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2.思い出したくない過去

「キシリアナ=ローゼリア、君の犯した罪を数えよう」

 私の婚約者のはずの王太子グラン殿下が、フランシソア=ミゼットの肩を抱きながら私を断罪する。


 学院の夜会での一幕であった。


 何もみんなの前で断罪しなくても良いのにと、今更ながらに思う。

 私の悪事を調べられて一つ一つを尋問してくる。身に覚えがないことも全部私がやった事になっている。けど何も言い返すことが出来なかった。

 大勢の人の前で、無理やり床に頭を押し付けられてフランシソアに謝罪をさせられた。それを見てコソコソと私を嘲笑する声が聞こえる。

 顔を上げるとグラン殿下に大切に守られているフランシソアが見える・・・その姿はまさに皆から愛される物語のヒロインだ。


「頑張って悪役令嬢さん」

 悪役令嬢?その時は何のことか分からなかった、その時初めて理解した。


 私は悪役だったのだ。


 虐めは最低な行為だ。自分でも何でこんな事をしたのか記憶があやふやだ、気がつけばやっていた感じだったし、やって無い事もまるで自分がやったように思えてきた・・分からない、全てが私がやったのか?


 でもそのような言い分が通じるわけがなかった。


 私は全てを失った。


 すぐに婚約は破棄され、父や祖父や兄は家を守るため、根回しと火消しに奔走していた。

 私は停学処分で謹慎となるが、その日以降学院に行く事はなかった。

 優しかった母は、その日から笑顔を見せなくなり、目を合わす事なく、会いに来る事もなくなった。

 一緒に努力や成果を喜んでくれた家の者も、誰一人として私に近づこうとしなかった。

 部屋の中に閉じこもり、どれだけの日々が過ぎただろうか。深夜に家の者に連れられて屋敷から逃げるように連れ出された。暗くてよく分からないが声で祖父だというのは分かった。


「家を、家族を守るためだ・・・」


 祖父から伝えられた最後の言葉だ。最小限の手荷物を持たされて馬車に押し込められ、そのまま私はどこか知らない場所へ連れてかれた。

「追放か、まあ、死罪よりマシだろう」

「そうですね、まずは自治区に向かわせましょう。あそこなら王家や貴族の目が届きませぬ。それから国外へ渡航する手筈を・・」

 馬車の外から祖父と誰かが話している声が聞こえてくる、その時に私は覚悟を決めなくてはならなかった。

 その日から私が貴族として名乗っていた名前を封印し、新しく平民のキアとして生きる日々が始まった。



 そして見も知らぬ場所に放り出された私は、一人で途方に暮れて夜の海を眺める事となった。


・・・辛い思い出だ。

 10年経った今でも悪夢のように思い出される。あの後、ヨヒムに海に突き落とされて更に何もかも失ったんだ・・・ああ!くそっ!本当に嫌な思い出だ!!


 その後の家族のことは何も知らない。

 私が悪いのだからもう関わらない方が良いだろう。まあ、どこどこの貴族のお家が取り潰されたという噂を聞いていないので大丈夫だと思うけど。



「キア!やっと来た!早くしろ!!」

 遠くで呼ぶ声がする。そう言えば仕事に向かう途中だった。

 交易センター受付のクララが私の元に駆けつけてくる。


「出迎えご苦労」

「張り倒すぞ!」

・・・クララの毒舌がいつも通りで安心する。


「お前、本当に昼まで寝てやがったな?」

「文句はヨヒムに言え、深夜まで私を酷使させるヤツが悪い」

 現在、この港湾都市メダリアには大規模な交易船団が入港している。つまり客商売をしている人にはかき入れどきなのだ。ヨヒムの酒場も同様で、最近は私も毎夜コキ使われている。


「そのうち過労死するぞ、私」

「大丈夫だ、代わりはいくらでもいる」


 クララは酷い・・・同じヨヒムの酒場で寝泊まりする仲なので全然遠慮がない。見た目は可憐で完璧な美人顔だ。だけど正体は腹黒でズボラで口が悪い毒吐き残念女だ、年上の私に対する敬意は微塵もない。

