おいでませダグラスさん。
チュンチュン……
鳥の鳴き声と窓から差し込む朝日で目が覚める。
「……眠い」
目がしばしばするし体が重い。
冒険者という所業柄、森の中で魔物に警戒しながらの野宿や寝ずの番で眠気や疲れに慣れているはずなのだが、その時と比べ者にならないぐらい体がダルい。
どれもこれも“あいつら”のせいだ。視線を感じ始めてもう一週間も経つ、夜も突然何か仕掛けてきたら、と思うと熟睡する事なんて夢のまた夢だ、町の中でぐらい熟睡させてほしい。
「うごごご……ゆっくり眠りてぇ……」
と言いながら枕に顔を突っ伏した後、軋む体に鞭を入れて依頼を受けるために準備を始める。
顔を洗い歯を磨きズボンや胸当てがついた皮鎧を着て、愛用の板剣を背負い忘れ物がないことを確認し、宿屋の親父に挨拶をして外に出るとある事に気が付く、今日はあの謎の視線を感じないのだ。
『お?なんだなんだ、遂に諦めたのか?いや、でも狙われるような事はしてねぇからな……人違いだった……?いやでも……まぁ、考えてても仕方ねぇか……』
と考えながらこのまま視線を感じる事がなければ今日の夜は熟睡できるだろうな、と軽くなった足取りで冒険者組合へ向かった。
いつも通り冒険者組合の扉を開けるとそこは冒険者で溢れかえっていた。
ガヤガヤとする組合の中を進み依頼が貼られている板の前にいこうとするとジャイアントグリズリーから助けた少年達のパーティが話かけてくる。
「ダグラスさん!おはようございます!あれ?顔色が悪いですね、調子でも悪いんですか?」
元気よく挨拶してくるのは熊と戦っていた少年レオンだ。少年に釣られて後ろの少年と少女も挨拶をしてくる。
「おー、お前らか、顔色がわりぃのはちょっとな……まぁ……んな事は置いといてよ、噂には聞いてるぞお前ら!Cランクに昇格したらしいな。その調子でがんばれよッ!」
と肩をバンッと叩くと挨拶をしてきた少年が叩かれた衝撃で二、三歩横につんのめる。
それを見ていた後ろの少年と少女はその様子がおかしいのかおもしろそうに笑っている。
「ちょっ、ダグラスさん!いきなりはびっくりしますよ!はい!このままがんばってダグラスさんを追い抜かす気持ちでがんばります!」
と息巻いて言うので生意気なと笑いながら頭に手を置きワシャワシャとしてやった。
「うわっちょっ……やめっ……あの!タグラスさんに相談があるんですけど!……最近使ってた剣がなんか物足りなくなってきてて……俺もダグラスさんの剣みたいなデカい剣を使ったほうがいいですかね……?」
「うーん……俺の場合は人より力が強いってのがあるから、この剣を最終的に使ってるだけで、この剣に辿り着く前には普通の剣も使ってたからなぁ……まぁお前達も安定して稼げるようになったんだから、急いでこんな大剣を使うより、自分の手に馴染む剣を試していったほうがいいんじゃねぇか?」
とアドバイスをしたところで後ろから「ダグラスさーん!」と女性の呼ぶ声が聞こえるので振り返ってみると受付嬢のナターシャがこっちに走って来ていた。
「ダグラスさーん!あっ……すみません、お取込み中でしたか?」
「いや?少し話をしていただけだが……なんか急ぎの用事でもあったのか?」
「あっはい!そうです、組合長にダグラスさんが来たら連れてくるようにと言われておりまして、ちょっと組合長室まで来て頂いてもよろしいでしょうか……」
「……わかった。すまんな、レオン。聞いての通り組合長に呼ばれたから話はここまでだ、まぁ今はあれだ、焦らず力をつけていけ。順調にいってる時ほど足元を掬われるからな。」
レオン達と別れた俺はナターシャに案内をされ、カウンターの横にある階段を上がり組合長の部屋に着いた。
組合長に呼び出されるという事は中々無い、俺も呼び出された事があるがランクがAに昇格する際の誓約書を書いた時とお人好しと呼ばれるようになった時にそのまま職員にならないかという誘いを受けた時の二回だけだ。緊急討伐依頼やダンジョンの共同探索等の個人に対しての依頼は基本受付嬢から言い渡されるので今回はそういう類の物ではないんだろうと言う事だけはわかった。
「アラン組合長、ダグラスさんをお連れ致しました。入室してもよろしいでしょうか」
すると中から野太い声で「入れ」と返事が返ってくる。
中に入ると筋肉がムキムキのじじいがイスに座り机に肘を付きこちらを見ている。
