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さすらいの掃除屋さん  作者: RPG
第二章 『灰雲機国・黒の国』
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黒の国 その3 「空を求める王女」

 さて、唐突ですがここで少し黒の国について掘り下げてみましょうか。


 機械化の進んだこの国では、人手、もとい機械は十分に足りているのが現状です。人の手が届かないところは機械に、というスタイルが確立していますので、人の手を介する職業というのは廃れて来ていました。まま機械化が進んでいけば、いつか機械に国を支配されてしまうのではないでしょうか? しそうなってしまったら恐ろしいですね。


 そんな話はさておき、場面は変わり王城のある一室の中。機械化が進むことに対する危機感を、常々王女様は抱いておりました。


 二年ほど前に即位したばかりにも関わらず、大多数の国民からの支持を受けている彼女は、やはり良い主君なのでしょう。先王の見立ては間違っていなかったようですね。


 この国はどうすれば今後更に発展できるのか、また国の存続において、どのような在り方でいるべきなのか。 国の長である彼女には、気の休まる日など一日とてないのです。


 古く昔から存在するこの王城において、王族は機械を城内へ入れることに激しい抵抗を示していました。伝統と歴史のある城内を機械などで埋め尽くしてしまえば、かつて国の礎を築いてきた祖先への無礼になると考えたからです。


 先代の王も、機械に侵食されていくこの国を嘆いていました。確かに機械や技術は便利ですが、それが未来永劫続くかと言えば、決してその限りではありません。石油、石炭はもちろんのこと、魔鉱とて無限に採掘できるわけではないのです。このままいけば、いつか必ず絶大なしっぺ返しを食らってしまうのは、目に見えることでした。


 更に機械、技術と、その他の全てを切り捨てて機械へと力を注いだ結果、この国からはいつしか青空が消えました。雨が降ろうと風が吹こうと、それこそ仮に天変地異が起ころうと、国を覆う分厚い灰色の雲が消えることはありません。天を見上げれば、見える景色は灰色ばかり。


 幼少の頃、今は亡き母親からいつも空のようにきれいな髪だと言われ、王女様は頭を撫でられていました。それは遥か遠い昔のことですが、彼女は今もその言葉を、鮮明に覚えています。


 だからこそ、彼女は思っていました。いつの日か、青い空を見てみたい、と――。


 しかし、それは叶わぬ望みだろうということはわかり切っていることでした。この国で生まれ、この国で死ぬ。これが、国の長たる王女様の運命なのですから。


 ――そして今日もまた、彼女は王室で一人、執務に励んでおりました。


 さてさて今度は掃除屋さんのお話です。彼はこの国に来てから、一切掃除屋さんとして働けておりません。別に働くために旅をしているというわけではないのですが、何一つ功績を残すことなく国を出てしまうなど掃除屋の名折れ。そんなことになってしまえば、表立って掃除屋を名乗ることはできないのです。……多分。


 というわけで、掃除屋さんはさとりさんから情報を得て、なんとか働き口を得ようとさとり邸を後にしました。目的地の決まった彼は、元気いっぱいといった様子で、また街を練り歩いているようです。


 ***


「それなら、王城にでも行って来たら?」


 そんな言葉を貰った後、掃除屋さんはさとり邸を出て王城へと向かうこととなりました。


 屋敷を出る際にさとりさんから一筆貰い(身分証明書のようなもの)、掃除屋さんは意気揚々と街を歩いています。技術が進んでいるとはいえ、この国も他と同様にまだ王政の国。万が一の起こりうる機械には任せられないような仕事も、王城にはきっとあることでしょう。


 そんなことを考えながら、地図を頼りに掃除屋さんは街の中を観光がてら進んでいました。もう日が暮れそうなので、早くお城につきたいところです。未だ空は、分厚い灰色の雲に覆われていました。


 そんな掃除屋さんの横を、車(さとりさんに教えてもらった)が通り過ぎていきます。鉄の外殻に身を守られているとはいえ操縦は人間、あんな速度で街を走って大丈夫なのかと、彼は少し心配しているようでした。


(でも、あんなスピードで走ったら気持ちいいんだろうなー)


 と、のんきなことを考えながら、整備された道をてくてくと歩いています。道中にある信号に気をつけながら、人の流れに沿っていました。この国の決まりは、既にさとりさんから教えてもらっているのでばっちりです。ルールに反するような真似はいたしませんとも。


