違和感の正体
晴れ渡る空の下、馬車がガラガラと音を立て街道を走っていた。
馬車がガラガラと小気味良く揺れ、気持ちのいい風がそよそよと馬車の中を通り過ぎる、そのせいかついウトウトとしてしまう。
もう馬車に乗って移動を始めてから4日目になる。王国を出てからは、もしかしたらあの視線の奴等や魔物と遭遇するやも、と気を張っていたのだが、全くそんな事は無く、順調に進んでいた。
御者のおっさんと話をして分かったのだが、今俺が向かっているバイゼル領は都市の中だけでなく、街道にも兵士を巡回に出しているらしく、治安が良いらしい。
少し前までは、有名な盗賊団のアジトが近くにあったらしいのだが、それを騎士団と合同で討伐をしてからはより安心して行き来できるようになったとか、その話を聞いてアルの手紙の内容を思い出す、まぁ安全ならそう気を貼らなくてもいいかもしれないな、と思いながら寝転び馬車に揺られていた。
「お客さん、気持ちよく寝てる所悪いですが、もうすぐ到着しますよ」
どうやらあまりもの気持ちよさに寝てしまっていたらしい、起き上がり馬車の前を見てみると王都ほど立派、というわけではないが、それでもちゃんとした大門とそこに並ぶ多数の馬車と人の列見えた。
列に並び40分ほどが経った頃だろうか、自分達の検問の時間が来たのか、門の近くにいる若い衛兵がこちらに小走りでやって来た。
「失礼致します!身分証を拝見させて頂けますでしょうか?」
俺は冒険者カードを、おっさんは商業組合カードを出し、衛兵に渡すと衛兵がジロジロとカードを見た後こちらの顔を見てくるので、何か不備があったのかと思ってしまう。
若い衛兵は何か考えるような仕草をした後、俺達にカードを返し「少しお待ち頂いてもよろしいでしょうか」と言って少し歳を取った衛兵の下に行き何か話をしている、その様子を見て、まぁないとは思うがもしも面倒事になった場合、馬車に乗ったままだと不利になるので馬車から降りておく。
すると話を受けた衛兵が若い衛兵と共にこちらに戻ってきた。
「失礼いたします。ダグラス・ガープ殿はどちらに……?」
「ダグラスは俺だ。何か不備でもあったのだろうか?」
何かがあった時のために警戒しつつ強めに出る、すると少し歳を取った衛兵は少し焦りながら何故こちらに話を聞きに来たのかを説明し始めた。
「いえ、そうではなく公爵様からダグラス・ガープという冒険者の方を招いているのでここ都市セウロナに到着したら報告をしてほしいと伝達を受けておりまして確認を……と、ダグラス・ガープ殿はこの後、すぐに公爵様の屋敷に行かれるのでしょうか?もしも行かれるのであれば案内を付けさせますが」
思った以上の好反応で返されたのでこちらも襟を正し返事をする
「お気遣いありがとうございます、しかし、私も長旅でさっきここに着いたばかりなので、公爵様に合う前にすこし身綺麗にしようと思っています。なのでそこらの宿で適当に湯浴みをしてから向かおうかと」
「なるほど、畏まりました。おい、お前は今すぐ公爵様の屋敷に伝えにいけ、ダグラス・ガープ殿が到着したと。少し時間を空けてから屋敷に向かうと言っていた事も伝えろ」
と歳を取った衛兵が若い衛兵に指示を出すと「了解しました!」と若い衛兵は踵を返し走っていった。歳を取った衛兵がこちらに向き直りゲーム等で聞いた事があるようなセリフを言う。
「おまたせ致しましたダグラス殿ようこそ都市セウロナへ」
こうして衛兵に見送られて都市セウロナへ立ち入った。
§ § § § §
都市セウロナに入り近くにあった宿屋で湯浴みをして長旅の汚れをとった後、俺は今回の依頼主バイゼル公爵の屋敷に向かおうと宿を出たその時、王国で感じた視線をここでも感じた、だがすぐに消えた。
『……?一瞬だけ?王国からここまで付いて来たのか……?いや、それだったら続けて監視をするはず……まぁ今考えても仕方ないか。そんなことよりまずは公爵との面会だ』と考えを切り替え屋敷に向かった。
「でけぇ……」
公爵の屋敷を見て出た一言目がこれだった。
一応ここに来るまでにも見えてはいたのだが、間近で見るとより壮観だった。広大な庭に切り添えられた樹木、庭の真ん中にある噴水もすばらしい、その奥に見えるのが屋敷で、只大きいだけでなく煌びやかで、かといって派手すぎる事もなく、無駄を省いた素晴らしい屋敷だと思った。