アラン・アリスター、王国の冒険者組合のトップで元冒険者。冒険者を引退した後、組合にスカウトされてそのまま組合長まで上り詰めた男だが、荒くれ者の冒険者を纏める為に未だ鍛錬を怠っていないらしい。実際に組合の酒場で問題を起こした奴等をぶん殴っているのを何回も見た事がある。
「ん゛ん゛ッよくきてくれた、ダグラス・ガープよ。まぁ座れ、ナターシャ、茶を二つ頼む……さてダグラス・ガープよ、今回呼ばれた事に対して何か心当たりはあるか?」
と凄まれても基本俺は問題を起こさないように過ごしているし、どちらかと言うと組合には貢献しかしていないと思う。身の回りであった事と言えば変な視線が纏わりついていた事だけだ。
ナターシャが淹れてくれたお茶を飲んで答える。
「いや、組合長に呼び出されるようなことは無いですね。こちらも何故呼ばれたのかと思っているぐらいですよ」
「ふむ……ナターシャ、これをダグラスに」
ナターシャが持ってきてくれた紙を受け取り読んでみる。
「……ッ!?なんすかこれ……」
「……貴族からの依頼だ。Aランク冒険者ダグラス・ガープと交渉がしたい、至急バイゼル領まで派遣してほしいとな。交渉というのは何かはわからんが、とにかく君と合って話をしたいらしい」
「うげぇ……これ受けないとダメ、ですよね……」
「まぁ……な、バイゼルと言えばこの国に三人いる公爵様の一人だ。無視するわけにはいかんだろうな。冒険者組合としても派遣して欲しいと依頼されているからな、嫌だといってもワシ等が引きずっていかねばならんだろうよ。なに、取って食われる訳でもないだろう、もし不敬を働いて今後の仕事が無くなったとしても不敬罪でお前の首と体が離れなければ、この組合で職員になるという選択肢がある!安心して逝けい!がっはっはっはっはっ」
笑い事じゃねぇんだよ……と思いつつも、依頼が来てしまったのはしょうがない。精々公爵様の機嫌を損ねて、首を切られないように前世での経験を糧に乗り越えるしかないと腹を括った。
「それで、いつ出発したほうがいいんですかね。馬車の確保に運賃、それと宿にも連絡して部屋も引き払わないと……」
「大丈夫だ、そこらの問題はワシ等が引き受ける。金の心配はいらん、馬車も既に用意できておる。必要な物は全て公爵から出ているからな。出発は少なくとも明日までには、と言った所か」
「……わかりました。大事な物は常に持っていますから、今から向かう事にしますよ……じゃあ後の事は任せましたお願いします」
「うむ、任された。馬車は既に西門に待たせておる。土産話を待っているぞ」
と声を掛けられながら冒険者組合から出ようとするとレオン達が近寄ってくる。
「ダグラスさん!組合長との話はなんだったんですか?」
「あぁ、指名依頼が来てるって話だ。まぁその依頼も結構急がないといけなくてな、今すぐ出発しないといけねぇんだ。だからよ、暫くは話とか聞いてやれねぇんだすまんな。」
「いえっそんな事気にしないでくださいよ!いつもお世話になってますし……帰ってきたらまた相談させてください!」
レオン達に見送られて外に出て、空を見上げながら『どうしてこうなった。』と呟いた小言は晴れ渡った空と町の喧騒に消えていった。
§ § § § §
――公爵家
いつもの執務室にて、当主オズウィン・バイゼルが書類を処理していると扉からコンコンとノックする音がした後、老齢の執事セバスが入室してくる。
「失礼いたします、旦那様こちら調査報告になります。」
そう言ってセバスは暗部から預かった手紙をオズウィンに渡す。
「うむ、ご苦労と暗部の者たちにも伝えておいてくれ…………ふむ……フハハハハ!報告書によるとダグラス殿は素晴らしくユーモアのある御仁であるな。面倒見がよく、感も鋭い、森で監視していた者が追いかけ回されたと。ほう……町人とも仲が良く同じ冒険者からも評判が良い。それでついた愛称がお人好しダグラスとは……うむ、セバスッ!この者をなんとしてもアルマの護衛として雇うぞ!」
「畏まりました旦那様、具体的にはどういたしましょうか。」
「そうだな……まず冒険者組合にも根回しをしておけ、こんな人材を冒険者組合も黙って易々と手放したりはしないであろうよ。それと、受け入れの準備も進めよ、ファーストコンタクトが重要だ、門番の兵士やメイド達にもしっかりと伝達しておけ、おかしな事をしないようにな。それと今日のディナーの後、妻にもこの事を伝えるので準備せよ」
「ハッ」
『さて……会うのが楽しみだよ、ダグラス・ガープ殿』