全ての向こう
孤独な老人が、アパートのドアを開ける。こんな老人は珍しくないさ。彼はそう独り言を言った。
彼の若いころには、愛した妻は若かった。豊かな胸。亜麻色の長髪。目の輝き。つんと高い鼻。しっとりした唇。それらは彼にとって天からの贈り物だった。
年を経たある日、彼女は何度も繰り返した入院生活の末に、あっという間に息を引き取った。まだ若いままの肌、気にしていた抜け毛と気に入った鬘。炊事で荒れていた肌はきれいになって。目の輝きを永遠に閉じ込めた瞼。そして、何よりも一人の小さな娘を残したまま。
さらに年を置かず、娘はその父親に、今どこにいるの、愛している、と言いながら息を引き取った。恋を知らず、親の苦労も知らず、それでも親を思い、親の前で泣かず、逝く最後の時にのみ涙を流した娘。彼に愛の記憶を残して。心に優しさの傷を残して。
こんな恋をしたいというやつがいたら、やめておけと言おう。こんな思いを経験したいというなら、力づくで止めてやる。残ったものは寂しく、いずれ消えてしまうもの。この心と記憶さえも消えてしまうのだから。
孤独になったのは、いつのころからだろうか。もう、あんな思いをしたくないから孤独のままなんだ。でも、人を愛し続けたい。だから、外では小さな子、若い人たちをそっと物陰から見守る。それが、この老人にとって、ほんの少しの満足と愛だから。