 街ということで、人気もかなり多いこの道は、様々な人が歩いています。子供から大人、男性や女性、時折性別不明。


  ……え? なに今の? ……どちらかと言えば女性っぽいようなそうでもないような……。


 まあそんな、ありとあらゆる人たちに人生があるのです。彼女(?)にも、今に至るまでには少なからず苦悩があったことでしょう。


 どんな場所でも、意見の違う人がいれば戦争は起こります。きっかけは些細な事かもしれませんし、大きな確執によって起こるのかもしれません。この大陸もまた、それらが積み重なり、戦乱へと発展していったのでしょう。


 そんなピリピリと張り詰めた空気の中を、掃除屋さんはいつものんきな面――失礼、のんきな雰囲気で渡り歩いています。微塵の悪意も感じさせないその姿には、不思議と人を落ち着かせる何かがありました。


 それが彼の掃除屋としての信念による賜物なのか、それとも天性の才能なのか、それは誰にもわかりませんし、彼自身にもきっとわからないでしょう。ただ彼は、少しでも多くの人を笑顔にしたいなーという、純度100%の真心で掃除をしていることだけは、揺らぐことのない確かなものです。


 ……とかなんとか掃除屋さんついて語っているうちに、いつの間にやら王城へと辿り着いていたようです。遥か昔から存在しているお城には、歴史の重みを感じさせるような、荘厳な雰囲気が漂っていました。


 そして、とりあえず中に入ろうと掃除屋さんは城門へと向かいました。城門は閉ざされていましたが、彼はその横に小さな建物があることに気が付いたようです。


 そこは城門を開閉するための管制所ようで、お城の兵士が住み込みで管理しているようです。その管制所の窓から顔を出す兵士は、ものすごい形相で掃除屋さんを見ていました。


 その兵士の存在に掃除屋さんも気が付いたようで、てこてことそこに向かって歩いていきました。普通、あんな鬼のような形相を浮かべている兵士に近づきたいと思う人は少ないでしょうが、彼にはそんなことはお構いなしのようです。凄い胆力ですね。


 窓には通声穴があり、アクリル板を通して兵士と話ができる仕組みになっているようでした。 窓越しに対面するような形ですね。


「ごめんくださいな」


 そんな、友達に話しかけるような気軽さで、掃除屋さんは兵士に挨拶をしました。お気楽とも言えますね。そんなわけもわからない存在に対し、兵士はその形相を崩すことなく答えました。


「ようこそ黒の王城へ! ご用は何でしょう?」


 めっちゃフレンドリー。


 *


 掃除屋さんが仕事を探して王城にやってきたことを兵士に伝えると、兵士はとびきりの笑顔(鬼の形相、もとい般若のそれ)で入城手続きをしてくれました。


 兵士は羊皮紙に羽ペンで入城許可書をしたため、掃除屋さんに許可書と羽ペンを渡してきました。どうやら来城の目的を空欄部分に書けということらしいです。


「すみませんね、こういうしきたりなので。雑でいいのでちゃちゃっと書いちゃってください」


 見た目とは裏腹に親しみやすい方のようで、掃除屋さんに対しても好意的なようです。まあ自分の顔を見た9割の人が泣いて逃げ出すのですから、気軽に挨拶をしてくれた彼の存在は彼女にとって特に嬉しいものだったのでしょう。


 ……はい、そうです。 女の方です。……このことについて言及するのはよしましょうよ、ね?


 ちなみに残りの1割は気絶してしまうとのこと。悲しいですね。


 掃除屋さんは言われた通りちゃちゃっと入城理由を書き、管制所の兵士に渡しました。それを見た兵士はかなり驚いた様子で、彼を振り返っています。どうしたのでしょう?


「あなた……字がとてもお上手なんですね、びっくりしちゃいました」


 掃除屋さんの書いた字はとても整っていて、とても読みやすいものだったのです。もし彼女が同じくらいの文字を書こうとしても、到底及びつかない程なんだとか。


「あはは、お師匠にしこたま叩き込まれましたからね」


 と、掃除屋さんは特に気にすることなく答えました。ほほう、天下の掃除屋さんにもお師匠様がいたのですね、一体どんな御方なのでしょう。


「へえー、いいですね! こんなに綺麗な字を書けるようになるんですから、とても腕の良いお師匠さんなんですね!」

「……ええ、とっても」


 そう答えた掃除屋さんは、どこか遠い目をしていました。


 *


「さて、これで入城手続きは完了です。 王城、ごゆっくり堪能してくださいね」

「ええ、ごゆっくり堪能しますよ」

 働きにきたんじゃありませんでしたっけ?