 だけど私はクララに頭が上がらない。クララは交易センターで受付の仕事をしており、通訳の仕事もクララが斡旋してくれている。今回のような複数の大型船団の入港時などは多忙を極めており、私のような外国語が喋れる人間を臨時で雇ってくれるからありがたい。


「ほれ、ご飯」

「おっ!やった!!」


 ヨヒムから渡された弁当を渡すと、クララは喜んで中身を覗いている。

「お客様は?」

 弁当をいきなり食べ始めようとするクララを制止し、仕事の話をする。

「2号室、ウォルテア商団、シシア言語だけど?」

「OK、大丈夫」

 すぐに2号面談室に通される、すでにウォルテア商団の人間と交易センターの担当者が待っていた。

「遅れて申し訳ありません」

 頭を下げると商団側の男性から握手を求められて商談に入る。

「香辛料と絹を交易したいそうです。それと、できれば多めに石炭を仕入れたいとの事です・・・」

 いつも通りの通訳の仕事だ、事務的に仕事をこなしていく。


 交易センターとは相手側の要望を聞き、その依頼を競売に出して商談相手を仲介するのが仕事だ。

 今回の場合、香辛料と絹を欲しい業者を探してあげる。そして石炭を多めに買いたいので売ってくれる人を探して欲しいという依頼だ。

 交易センターは依頼をうけるとその案件を競売に出すために書類を作る。私の残る仕事は依頼書の翻訳だ、事務室に座って黙々と筆を動かす。


「おつかれ」

 途中でクララが差し入れにお茶を出してくれる。

「仕事が丁寧で褒められてたよ、良かったじゃん」

 年下のくせに生意気な褒め方だ。

「だったら通訳の正規で雇ってくれよー」

 何で私は定職につけないんだ。

「私にそんな権限はない。まあ、年がら年中忙しい訳じゃないからね、常駐の通訳は間に合ってんでしょ」

 安定した生活には程遠いな・・・まあ、臨時雇用でも給料が良いから嬉しいけど。


「ああ、そう言えばヨヒムが良い酒があったら回してくれってさ」

「ああ、そう言われると思った。いくつか目星つけておいた」

 そう言われてメモを渡される。よく知らない銘柄の酒の名前が書いてある。

「渡せば分かるよ」

 何で私の考えているのが分かるんだ?と思いつつ、さっさと翻訳にケリをつけて帰る支度をする、遅くなるとヨヒムにまた怒られる。

「クララ、今日は帰れそう?」

「うーん、無理かも。今晩出港する船もあるから泊まりだな。帰ったら酒場の仕事しないといけないから仕事が無くても帰らないけど」

 最後に本音を出しやがった。くそ、定職についている女の強みだな。そんな恨み事を妄想しつつ、残りの仕事を終えて書類を提出して帰り支度をする。

 臨時の職員の良い所は自分の仕事を終えたらさっさと帰って良い所だな。まだ働いてるクララを横目に一足先に帰る事にした。


『やあ、麗しい通訳さん』


 交易センターを出ると突然シシア言語で声をかけられる。その声の主には見覚えがある、さっきまで話をしていたウォルテア商団の代表者だ。

『どうだい?この後時間はないかい?』

 これはよくあるナンパだ。

 ふっ、つまり私もまだまだいける証明だな。さてと値踏みタイムだ。


 ふむ、日焼けした健康的な肌に青い瞳、無精髭は好きではないがワイルド系イケメンだ。歳は私と近いぐらいかな?匂いで分かる、この男は金持ちだ!

『うふふ、何か御用でしょうか?』

 極上の笑みで返す、そして心の中で叫ぶ。


 何か良い贈り物をくれ!もしくは金でもOK!


明日も同時刻に投稿します。良かったら読んで見て下さい。

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