は奴隷として売りさばかれるだろう。
ただ、伯爵領への移動は街道を抜けても4日掛かる。
途中には村や小さなな町が点在し、そこをを抜けて東に向かえば必ず露見する。
「奴ら、まさか魔境を抜けて……、いやそれはないな」
ドーリー子爵はそう呟いて、沸き起こった迷いを打ち消した。
街道を通らず、魔境を抜けるとなれば、魔境の東端に達するには、少なくとも5日はかかる。
足手まといな女子供を連れて、その期間、その行程を抜けるのは、現実的に不可能であった。
そんな自殺行為を行う筈はない。
領地に魔境があり、それなりの知識を備えているからこそ、ドーリー子爵にはその困難さが理解できた。
ならば、可能性の高い方面にこそ、重点的に探索の手を伸ばすべきだと考えた。
そのことが仇となったとは、思いもよらずに……
※
そのころ、ゴートの街では見慣れぬ商隊が、今まさに出発の準備を整え、街を離れるところだった。
「我々は先ず避難所とは反対の、東に向かう。日暮れまでに、ここから東の川まで行くぞ!」
私はゴート街で調達した、荷馬車に積み込まれた大量の物資を馬で曳き、避難所とは反対の方向に向けて街を出発した。
十数台の荷馬車は、砂塵を上げながら街道を進んだ。
「おう兄さんがた、景気が良さそうだね。俺にも一丁かませてくれないか?」
これだけの荷馬車の移動は、否応なしに目立つ。
すれ違う商人たちも、興味深げな目で我々を見ては、軽口を叩いてくることも何度かあった。
そして、夕暮れ時になって、大きな川の河原に着くと
、街道から少し離れた場所に集まり、野営を張る準備を始めた。
正確には、周りから見て、野営を張るため準備しているように見せかけた。
「ソラ、目立たないように物資を空間収納してくれ。他の者は十分に馬を休めてくれ。
日が沈んだら、街道を外れ、一気に西に駆け抜ける」
そう、半日以上無駄にはなるが、我々が東に向かうことには理由があった。
東へ移動した証拠を残し、途中で物資と荷駄を空間収納で隠し、身軽な馬だけになった状態で夜間一気に西に向かい駆け抜ける。
これが我々の作戦だった。
そうなれば、万が一我々の散財が露見したとしても、追手はゴートから東に注目する。
その間に、我々はゴートの西側から出発し、北へと抜けることがてきる。
そして、街道を外れた場所を夜間密かに通行するものは、盗賊や野盗の類しかいない。なので我々が夜間移動しても、まず人目に付くことはない。
こうして私たちは夜の草原を駆け抜け、夜明け前になんとか、ローランド王国内に広がる魔境、その東端まで辿りついた。
「ソラ、隊を率いて最東端の避難所へ。
私は地魔法士と3人を連れ、目立たぬように途中まで引き返す。我々が移動した足跡を消すために」
こうして私は、4騎で元来た道なき道、草原を引き返して万が一私たちが残したかもしれない、足跡を確認してまわったのち、東端の避難所へと戻った。
「カイルさまっ、お帰りなさーい」
避難所に戻ると、子供たちが駆け寄って来た。
不便な暮らしの中でも、子供たちは元気だった。
「ご苦労様でした。先に戻ったソラが持ち帰った物資を整理しておりました。
これまでの備蓄に加え、当面の食糧は十分です。
今は荷駄の整備を進めていますが、集落の者たちは騎馬と荷馬車に分乗できるでしょう。問題は……」
「そうだね、ファルの不安は私も同じだよ。
問題は、荷駄に乗せられない家畜だよね?
この先の夜間移動に家畜たちは付いてこれない。
魔境を逃げた時のように、光魔法士が光をともすこともできないし、荷駄で進む速度にもついて来れないからね。
まぁ、考えはあるさ。ちょっと時間はかかるけど、その準備に入ろうと思う。
ところで、頼んでおいた木材の準備はできたかな?」
「はい、ここを広げる際に伐採したものに加え、周辺の木々も伐採して準備しております」
「では、時空魔法士と地魔法士を8人、風魔法士と火魔法士と2人づつ、水魔法士と光魔法士をひとりづつ借りるよ。
多分、10日以内に戻れると思うけど、私たちは当面土竜になるからね。
後のことは、アルスに任せるので、ファルも彼を支えてやって欲しい」
「承知いたしました」
そう言ってファルは丁寧に頭を下げた。
こうして、新たなる希望の地、ゴートの北に広がる魔境への旅に向けた準備が開始された。
<魔法士総数 59名>
火魔法士 13名 + 1名
地魔法士 10名
水魔法士 9名
風魔法士 9名
聖魔法士 6名
時空魔法士 4名
雷魔法士 3名
光魔法士 2名
氷魔法士 1名
音魔法士 + 1名
闇魔法士 0名
重力魔法士 0名
最後までご覧いただきありがとうございます。
しばらくは隔日の投稿になります。
次回は明後日9時に『初めての大地』を投稿します。
どうぞよろしくお願いします。