「ところで無神経なようで気が引けるんですけど……、雰囲気、ちょっと怖いですね」


 おおっと、タブーに触れてしまいましたね。しかし、兵士は特に気にした様子もなく、むしろ遂に言われたかーみたいな感じで、そのことはとっくの昔に受け入れているようです。人は見た目じゃないのですよ。


「いやあお恥ずかしい限りで……。私も常に笑顔を意識しているのですが、いつも皆には怖いと専らの評判なんですよね」

「大変ですねえ」

「でも、これでも王女様との特訓で大分ましにはなってきたんですよ? 王女様も、『見ようと思えば頑張って見られなくもないくらいにはなってほしかった』と言ってくれていますし!」


 改善とは。


「あー、確かにそんな感じですね」


 そんな感じなの!?


「では今から門を開けますので、この入城許可書を持って城の中へどうぞ。そこで城の中にいる執事さんに渡していただければ大丈夫です」

「わかりました」


 彼女が門の開閉レバーを引くと、荘厳な音を立てて門が開いていきました。掃除屋さんが城内へ入っていくのを見届けてから、彼女は再び門を閉め、また業務へと戻りました。


 自分が勤め始めてから初の入城者ということで、彼女は喜びに満ちていました。執事よりこの城門の管理を言い渡されてからずっと、彼女は勤勉に働いてきたのです。


 雨の日も風の日も、休日を除けばずっと管制所での生活ですから、彼女はお城の中についてをあまり知りません。王女様が普段何をしているのかも、実をいうとあまり知らないのです。


 そして彼女が一番疑問に思っていることが、給与が他の兵士と比べても倍近く違うということです。孤独を強いられるという、精神的な部分を慮っての配慮だと勝手に考え勝手に感銘を受けていましたが、その理由はもっと他の所にありました。


 国中の誰も彼もが、王に付き従っているというわけではありません。中でも顕著なものに、国を悩ませていた一つの巨大な盗賊団がありました。


 その盗賊団はいつも先王を邪魔に思っていましたが、王が病に倒れたと知って、これ幸いと城に攻め入る準備を始めました。国の長が交代したばかりの王城はまだ体制が整いきっていません。だからこそ、そこをついて王城を奪ってしまおうというのが、盗賊団の算段だったのです。


 古臭い考えに囚われている王城内には、機械の類は存在しません。故に、王城に忍び込むなど盗賊達にとっては朝飯前でした。どうあがいても人の目だけでは警備は万全と言えず、穴はいくらでもあったのです。


 国を盗り、王女様を人質としてしまえば国民達も迂闊には手を出すことが出来ません。後は技術者達を馬車馬のごとく働かせて、機械の軍勢で他の国を滅ぼせば、自分達の天下を築くことが出来る……。短絡的な発想ですが、それを荒唐無稽なことだと切り捨てるには、この国の技術はあまりにも進んでいました。


 盗賊団が入念な策を練り、遂にその計画を実行に移そうとした日の夜のことです。いざ城内に忍びこむぞというところで、偶然(運命かもしれない)にも盗賊団の頭領が彼女を目撃してしまいました。


 するとどうでしょう、見る見るうちに頭領の顔が青ざめていき、遂には泡を吹いて倒れてしまったではありませんか。


「と、頭領!? どうしたんですか!? 頭領! とうりょーーーう!!!」


 一瞬にして頭を失ってしまった盗賊団は、何が起こったのかがわからずに慌てふためきました。そしてその場所に巡回の兵士が通りかかり、盗賊団はあえなく御用となったそうな。


 そんな出来事が度々起こっていたこともあり、いつしか彼女は裏で”黒の国の最終兵器”と呼ばれているとのこと。だからこそ、給料もやはり他の兵士よりも多くなっているのです。何事も、知らぬが仏ですね。


 何も知らない彼女は、今日も眠りにつきました。明日もまた、良き日になることを願って。


 *


「ひっひっひ、お頭。 奴らもう寝静まっていやすぜ」

「ふっ、なんとも危機感のない奴らだな。なぜ他の盗賊団があんな奴らに囚われてしまったのかが理解出来んわ」

「たまたまどじっただけじゃないっすかね。ま、早いとこ王女様をかっさらっちまいましょうよ!」

「そうだな。クックック、ようやくこの俺の天下となる時代が来たのか」

「よっ、天下のお頭!」


 ぎゃっはっはと、周りの盗賊達が笑い声を上げました。そして、そのお頭が城門を難なく突破しようとしたところで……。


「はっ、あんなところで呑気に眠っている馬鹿がおるわ。せいぜい眠りこくって、朝になって馬鹿面を……」


 歴史とは繰り返すものです。


「――ギャァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

「お頭!? どうしたんですか!? お頭! おかしらーーーー!!!」


 その日、また一つの盗賊団が潰えましたとさ。


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