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1.元侯爵令嬢、27歳。



 夜の港街、私はこれからの事を考えると途方に暮れていた。今、私が立っているのは防波堤だろうか、後ろに街の灯り、遠くには灯台の照らす光が見える。


 海は好き。

 嫌なこと全てを忘れてずっと眺めていられる。このままどこか遠く、私の事を誰も知らない外国へ行ってしまいたい。


「おい!そこのアンタ!早まるな!!」


「へっ?   わぁ!!!」


 ザブンッ!


 海は嫌い。

 寒くて、冷たくて、塩辛くて・・・何か沈んでいくし。私の手持ちの荷物と全財産が海に沈んでいくし。



「し、死ぬ、助けて、わ、私、泳   げない!!」



・・・懐かしい思い出だ。

 もう10年も経つのか。


「キア、仕事だろ?起きてるか!?」

 いつものように私を呼ぶ声だ。

 あの時、私を海に突き落として殺そうとした天然無自覚殺人ゴリラ女が、節操なく私のプライベート空間に土足で上がり込んでくる。

「おい、起きてんのか?仕事なんだろ!!」

 肩幅の広い屈強な女がノックもせずにドアを勢いよく開ける。

「ヨヒム、ノックくらいしてよ、着替え中だったらどうすんの!」

「うっせ!お前の貧相な身体を見て誰が喜ぶ?」


 マジで殴りてえ。

 間違いなく返り討ちにされるけど。


 この筋肉隆々ゴリラ女ヨヒムに海で拾われて10年の歳月が経った。

 かつては社交界の花と呼ばれ、名門侯爵家の令嬢だった私は今年でもう27歳になる。

 喋り方はかつての優雅さを失い、野蛮で暴力的な単語がスラスラと出てくるようになった。

 花や花よと育てられた頃の面影はすでになく、年相応に苦労を重ねてきた女の顔へと変わっていた。それでも数少ない貴族令嬢だった頃の財産は今も役立っている。

 貴族だった頃に学んだ外国語で通訳と翻訳の仕事を少々。

 座学で躾のなってないガキ共に教鞭を振るって少々。

 今世話になっているヨヒムの営んでいる酒場の仕事を少々。

 食品加工工場で魚の頭を切り落とすこと少々。

 ・・・まあ、最後の方は貴族令嬢の頃の財産とは全く関係ないけど。でも少ないながらも収入を得て暮らしていけるようにはなった今日この頃である。


 生きる事に毎日が必死だったなぁ。鏡に映る自分の姿を見るとしみじみと感じる。


「ほら、メシだクララにも渡してやってくれ。ついでに交易品で良い酒があったらウチにも回してくれと伝えておいてくれ。あと今晩も店を手伝ってくれ、また船乗り共が押し寄せて来そうだ」

 乱暴にお弁当を渡される。

「・・・おい、私にどれだけ働かせるつもりだ」

「あ?死ぬまで働かせるに決まってんだろ!」


 平然と言ってのける顔がムカつく。


「くそ!絶対一軒家買って優雅に暮らしてやる!!」

「やれるもんならやってみな。宿なし、金なし、胸なし女が!お前にあるのは借金だけだろ!」

 ぐぬぬぬぬ、何も言い返せない。捨て台詞に憎まれ口で返される。腕っ節でも口でも勝てないのが悔しい!



 ヨヒムの酒場を出る。すでに太陽は高くなっており、本当に時間がない事を察する。

「やべ、遅刻じゃん!」

 大急ぎで大通りへ向かう、賑やかで行き交う人々の声で街は賑やかに活気付いている。

 ここはアメリア王国という国の玄関口メダリア港湾自治都市だ。外国との交易が盛んに行われ、多種多様な国籍の人が普通に行き交っている。


 今日は通訳の仕事だ。時間がないから急いで交易センターまで向かう。

「キアせんせー、また走ってる、寝坊か?」

「またぁ?」

 私が勉強を教えているクソガキ共が笑いながら指差してくる。

「うっせ!今度お前らだけ算学のテスト問題多くしてやるからな!」

 馬鹿を相手している時間は無いのに、つい相手をしてしまう!!

「ひ、卑怯だぞ!」

「ズルいぞ、大人のくせに!!」

 うるさい大人を馬鹿にするとこうなるのだ。よく覚えておけ!


「お、キアじゃん、今晩あたり俺とどう?それか俺と結婚するか?」

 いつもの常連の酔っ払いが絡んでくる。

「しねえよ!帰って寝てまた店に来い!」

 この常連の酔っ払いは雑に扱われる事が快感らしいから放っておく。



 それに、もう結婚とか考えたくないし。




 嫌な思い出が蘇ってくる。


 今でこそ平民のキアと名乗っているが、私にはもう名乗る事が許されない本当の名前がある。


 キシリアナ=ローゼリア、私が()()()()()()の名前だ。


 かつて私はアメリア王国の名門ローゼリア侯爵家に生まれ、将来を約束された人生を送るはずだった。

 その生まれの良さからアメリア王家の王太子グラン様の妃候補として選ばれて、語学に座学、マナーにダンス、地獄のような王妃レースを死に物狂いで駆け抜けてきた。

 そして12歳で掴んだ勝者の座。私の努力を知っている家族や家庭教師の先生は本当に喜んでくれた、そして勝ち取った私自身も誇らしかった。


 あの女が現れるまでは・・・


 フランシソア=ミゼット

 どこか貴族の隠し子だかなんだか知らないが、顔も良くて性格も良くて頭も良い、人懐っこくて誰からも愛される天使のような悪魔だ。


 15歳になり私は王侯貴族の教育機関、王立貴族学院に入学する。


 順風満帆だった私の人生はそこから一気に転落していった。


 自信を持って完璧に学んだ勉学を駆使し、学院の成績の頂点に立つはずが、なぜか学年一位はフランシソア=ミゼット。

 全然勉強している素振りもないのに何であんなに頭が良いのか理解が出来なかった。


 侯爵令嬢として社交界を渡り歩いた人望が私にはあるはず・・・でもみんなフランシソア=ミゼットに夢中。

 その輪の中に何でグラン殿下もいる?私の幼馴染の男の子デルタ公爵令息も、ベルトン伯爵令息もみんな私が見えてないのか?いつの間にか周りに沢山いた取り巻きも次第に姿が見えなくなっていった。


「さすがシナリオの強制力、マジでそのまんまだ」

 ある日、貴族令息と遊び回る日頃の素行の悪さを注意するため呼び出した時、フランシソア=ミゼットが笑いながら理解不能な一言を呟いた。

「頑張って悪役令嬢さん」

 そのコソッと呟くように馬鹿にした言動に怒りの感情が抑えられなかった。


 気がつけば嫌がらせをし、周囲が虐めと呼ぶ行為をしていた。周りからの窘めや、悪評を伝え聞いても止められなかった。

 いつの間にか身に覚えのない悪事まで私がやった事になっていた。だけどその時はフランシソア=ミゼットが苦しめばそれで良いと思った。


「どれだけ努力して私が今の地位にいるのか!」

「皆からの期待に応えるためにどれだけ自分を殺したか!」

「死に物狂いの努力を、全て否定された者の気持ちがお前に分かるのか!」


 この時は怒りで我を失っていたというのか、自分が何をやっているのか分からなくなっていた。


 ・・・そしてついにその時がやって来た。



次話も明日の同じ時間に投稿します。

良かったら読んでみて下さい。

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