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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

かつては戦地だった草原

作者: ぺm
掲載日:2021/05/14

少女は人ならざるものであった。そんな少女は、その種の大婆様から1つ注意されていたことがあった。






 色とりどりの野菜の入ったカゴを抱えた少年が、人通りの多くなり始める前の店通りを早足で進む。



 日が登ってきたとはいえ、商人たちがテントを張った店先に商品を並べ終え商売を始めた時間帯。

 ガヤガヤと周りの騒がしい音も、店の親父さんや女将さんとお客の豪快な話し声や笑い声もいつもの音。



  少年は重い野菜達の入ったカゴなどなんのそのと、軽やかな足取りで人の間を通り抜けていく。

 その顔は前を向き明日を生きるものの顔をしていた。

 

 






-----荒野-----


 そこはかつて、農村がなされていた緑の.ある地だった。



 ぽつりぽつりと家がありそこには農村と買っていた牛や羊などで生計を立て、贅沢は決して出来ないながらも日々を生きる者たちの幸せがあった。


 それもこれも、この戦争が起こりより良い戦地とかす4年前までは...。



 その戦地とかした荒野には、幾ばくもの死があった。

 それらは敵味方ももうなく、ただただ息のない血と泥にまみれ様々な姿へと成り果てた人間の横たわる姿だった。



 そんな戦いに幕を下ろした戦地へと、2時間と経たずに訪れたのは、空から降りてきた女だった。

 その女は、人々の戦う様を初めから終わりまではるか上空からほうきに跨り眺めていた。








 女は戦争で繰り広げられる戦略や人の散る様が好きで、よく戦地へと出かけてはまるでゲームや芝居を楽しむように眺めていた。

 そんな女が戦地へと足を着けたのは珍しいことだった。



 なぜなら、そんな死の横たわる荒野の中、外套を被った者の姿がひとつあったからだ。



 なぜこの様な血なまぐさい死の地へ、足を着けた者がたった1人居るのだろうと好奇心に駆られた女は、スルスルと下降し外套の者の元へと近づいた。

 しかし、女は100m圏内に入った時点で、その外套の者がどこの誰だかは分かってしまったため、そのままその者から少し離れたところに足を着けた。



 女は自身に気づいているはずのその者が、未だこちらに興味を示すことなく、ただ一点を見つめていることに対して見当が着いてしまい、早々に声をかけることにした。



「おい、ルー。お前何時からここにいたんだ? お前はこんな所に来るべきじゃないだろう。帰るぞ。」



 ルーと呼ばれた者は振り返ることもせず、また

何も答えなかった。



 呆れた女はルーの横まで着いた。

 ルーの目線を辿ると、やはりそこには死があった。

 他人への関心が薄く関わりも極小数な女にとってはやはり見知らぬ死だった。



「...ルー。 大婆には言って来たのか?」



  女の声に微かに頷いたルーは、それでも1つの死から目をそらそうとせずに、じっと見つめている様子だった。

 そんなルーの姿に女はため息混じりにしゃがみ込み、その死をジロジロと見た。



「これ、誰。 どーしたの。」



 女の質問にルーは暫しの沈黙の後、ゆっくりと語った。



「...ジーベルト。彼、もう僕とは会えないって...戦争へ行くって言うから...。僕...は彼と契約を...だから...」



 その後の言葉は続かなかった。いや、続けられなかったのだろう。

 それでも、2人は死を見つめて少しの時間を過ごした。



 いくら時間が経ったのだろう。

 ルーを見つけた時に頭の上にあった太陽は、ずいぶん西の空へと傾いていた。

 そんな周囲を眺める女を他所に、ルーは覚悟を決めたようだった。



「...ジル...ジル...、お別れだ。」



 愛称であろう名前を優しく呼ぶルーは、微かに震えていた両手を前にかざした。

 それはルーの力を使う際の合図のようなものだ。



 その瞬間、空気が変わり、風の流れが変わる。

 その流れに乗せて、ルーの口から音が紡がれる。

 微かに聞こえるようなその音は、柔らかで優しく芯のある旋律だった。



 いつしか風が遊びだし、大地にマナが流れ枯れた地を気で揺らす。

 その風に煽られてルーの外套のフードが取れる。そこには美しい白銀の髪をした幼い少女の姿があった。



 ルーから流れる音が枯れた大地の底に沈む種達へ働きかけ、大地へと登り、地に広がる死をも飲み込み伸びてゆく。

 それは緑を成し、花を咲かせようとしていた。








 その時ルーは思い出していた。ジルとの日々を。

 あの幼き日に過ごした愛しい日々を。








 ある日広く美しい草花が生い茂る野原で出会った僕に頬を染めて「妖精だ!」と声をかけてきた自分より小さい少年の姿。



 ほぼ毎日、彼は配達の仕事を終えた後の少ない自由時間である1時間を、僕と出会った美しい野原へと足を運び過ごした。

 月日が流れ彼の背が頭1つ分、2つ分と大きくなるに連れて生まれる疑問を、 彼は何も言わなかった。

 ただ、彼は「ルー、僕の妖精」とにこやかに呼びかけては嬉しげだった。



 そんな穏やかな時間は長くは続かなかった。



 戦争が起こったのだ。



 ルーは戦争について、大婆様から聞いたことがあった。

 大婆様曰く、それは人と人とが起こす醜く汚い争いごとなのだと。

