夕食と顔合わせ
手紙を出し終わり、屋敷に戻るとおそらく夜の見張り番の兵士だろうか、昼間とは違う兵士の方が立っていたので、竜の紋章が入った指輪を見せ中に入る。
そして屋敷の扉を開け「ただいま戻りました」と言うとセバスさんが迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、ダグラス殿。そろそろ帰ってこられる頃だと思っておりました。まもなく夕食ですので、晩餐室の方へご案内させて頂きます」
そう言われセバス殿について行くと、応接室とはまた違った豪華な扉が見え、中に入ると縦長の机がある広間で、机の周りにはいかにも高そうなイスが置いてある。
机の上には彩りの為か花が活けてあり、その上には豪華なシャンデリアがぶら下げられている。
「旦那様方も、まもなくいらっしゃると思いますので、少々お待ちください」
食事のマナーに不安があった俺は待っている間に少しでもと、マナーをセバスさんから聞こうとするが、扉の向こうから歩く音がした後、扉が開きバイゼル公爵と長く綺麗な金髪をした女性が一人と金髪の小さな女の子、そしてメガネをかけ茶色の髪をアップスタイルにしたメイドが一緒に入ってきて公爵が紹介を始めた。
「おや、ダグラス殿待たせたかな?紹介しよう私の妻マーガレットと娘のアルマだ。アルマの後ろに控えているメイドの名前はセシリア。アルマの専属メイドだ、君の同僚ということになる。」
すると、マーガレット夫人がお辞儀をしながら挨拶をしてきた。
「初めまして、オズウィン・バイゼルの妻、マーガレット・バイゼルと申します。ダグラス・ガープ様ですね。此度は娘の護衛を受けて頂き誠にありがとうございます。夫から話を色々聞かせてもらっております。昔、子供の時にバジリスクと戦ったとか、本日は色々と聞かせてもらえるとうれしいですわ」
「いえ、こちらこそ公爵様に依頼を頂けるとは光栄の極みでございます。私の思い出話が話のネタになるのであれば、いくらでもお話いたします」
「ふふふ、ありがとうございます。そしてこの子が娘のアルマです。アルマ。本日からあなたを護衛してくれるダグラス・ガープ様です。ご自分で挨拶なさいな」
とマーガレット夫人が娘の背中をポンっと押すと後ろからトテトテと娘が前に出て来て軽く下を向きながら「アルマ・バイゼルです……」と小さく呟く。
それを見た俺はアルマお嬢様の目線まで腰を落とし目を見ながら
「本日よりアルマお嬢様の護衛をさせて頂きます、ダグラス・ガープと申します。お嬢様を守る為、粉骨砕身で働かせて頂きますのでよろしくお願いします」
と挨拶をするとアルマお嬢様を怖がらせてしまったのか、マーガレット夫人の後ろにパタパタと戻って行き隠れてしまった。
それを見て苦笑いをしているとマーガレット夫人が手を頬に当て申し訳なさそうにこちらに謝罪をしてくるのだが、やはり上の立場の人に謝られるのは慣れないもんだな、と思う。
「ごめんなさいね、この子恥ずかしがり屋なもんですから……これから色んな人達と合うのだから克服してほしいんですけどね……」
「いえ、こんな大男がいきなり目を見て挨拶するのが悪かったのかもしれません。お気になさらないでください。」
と謝罪しているとバイゼル公爵が咳払いをした後、話を始めた。
「うむ、顔合わせも終わった所で夕食といこう。今日もシェフが腕によりをかけて作ってくれている。ぜひ堪能してくれたまえ」
上座にバイゼル公爵が、そこの斜め前にマーガレット夫人とアルマお嬢様が座り、俺はその反対側に座り、第二の山場の夕食が始まる。
机の上には次々と豪華な料理がメイド達の手によって運ばれてきて、各個人の前に置かれ、おいしそうな匂いが漂ってくるが、豪華な料理を目の前に俺は動く事ができなかった。
その様子を見たバイゼル公爵がこちらに話しかけてくる。
「む?どうしたのかね、ダグラス殿、食べれない食材でもあったかね……?」
「あっいえ、そのような事はないのですが。いかんせんいままで屋台や飯屋で済ませていた物でこのような場での食事のマナーがわからなくどうしたものかと……」
「ハッハッハッ大丈夫だ。ダグラス殿、今この場でマナーをうるさく言う物はいない。それに君の事は妻も含め皆ある程度わかっているつもりだ。マナーなんて物は気にせず食べてくれてかまわない」
「ふふふ、そうですよ。お気にせず食べてみてください。絶品ですわよ」
公爵や夫人にそう言われても、さすがに目の前で失態をすることはできない、なので記憶の奥底に眠っている前世の知識を掘り起こして食べるしかないと腹を括る。
たしかナイフとフォークは外側から使うというルールがあったはずだと記憶の中からサルベージし、料理に手を付け食べ始めるが、夫人と公爵の目線などが気になりすぎて料理を味わう事はできなかった。
