第十話 隠れ里での最初の収穫
我々は隠れ里へ無事逃れることができた。
里のなかには初めて隠れ里を訪れる者もいて、初めて見たその全容に目を丸くして驚いていた。
「カイル殿、儂も事前に聞いてはいたが……
ここまで来ると想像を遥かに超えておるわ。本当にここが魔境の中とは、思えん有様じゃの」
そう呟いた長もそのひとりだった。
彼の前には、収穫を迎えた麦畑が一面に広がり、夕日を浴びた穂は大地を黄金色に染めていた。
そして同じく、陽に赤く染まった集合住宅が立ち並んでいる。
「はい、この隠れ里は安全な防壁に囲まれ、里の人間全てを賄う食料を得ることもできます。
食料の備蓄を増やし、魔物素材を交易で売れば、他の里に住まう人外の民も、ここに呼び寄せることができるでしょう」
「カイル殿、儂は其方に何と言って礼をすれば……」
「いえいえ、私自身も子供たちに、そしてこの里の人たちに救われました。
お礼など必要ありません」
我々が移住後、無事、隠れ里での初めての収穫も迎えることができた。
魔境の大地は想像以上に豊かで、予想していたより遥かに多くの実りを、私たちにもたらしてくれた。
魔境の大地がこんなにも農耕に適した、豊な土地であることに、私は驚いた。
これまでの歴史で、次々と魔境が切り開かれ、開拓地となっていった理由が分かったような気がした。
私たちは、隠れ里にて収穫した実りを全て、我々自身のために使うことができた。
圧政を敷き、厳しい税を要求してくる領主もいないからだ。
そのため収穫を祝う収穫祭は、盛大に催された。
そこで私は、多くの者に取り囲まれ、盃を交わすことになった。
「カイル殿、これで我らの里の者たちは立ち行くことができます。なんと感謝して良いやら……
今後はどういった方針で進みましょうか?」
実は私自身、実は無事収穫を迎えることができるまでは、ずっと不安だった。
魔境の中に逃げ込んだとしても、作物が育たなければ、いくら交易に出ていても食料が間に合わない。
「いやいや、私も魔境の大地がここまで豊かな実りをもたらしてくれるとは、思ってなかったです。
これで、皆が来年までは食いつなげる目途が立ちましたが、まだ蓄えがありません。
残った土地も、皆で協力して開墾を進め、次回の収穫では十分な蓄えを作ることを主眼としましょう」
「で、その先、どうすれば良いかとお考えかな?」
「私は余所者です。ですが集落の方々はそんな私を温かく迎えてくれ、それに感謝するだけです。
ですが、この先については、私が言うのも可笑しな話ですし……」
「いや、遠慮なく仰ってくだされ。是非!」
ちょと躊躇して、傍らに居た長の方を見ると、彼は笑顔で頷いていた。
自分にした話を、ここでして構わない、そういう事か?
「あくまでも、私の個人的な考えとして申し上げます。
まず、最初に行うことは……
まだこの魔境の周辺には、人外の民と言われる同胞の集落が存在する、そう聞いたことがあります。
きっと彼らも苦しい生活を送っていると思われます。
彼らを此処に誘い、人外の民同士で支え合う、豊かな暮らしを送れるようにするのはどうですか?」
「おおっ! そうだな。
我々がカイル殿に救われたように、今度は我々が近隣の里を救わねばならんな」
「その次に考えているのは……
この隠れ里も決して安全とは言えません。
いつか、我々も力を蓄え、多くの魔法士、魔の民を復活させた暁には、ゴートの街の北に広がる広大な魔境、そこに新天地を求めるべきではないでしょうか?
子供たちから聞いた歴史では、人界の民と我々は決して相容れない存在なのかも知れません。
我らが彼らに対し対抗する、十分な力を持つまでは」
「ふむ、そんな事を考えておったか。
カイル殿はこの里の生まれではないが、我ら以上にこの里の事を考え、未来を見据えられている。
やはり貴方が相応しかろうな……」
長はそういって笑った。
いえいえ、長には以前から伝えていたでしょう?