屋敷を見て呆気に取られていると、門の前にいた見張りの兵士だろうか、二名が鎧を鳴らしながら近づいてくる。
「そこの男、ここはバイゼル公爵の屋敷だ。何か用か?変な動きはするなよ、その背中の剣にも触れるな」
「ん?あぁ、ちょっと初めて見た規模の屋敷に見惚れててね。ここには公爵様の依頼で来たんだ。ダグラス・ガープって名前なんだが……」
敵意が無いという事を証明するために両手を上に上げながら、名前を言った所で声を掛けて来た兵士が先程の態度を変えて隣にいる兵士に誰かを呼びにいかせる。
「……ッダグラスガープ殿でしたか、話は聞いております。おい、セバス様かメイドを呼んで来い。……先程は無礼な態度を取ってしまい申し訳ない。セバス様からは丁重に持て成せ、と言われておったのですが……」
「いえいえ、そちらもそれが仕事でしょうし、気にしないで頂きたい。私は一介の冒険者ですので……」
相手が余りにも腰を低くしてくる理由がわからないのだが、相手がペコペコしているからと言って、こちらがグイグイ強く出るのもおかしいので、こちらもしっかりと気にしないでほしいという意を伝える。こうしてお互いにペコペコしていると前世で会社で働いていた事を思い出してまうな……。
「……かたじけない」
そうこうしていると先程、屋敷に走って行った兵士が背筋の伸びた老齢の執事を連れて戻って来た。
「大変お待たせ致しましたダグラス様、私はこの屋敷で執事長を務めております、セバスと申します。此度は我が主の声に応えて頂き誠にありがとうございます。」
「あっいえ、こちらこそ此度はお招き頂き光栄です。ダグラス・ガープ、冒険者です」
「ほほほ……では当主様も楽しみに待たれておりましたので、早速屋敷の方へ参りましょうか」
「あー……武器はどうしましょう。一応持ってきたんですが、公爵様と合う、となるとやはり失礼ですよね……」
「ではこちらでお預かり致しましょう。ご安心ください、ダグラス殿以外に一ミリたりとも触らせない事を約束いたしましょう」
と先程の兵士が名乗りをあげる。
まぁこの剣は対して高価な物でもなく、ただ力任せで振るうとバカにならない威力が出る、というだけで使っている刃のついた鈍器だ。無くされても困らないし預けておこうと思い、先程の兵士に渡しセバスさんについて行く、すると後ろから「重ッ……ちょっ、手伝ってくれ」と声が聞こえた気がした。
老齢の執事セバスに付いていき応接室に通される。
「それでは当主様を呼んで参りますので、ここに座って少々お待ちください」
執事、セバスが扉をパタンと閉め出て行ったのを確認し、高そうなイスに座ると、ふわっとお尻を包まれるような感覚がして、高級品は素晴らしいな。と感動を覚えた。
これから一体どんな話をされるのだろうと思うとソワソワして落ち着かない。気晴らしに部屋を見渡してみるが、どこもかしこも高価そうな物だらけで逆に緊張してしまう。個室に呼ばれて話をする機会があった事といえば組合長室だけなのだから当然だろう、この応接室はそこから段階を数段飛ばしたような場所なのだ。
ソワソワとしながら待っていると扉がノックされ、それと同時に公爵様に挨拶をする為、椅子から立ち上がると扉が開き厳格そうな男と執事のセバスが同時に入室してきた。
「お初にお目に掛かります、私は冒険者のダグラス・ガープと申します。此度はお招き頂きありがとうございます」
自分の中で、一番綺麗だと思える所作で公爵の印象を悪くしないように挨拶をする、先制攻撃だ。ここから先は一度も気を抜けない戦場なのだ。もしも下手な事をやらかしてしまえば自分の首が飛ぶ……強大な魔物と対峙しているのだと思い込み気を引き締める。
「こちらこそ此度の呼び出しに応えて頂き感謝する。私の名前はオズウィン・バイゼルここバイゼル領の領主でありレプギリス王国の公爵だ。王国からわざわざ来てもらったのはこちらのほうなのだ。まぁそう硬くならないで楽にしてくれたまえ」
そう言いバイゼル公爵が手を出し握手を求めて来るので手汗は大丈夫だろうか、と思いながらも握手をし対面に座る。
ここでもしも世間話などになったりして口調や言葉遣いにボロが出てしまっても困るので、こちらから今回の指名依頼の件について聞いてみる。
「失礼になるのかもしれませんが……早速今回の依頼についてお聞きしたいのですが」
