13 なんか、春奈って、いつもと違う気が…
「隼人、ここの蕎麦、美味しいでしょ?」
「確かに、そうだな」
隼人は蕎麦を啜り、口に含みながら頷いた。
まさか、春香が蕎麦屋をチョイスするとは予想外だ。
店内はそこまで混んでいる様子ではなく、席ごとに間隔がある。
人が少ない分、他人の視線をあまり感じることなく、気軽に食事ができる空間。
大半が、スーツを着たサラリーマン風の人が多い。
店内にあるテレビを見ながら、お客同士が会話している。
そんなに騒がしい感じではなく、落ち着いた空気が流れてる感じだ。
普段の春奈であれば、街中に来たら、ドーナッツとか、ハンバーガーなどにすると思う。
気分的に、蕎麦を食べたくなったのだろうか?
隼人は箸を一旦おき、テーブルの反対側に座っている彼女を見やった。
「どうしたの? やっぱり、美味しくなかった?」
「いや、そうじゃないよ。なんか、春香が蕎麦って珍しいなって、思ってさ」
「あー、そういうことね。まあ、そうかもね」
春奈は蕎麦を食べきった後、テーブルに一旦、箸をおいた。
「そうだよね。私が蕎麦屋に入ろうなんて、あまり似合わないよね?」
「別にいいんじゃないかな。気分にもよるしさ」
「いいよね、別に……。でも、いつも隼人と街中に来るとさ。ハンバーガーばかりじゃない? だからね、少し気分を変えたかったの」
「そっか」
そんなに深い意味はなかったようだ。
何もなかったんだったらいい。
隼人は手にした箸で、蕎麦を掴んだ。
しっかりとした蕎麦だと思う。
食べやすいし、お客のことを丁寧に考えていると感じていた。
「ねえ、隼人?」
「ん?」
隼人は、春香を見やった。
「隼人ってさ。新しく家族になった人とはどうなの?」
「どうって、まあ、普通だけど?」
「大変なことってある?」
「そうだな……そんなにないかも。今はさ」
そういや、父親が再婚してから、一週間が経った。
最初の頃は、大変なことの方が多かった気がする。
でも、馴染んできた感じがあり、あまり気にならなくなっていたのだ。
「隼人……こういうこと言うのはよくないけど。隼人のお父さんって、いつも選び方が雑というか、よくない相手と付き合う時の方が多かったじゃない?」
春奈は視線を軽くそらしながら、気まずげに言う。
「そうだな。まあ、父さんは結婚相手を見極めるのが、少し下手だからさ。しょうがないさ」
「今まで何回もの再婚を繰り返してるじゃない。だからね、隼人、また、苦しんでるんじゃないかなって。ちょっと心配だったの」
「え? 俺のことを心配していたの?」
隼人は驚き、目を丸くする。
「え、ええ……え? もしかして気づかなかった?」
春香の方も驚いている。
「う、うん」
「もうー、何年幼馴染をやってんのよ」
呆れ口調で、春香から言われてしまう。
「ごめん……なんか」
隼人は何気に謝罪してしまう。
「でも、本当に大丈夫なのね?」
「ああ」
隼人はハッキリと頷いた。
「なら、よかったわ」
「というか、なんでそんなに俺のことを気にかけてるの?」
なんか、気になる。
もっと突っ込んだ話をしてみた。
「別にいいじゃない……まあ、幼馴染だからよ」
「幼馴染だから?」
なんか、思っていたのと、少々聞きたかった言葉と少し違う。
隼人は春香のことが好きなのだが、当の彼女は全く何も思っていないようだ。
幼馴染はやっぱり、単なる幼馴染の関係に留めておいた方がいいのだろうか?
隼人は蕎麦を啜りながら、悲観的に考えていた。
春奈も幼馴染と付き合うのは望んでいないのだろう。
諦めた方がいいのかもしれない。
「……」
対面上に座っている春奈は、ジーっと隼人の事を見つめていた。軽く頬を紅葉させながら。
「え、なに?」
「へ、い、いや、な、何でも」
春奈は何かを隠すように、箸を手に蕎麦を啜り始めていた。
何だったんだろ。
隼人は軽く首を傾げてしまう。
「そ、そうだ」
春奈は蕎麦を飲み込むなり、強引に話の方向性を変えようとする。
「そうだ、隼人って、那遊ちゃんとはどうなの?」
「那遊と?」
「そうだよ、さっきも一緒に街中に来たんでしょ?」
「まあ、そうだね」
「一緒に来るくらいだし、仲良くなったってこと?」
「最初よりな」
「最初は大変だったってこと?」
「まあ、色々ね。春奈も知ってると思うけど。この前一緒に街中に来た時、悪戯的なことされたじゃん」
隼人は話している際、思い出したくないことまで、脳内に浮かんできて、苦しくなってくる。
「そうね。でも、まだ、小学五年生だし、無邪気なのが普通なの……かな?」
「多分な。でも、そういうのは虚勢っていうか、少し無理していたみたいだな」
「無理してた? ってどういうこと?」
「本当はさ。那遊ちゃんって、大人しいんだよ。ちょっと強がっていただけっていうか。そういうことなんだ」
「そうなんだ。じゃあ、この前の那遊ちゃんって、無理してたんだね」
「まあ、そうみたい。でも、那遊ちゃんのことをさ、そんなに悪く思わないでくれないか?」
「私はそんなに気にしてないよ」
「そっか。でも、ごめんな」
「いいよ、もう終わったことだし……」
「……」
互いに無言になった。
急に沈黙になられると、どんな表情を見せればいいのかわからない。
「ねえ、隼人ってさ、今から時間ってある?」
「まあ、それなりには」
那遊が映画を見終わるまでならば、十二分に時間はとれる。
「どこかに行きたいところってあるの?」
「う、うん。ちょっと、そこで話したいことがあるというか」
「話したいこと?」
「う、うん」
春香は少々戸惑いがちである。
何かをすんなりと口にする感じではない。
別のところに移動してまで会話するということはそれなりに重要な内容なのだろう。
「俺、もう少しで食べ終わりそうだし。ちょっと待ってて」
隼人はサッと蕎麦を口にし、間食する。
お茶を飲んだ後、会計シートを手にしようとした。
刹那、スマホが鳴る。
その音は、隼人のモノからだ。
何かと思い、スマホの画面へ視線を向けてみると、那遊の名前が表示されていた。
何かあったのかと焦る。
隼人は、一瞬だけ春奈の顔を見やった後、席から立ち上がり、店内の別のところに移動するのだった。