5.嫌だな・・出来てしまった。
教会学校とは、平民の子供達に基礎座学を教える勉強会のことだ。場所は休日の教会を借りており、子供なら無料で通うことが出来る。
(懐かしいな、子供の頃私も通ったなぁ)
指輪にも子供時代があったらしい。
正直言って教会学校の教師の給料は安い。だけど上手く教え子達が官僚になるための王立高等学院とか受験して合格すれば・・・私の株は爆上げして金持ちの子供の家庭教師にと声がかかるかもしれない。
そうすれば自分で報酬を決められる、ガッポリ金を貰って貧乏からおさらば出来るという算段だ。
(何か邪なこと考えてそう)
うるさいから早く指輪を外したい。
「え!?お、おはよ、キア先生・・」
「うそだ、先生が走って来ないなんて!?」
クソガキ1号2号が私を見て驚いている。
ははは、遅刻しないために一睡もしてないからな!
(キア先生?)
「あ、言ってなかった、私はキアっていう名前なのよ。先生は敬称よ」
(それぐらい分かるわ!)
「キア先生!おはようございます!!」
「キア先生!!」
(・・・思ったより先生しているのね?)
「当たり前だ。上手くあの子達が出世すれば私の明るい未来に繋がるんだ」
(やっぱり邪だ)
やっぱりとか言うな!
「先生、これママから、小さくて着れなくなった服だからどうぞって」
私の可愛い生徒、三つ編みが似合うリンちゃんが何やら紙包を渡してくれる。
「ありがとうー!!ありがたく頂くわ!!お母様によろしくお伝えしておいてね」
「うん!!」
リンちゃんは教会へ向けてかけて行った。それを見てから中身を確認する、
「やった!服だ!!まだ全然使えそうじゃん!!」
貧乏人の私には服を買うお金も勿体無いのだ。
「先生、お店の余り物のパン」
「これ母ちゃんから売り物にならない野菜だって」
はははふふふ、どんどん物資が集まってくる!これだから教会学校の教師はやめられない!
(子供から恵んでもらうなよ!!)
子供からじゃない!子供の親御さんからだ!!
「いつもありがとうございます、キアさん」
教会の入り口で子供達を迎えるシスターに声をかけられる。
「構いませんよ、こうして沢山の報酬を貰えますしね」
手にいっぱい持った服や食料を見せると素敵な笑顔を返してくれる。
「本当は私共もキアさんにもっと報酬を渡せれば良いのですが・・・」
シスターの申し訳なさそうな顔をする。大丈夫、こっちは先行投資なんだから問題ない。
「いいんですよ、勉強は努力次第で手に入れられる形の無い財産です。それが子供達に少しでも残せたらと思って引き受けているのですから」
(外面と腹の中が違いすぎるだろ?)
本当にうるさい指輪だ。見ろシスターの顔を、感動して泣きそうになっているだろ。
「ささ、子供達が待っているので始めましょう」
シスターにここで泣かれても困るので中に入って授業を始める、生徒の中には磨けば光りそうな宝石が何人かいる、私の将来のためにその子達には頑張ってもらわなければならない。
「最初はみんな大好きな算学よ」
「次は語学よー」
「つ、次は・・・」
徹夜明けマジしんどい。
「大丈夫ですか?」
シスターがヘロヘロの私を心配して声をかけてくれる。何とか全ての授業を終えて私は燃え尽きていた。
「大丈夫です。昨晩はヨヒムの酒場を手伝ってて」
「あっ、外国の商船が入港してますもんね。すいません、忙しいのに授業を頼んでしまって!」
シスターが謝ろうとするのでそれは遮る、
「ははは、謝るのは違いますよ。私は報酬を貰って勉強を教えているのです、仕事なので私個人の忙しいは全然関係のない話ですよ」
それに徹夜の原因は指輪のせいだし。
(・・・ごめん)
突然しおらしくされるのは困る。
「すいません、少し休ませてもらってから帰りますね」
教会講堂のベンチで昼食を食べ、少し横にならせてもらう、木製の固いベンチだけど床で寝るよりはマシだ。
目を閉じると意識が遠のいていく・・・
〜〜〜〜〜〜
(どうしよう・・・全然起きる気配がない)
教会学校は昼には終わっている。シスターさんには少し休むと言ったものの、もうすぐ教会が閉まる時間だ。
(・・・やってみるか)
あの詐欺神は指輪をはめた人間の体を乗っ取れると言っていた。それで今の私の体を使っているチヒロとかいう奴に復讐するチャンスをやると言っていた。
この人の・・キアの体を使えれば・・・
「・・・嫌だな・・出来てしまった」
寝ている隙にキアの体を乗っ取ってしまった。久しぶりに動く手足に若干の違和感を覚える。
このまま新しい人生を送るのもアリかも・・・そんな最低な事を考えつつ荷物を持って帰路につく。
ふと目につくのがカサカサで傷だらけの手、そして窓に映る疲れ果てた顔の女。
・・・どれだけ苦労してきたんだろう?
キアは自虐的に自業自得と言っていたけど、いったいどんな罪を犯したんだろうか。
「キア先生!」
教会前の広場で午前中に授業を受けていた子供が遊んでいる。
「やっと起きたかー、寝坊助だなぁ」
キアがクソガキと呼んでいる男の子もいる。
ただ授業の様子を見ていて気づいた事がある。キアはクソガキと罵っている子供に対しても、ちゃんと丁寧に勉強を教えていた。むしろ勉強のできる子供より、できない子供の方が分かるようにしっかりと教えていた。
ここまで口と腹と思考と言動、全てがあべこべな人を初めて見た。
「先生?大丈夫?」
三つ編みの女の子が心配そうに駆け寄ってくる。ヤバい中身が違うのに気づかれたのか?何とか誤魔化さないと。
にこやかに笑ってその場を去る・・・完璧に怪しまれているけど、私にはそれしか出来ない。
急いで来た道を帰る。道すがらに色々な人に声をかけられるが笑顔でそれを避けていく。
そしてキアの家である酒場に到着する。ここで一つ問題がある・・・
「おかえり、遅かったな」
とても強そうな女性が声をかけてくる。困った、喋るとすぐにボロが出そうだ。
「ん?どうした?」
こういう時はスマイルだ、作り笑いで誤魔化して二階へ向かう。かなり怪しまれたが仕方ない、そして第二の関門が現れる。
薄着のだらしない格好をした美人が部屋から出てきた。
「んあぁ?今帰ったの?」
あくびをしながら声をかけてくる。それでは美人な顔が台無しだ。
・・・どうしよう、上手く喋れるか?
「う、うん、い、いろいろあって・・・」
久しぶりに声を出した、声色は一緒だけどメチャクチャ不信に思われている気がする。
「・・おい、本当に大丈夫か?」
くっ、少しの違和感で分かるのか?帰ってくる時も思ったが、キアは何でこんなに周りの人間に好かれているんだ?
「だだだだだいじょうぶ」
急いで脇を抜けてキアの部屋に入る。
はあぁ、凄い疲れた。
明日も同時刻に投稿します。