「ふむ……そうだな、貴族のような長ったらしい腹の探り合いのような話なぞ必要ないな、ハッハッハッ!すまない、別にバカにしている訳ではないので許してほしい。結論から言うと我が娘の専属護衛になってほしいのだ」
「護衛ですか……しかし公爵様も優秀な騎士や兵士が沢山仕えているのでは……?」
「ダグラス殿、貴殿は我が領内に来てどう思われた?」
と公爵様から問われここに来るまでの町の風景と通って来た領内の事について思い出す。
「……第一に思ったことは治安が良い事でしょうか、町の中だけでなく街道にも巡回兵が出ておりバイゼル領に入ってからは魔物も出てくる事無く、乗せてもらった馬車の御者も安心して仕事ができる素晴らしい領地だと言っておりました」
「うむ、お褒め頂き感謝する。そして問題はそこなのだ、領地の治安を守る為に兵士巡回に、さらに北の帝国との国境に軍隊を、しかも私には二人の息子がいてな、その二人にも護衛を付けると娘に護衛ができるほどの兵士を付けれないのだよ。恥ずかしい事にな、だからと言って治安を守る兵士や国境の兵を引き抜き護衛に、となると現場に影響を与えてしまう。そこで白羽の矢が立ったのが君だった訳だ」
ここで疑問が出てくる、たしかに手持ちの兵から娘の護衛に回せないのかという理由はわかったのだが、何故、数多の冒険者の中から自分に白羽の矢が立つのか、それがどうしてもわからなかった。
「ぬはは!何故そこで自分が?とでも思ってそうな顔をしているな。何故かと言うと貴殿も知っているかもしれんがつい最近バレル盗賊団の討伐があってな、その時に騎士長にいい人材はいないか?と聞いたのだがあまり良い返事がもらえなくてね、その時に副長のアルフレッド殿が君の事を知らせてくれたのだよ。アルフレッド殿からは何か連絡は無かったかね?」
この言葉で親友アルフレッドからもらった手紙の事を思い出す。
「……あっはい、一応2週間程前でしょうか、一通手紙があって、君に素晴らしいプレゼントを用意していると、そんな手紙が届きましたが……」
「フハハハハハ!という事は、これがその素晴らしいプレゼントだった。という訳だ」
『ふざけやがって!アルの野郎……恐ろしい事に巻き込んでくれたな!最後の落とし穴の件はこの為かッ!!今度会った時覚えてやがれ!』と思ったが、何とか今はこの状況を回避しなければならない。故に自分に思いつく限りの言い訳を考える。
「しかし、専属護衛となると……私は学がない冒険者でございまして、礼儀や作法に問題がありますし……信頼と言う面でも……」
「大丈夫だ、礼儀作法の話もアルフレッド殿から聞かされている。それと失礼ながら君の事と周りの事も調べさせてもらったので、信頼という面でも問題はない。基本的には君の好きにやってもらって構わない、私が責任を持とう。それと君が自由を愛しているという事も知っている。故にしっかり休みも取らせよう、給金に関してもできる限り出そう。寝泊りも空いてる部屋を使ってもらって構わない。食事も用意させよう、期間は……そうだな、まず3年……でどうだろうか、その後は要相談という事で、どうだね?受けてくれるかね?」
公爵は足に肘を立て手を組み、鋭い眼差しでこちらを見ている。
逃げ道を全て封じられた瞬間、俺は、終わった……と思った。
おそらく王国にいた時の視線はこの公爵が雇ったもしくは抱えている諜報機関的な者たちからの物だったのだろう。
もう駄目だ。ただの貴族からの依頼であればなんとか断れたかもしれないが、相手はこの国有数の公爵。しかもここまでの好条件を出されて断れる訳がない、恐らくアルから手紙が来た時点で詰んでいたのだろう、その考えが頭に走った瞬間、俺の心がポキッと折れる音がした。
そして次の瞬間に口から出た言葉は「はい、謹んでお受けいたします」という了承の返事だけだった。
「うむ、貴殿ならそう返事してくれると信じていたよ、感謝する。この件がこんなにスムーズに決まるとは、今日はなんて素晴らしい日、なのだろうな?」
「えぇ……まったく、素晴らしい日ですよ。本当に……」
公爵が満足気にワザとらしくこっちに問うが俺は放心状態で、相手の言葉を繰り返す事しかできなかった。
「ふはは!これから宜しく頼むよ、ダグラス殿」
こうして俺は自分が愛していた自由から一番遠いかもしれない、公爵令嬢の護衛になってしまった。