その後は夕食を食べながら、村であった事やバジリスクとの闘いで死にかけた事、冒険者になってからの苦労話などをして時間が過ぎていった。
「いや、実に楽しい夕食だった。ダグラス殿の事もより知れた事だし、ここらでお開きとしようか。ではダグラス殿、明日から娘の護衛をよろしく頼む。セバス!ダグラス殿を部屋へご案内してくれ」
「かしこまりました旦那様。ではダグラス殿こちらへ」
「あ、はい。公爵様、奥方様、夕食ご馳走様でした。それでは失礼いたします。」
そう言ってセバス殿の背中を追いかけるように晩餐室から出て、セバス殿についていく。
「では、今からダグラス殿のお部屋にご案内する前にこの屋敷のご説明をさせて頂きます。まずここ一階は先程おられた晩餐室、旦那様とお話をされた応接室がございます、主に来客された方々をご案内するスペースとなっております。そして二階には、旦那様や奥様、そしてアルマ様のお部屋や執務室。そして私やメイド達、使用人の部屋がございます。ダグラス様が本日よりお使いになられる部屋はお嬢様の守りを考え、二階の階段を上がって二つ目の部屋になります。もしも異変が起きた場合はその部屋からそのまま奥に行くとお嬢様のお部屋がございますのでお向かいくださいませ。お嬢様の隣の部屋は侍女の部屋となっております。そのほかの施設に関しては明日お嬢様の専属メイドとお話をされたほうが今後もスムーズに進むかと。明日改めてご挨拶、という事になりますので、よろしくお願いいたします。」
「了解致しました。」
「それとダグラス殿、護衛の際もその剣をお使いになられますでしょうか?」
その問いに少し考える。確かにこの剣は大型の魔物や群れを作る魔物達に対しては有効だが、狭い場所での護衛には使いづらい物になるだろう。
そうなるとショートソードや普通の大きさの剣がいいのかもしれない、休日の日に買わなければならないな……と頭の隅に記憶しておく。
「もしもダグラス様が護衛に合わせて武器を買う際にはお声かけください。旦那様に必要経費として用意するようにと言いつけられておりますので」
「そこまでやってもらうのはさすがに申し訳ないですよ。次の休日に街に言って自分のお金でロングソードか何かを買いますのでお気になさらず……」
「ふむ……では兵士用の剣が何本か余っているはずなのでそちらを使われてみればよろしいかと。明日メイドに届けさせますので、そちらをお使いください」
もう何から何まで致せり尽くせりだ。何故そこまで好待遇なのかが疑問だったのでセバスさんに聞いてみる事にした。
「失礼、セバス殿。何故公爵様は一介の冒険者の私にこんな良い待遇を……?」
するとセバス殿はホホホと笑いながら答えてくれる
「何故……でございましょうか……。私の個人的な考えで言えば、おそらく旦那様はダグラス殿がもたらす変化に期待しているのだと思われます。アルフレッド様の話を私も聞いていたのですが、アルフレッド様が今のようになったのはダグラス殿のお陰だと、アルフレッド様が昔、引っ込み思案だった時に声をかけてくれて、色々と教えてくれたから私はこうなったのだと。村の子供達も彼のお陰で変わったのだと言われておりましたので、ダグラス殿の力と色々な物事の考え方がアルマ様にとって良い影響になるのであれば安いものだ、と思われているのかもしれません。」
「はぁ……」
「ホッホッホ、難しく考えずともよろしいかと、それではおやすみなさいませ。」
『良い影響ねぇ……とりあえず怖がられたままだとお嬢様も安心できないだろうしなぁ……当面の目標はお嬢様に信頼してもらう事からか……』
と思いながら武器や防具の点検をした後、使用人が使う浴槽をメイドから聞き、汗を流し、翌日寝坊をしないように早めに布団に入り眠りについた。
§ § § § §
夕食が終わり、娘も部屋に戻った後、オズウィンとマーガレットが話をしていた。
「君から見て彼はどう映った?」
「そうですね……確かにマナーを知らないと言われていた割には、ナイフとフォークを外側から使っていらっしゃいましたし、挨拶もしっかりされていました。威圧感……と言えばいいのでしょうか。強い気は感じましたがその中に優しさも見えるような……そしてとても謙虚な方でしたわね。何か私達にいい事をもたらしてくれる気配がありましたわ」
「ふむ……そうだな。彼は幼い頃から変わり物だったとアルフレッド殿が言っていたからな。まぁ悪い御仁ではない事は確かだ。アルマにとって良い影響を与えてくれる事を願うばかりだな。」
娘が良い影響を受け立派になってくれれば万々歳なのだがな……とオズウィン・オズウィンは考え目を瞑った。