そう言いかけて私は言葉を飲んだ。
なんとなく、外堀を埋められている気がしたが、私自身、認められたことに悪い気はしなかった。
その日を境に、私は長と共に行動することが多くなった。
そして長からも学ぶ機会が増え、私がまだ知らない、この世界の情勢についても知ることができた。
「カイル殿、貴方は今日より2つの役目を担っていただきたい。
ひとつ、周辺に住まう人外の民にも救いの手を伸ばし、仲間としてこの隠れ里へと誘うこと。
ひとつ、将来的に安住の地、我らが安心して住まう土地への移住計画を立てること。
貴方に我らの未来を託すので、是非お願いしたい」
長から正式に役目をいただくことになった私は、これまで得た情報、知識を改めて再整理した。
それを踏まえ、計画の立案にあたった。
〇整理事項:魔境について
どうやら、我らが今住まう魔境は、2か国の辺境域西部に広がっており、その先には踏破不能な大山脈が延々と広がっているらしい。
我々が住まうローランド王国と、その南西にあるブラッド公国、この2つの小国はお互いに競うように魔境を切り開き、建国された国らしい。
今かろうじて残っている魔境も、いずれそれらの国々によって切り開かれてしまうだろう。
数百年後、遠くない未来に魔境は消滅するだろうと言われている。
人外の民たちは、このことを嘆き悲しんでいる。
かつては故郷だった、そして今は貴重な収入源となる狩場、魔物が住まう魔境が消滅する未来を。
〇整理事項:領主たち
元あった集落は、ローランド王国のドーリー子爵が治める領地にあり、人外の民には圧政を敷いているが、それでも隣国のブラッド公国よりはまし、そんな感じらしい。
ドーリー子爵はブラッド公国との国境を接するため、ローランド王国より派遣された兵も含め、旗下に1,200名もの兵を抱えているそうだ。
人外の民が不穏な動きをすれば、たちまち彼は軍勢を派遣し、里ごと焼き払うだろうと言われている。
過去には、反抗の兆しを見せた一つの集落が、彼の軍に襲われ、灰塵と化したことがあったそうだ。
また、ドーリー子爵の隣領、東側に領地を持つゴールト伯爵も油断がならない人物と分かった。
彼の領地には、人外の者たちが住まう里はない。
いや、かつてあった里は、彼の施策で全て無くなってしまった。そう言った方が正しい。
ゴールト伯爵が人外の民に課す税は過酷で、納税が滞るとたちどころに奴隷として売られる。
その結果、彼の領地では主人の所有物として存在する以外、人外の民は存在しなくなった。
また、彼の領地には2つの魔境が広がっている。
そのひとつは、我々の住む魔境で、それは隣国のブラッド公国辺境域から、ドーリー子爵の辺境域にまたがり、奥は大山脈の麓に沿って伸びている。
魔境は大山脈添って東に、ゴールト伯爵領内に伸び、その領域はだんだんと細くなる。そして終点(東端)は、ゴートの街から西に約1日の距離にあった。
もうひとつの魔境は、ゴートの街から北に半日の距離にある、ローランド王国の領地北端に連なる大山脈、その唯一の切れ目を越えた先にある。
こちらは、いくつかの小国が丸ごと入る程の大きさといわれすが、その実態は誰にも知られていない。
ただ、あまりにも広大な魔境が広がっている、そう言われているだけだ。
「魔の民が住む広大な魔境、そこに逃れるためには、ゴールト伯爵の領地を少なくとも1日、駆け抜けなければならない訳だ……、厳しいな。
通常移動では、ドーリー子爵の領地を4日、仮に魔境を密かに抜けるとしても、ゴールト伯爵領だけは魔境のない場所を、丸1日進まなくてはならない。
隠れ里に住まう人々を全員引き連れての移動となると、これは至難の業だぞ……」
私は思わずそう呟かずにはいられなかった。
自分が言い出したことだが、調べれば調べるほど、困難さが分かる状況に、私はただ頭を抱えた。
少なくとも大部分の行程は、魔境を抜けて密かに進む必要がある。
そして最後は、一戦も辞さない覚悟で、ゴールト伯爵領を強行突破する必要がある。
彼の戦力は?
北の魔境に配された兵士の数は?
ゴールト伯爵が設置した、魔境を遮る砦をどう抜ける?
私には、まだ調べねばならないことが沢山あった。
我々のような狩人たる者や、魔法士たちは別として、女子供、老人たちが、今より厳しい環境と言われる北の魔境を、数日間から数十日に渡って移動すること、それはどう考えても不可能だった。
私はこの時点で私の計画は行き詰った。
どうする?
何か解決策はないのか?
それ以降、私は常にこのことを考えて、数年を過ごすことになった。
最後までご覧いただきありがとうございます。
しばらくは隔日の投稿になります。
次回は明後日9時に『魔の民との交流』を投稿します。
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