 曰く、それは全てのものを奪い去り破壊し、悲しみや憎しみしか産まぬ負の連鎖であるのだと。



 そんな物に、いつしか少年から青年へと成長したジルの生活は脅かされて行った。



 ジルの家は畑を持ち、警備兵である父親の収入と野菜を売りとで家族4人の生計を立てていた。

 しかし、戦争が始まり、その年に一家を支えていた父が戦死した。



 そこからは坂道を転げ落ちるように生活が苦しくなった。



 死亡手当ては出たものの父の収入がなくなった分、高騰する食品が買えず、自作の野菜で食いつなぐしかなくなった。



 父の死からは畑や食堂の下働きをしなんとか稼ぐ生活が忙しく、ルーと会う回数もどんどん減って行った。



 その頃、戦況により平民の徴兵が18歳以上の家督を継ぐ予定である嫡男以外の最低1名以上であったのが、13歳以上の男児は嫡男や体に障害のあるものを除くと改められた。

 その為、15歳だったジルは4歳の妹と母を残し、戦場へ行くこととなった。



 だから、ジルはルーに別れを告げに久方ぶりに会いにあの美しい野原を訪れた。



 ジルは、初めて会った日から変わらぬ小さな少女であるルーの姿に目を細め、幼き日々のように2人は野原で語り合った。



 別れの時間が近づいた時、ルーはジルに言った。



「ねぇジル、僕が君の願いを叶えるよ。だって、僕はジルの妖精なんでしょ? 僕の愛子、ジル。あなたの願いは何?」



 ジルは願った。

 ジルが望む、ただ一つだけの願いを口にした。



 そして、ルーはジルの願いを受け入れ、ルーとジルの契約は成立した。



 戦争など知らぬこの広く美しい草花が生い茂る草原で。



 ジルは最後の夢を願ったのだった。








 ルーの力により、徐々に死を覆い緑を伸ばしていく草花を眺めながら、ルーは目の前の死に語りかける。



「ジル...僕はね、君が好きだった。

 あの日、僕の庭へと迷い込んできた君が余りにも愛しくて。どうしても君との繋がりを断ちたくなくて、君が来た僕の庭への道は塞ぐことが出来なかった。

 君が再び僕を想い、僕の庭への道を抜けて僕に会いに来てくれることを期待して、願ったんだ。」



 荒野を吹き抜ける荒い風は、いつの間にかピタリと病んでおり、生い茂っていく草木をルーはそっと撫でる。



 その目には、青く生い茂りつつある草木と空の青とが綺麗に映ってはいるが、本人の感情は浮かんでおらず、まるでガラス玉のようだった。



 ルーはそっと零すように、草木が生い茂る中心へ向かって囁いた。



「...ジル、君の願いは僕が叶えた。君の家の畑は枯れを知らずに君の家族を満たし、支えてくれる。

 だからね、僕は君に逢いに来た。

 ...君の願いを叶えるために。

 これは僕と君との契約。さぁ、僕の愛しい人ジル。

  ...君に緑と...僕の愛を。」



 再びルーは音を紡ぐ。愛に溢れ、慈しみ、育む音を。



 目の前の死を緑が包むその時。

 目に映る美しい景色を映したビー玉のような瞳から、美しい涙が流れた。



「ジル...ジル...、あぁ、僕の愛しい人。 ...よい眠りを。」



 ルーは揺れる声で音を紡ぐ。



 それは優しい、深い愛の音。



 もう、そこは戦地だったとは思えない、緑豊かな草花が生い茂る。



 そこには死はもうない。



 あるのは生へと変換されたルーの愛する緑だけ...。



 そう、小さな少女が愛した青年の願いは叶えられた。



 青年は願った。



『僕の愛した人が、飢えることなく、緑で満たされますように。』



 だから、ルーは初めにジルの家の畑が枯れを知らず植物が育つようにした。

 これで彼の家族は飢えること無く、今もこれからも緑で満ちて支えてくれるだろう。



 

 そして、今この時。



 彼が愛した人を守るために、懸命に繋いできた彼自身のその命を緑で満たした。



 ジルの願いによって、ルーとジルが愛した緑が、かつて戦地だったこの荒野を満たしたのだった。








 女はルーの紡ぐ音が好きだった。



 人と関わることが億劫な自分にとって、ルーのもつ空気や言葉、力は心地よく好ましいものであった。

 だから、女は珍しく地上へと降りてきてしまったのだった。



「...ルー。可愛いルー。

 私がいない時に1人で戦地へ来るのはやめてくれ。

 私はお前が心配だ。

 大婆の言いつけを守れとは言わんが、人に心を寄せすぎるな。人は脆く弱い生き物なんだ。

 ...お前の心は優しすぎる。私のお願いだよ、ルー。」



 ルーは相も変わらず、景色のみを映すビー玉のような瞳から美しい涙を流しながら、女の言葉を聞いていた。



 その視線は、この緑と化した大地の中心であるジルの死を変換した場所に生えた木にあった。



 女はまだ青年が少年の頃に出会ったままの姿をしている小さな少女、ルーの手を引き、かつては戦地であった地を跡にしたのだった。








少女は魔女と呼ばれる種族に分類されていた。

その魔女の中でも、少女の曾祖母は種族から1目置かれ大婆様と呼ばれ、多くの弟子を持っていた。そんな魔女の中でも末弟子である少女と世界の物語。


大婆様から「人と深く関わってはならぬ」との教えを受けていた少女だが、少年を知る度に少年への愛しさが増していく。

そんな愛しい人との関わりで成長速度の差と死から人の脆さを初めて知った、少女と世界の初めての関わりの物語。

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