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さすらいの掃除屋さん  作者: RPG
第二章 『灰雲機国・黒の国』
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黒の国 その1 「灰雲の下の国」

 時は戦乱の世。大陸統一を目指し、日々火花を散らす四つの国がありました。


 赤の国に次ぎ、今度の国は黒の国です。


 黒、と言いますと、どこかホラーめいた雰囲気を感じますね。さて、実際にはどうなのでしょうか。


 黒々とした街並みが並び、なにやら怪しげな魔術なんかを唱えている……なんてことはありませんのでご安心を。


 黒の国は、他の国と比べても遥かに技術が発達しており、石油や石炭、そしてこの国のみ存在する唯一の鉱産物である、魔鉱を燃料とした機械が国のあちらこちらに存在しています。


 魔鉱、というのは一種の化石燃料のことで、遥か昔、魔法がまだお伽話ではなかった時代の副産物だと考えられており、石炭ほどの大きさながら、その鉱石の持つエネルギーは石炭など比にならないほど莫大なものでした。この鉱石のおかげで、黒の国はめざましい発展を遂げてきたのです。


 この大陸から魔法という技法が失われてよりおよそ千年の時を経て、人々は魔法に代わる新たな技術を身につけました。


 先ほども述べたように、この国はその中でも魔鉱を用いて、技術的な面においては他の国々を遥かに上回っていました。赤の国が兵士の国ならば、黒の国は技巧の国と呼べるでしょう。


 技術の発達しているこの国が大陸統一を目指しているのは、どのような思惑があるからなのでしょうか。ちょっと覗いちゃいますか。ふっふっふ、どんなお国なのか、興味が尽きませんね。


 というわけで、レッツ黒の国!


 *


 黒の国の中央に位置する時計塔広間。今この場所で、凛々しくそびえ立つ時計塔を背に一人の男が演説を行っていました。


「我々の技術力は、もはや比類なき境地に達している! いまこそ他の国々を殲滅し、無為に消費され続けている資源を我々の物とするべきだ!」


 ……おや、こんな人赤の国でも見たような。かつての大臣達と同じ匂いのするこの男は、戦争を全面的に肯定する、少し過激な思想の持ち主のようです。


 広場に集まっているのは民間人ばかりで、この男も別に兵士というわけではなく、ましてや技術者でもありません。どちらかと言えば思想家ですかね。


 数百人もの人々を前に、男は話を続けています。


「無駄なことを日夜続けている間抜けな国など一掃し、我々が天下を取ること! それが神の思し召しであり、さとり様へ報いる唯一の道なのだ!」


 完全なまでの自己陶酔ですね。この場合は自国陶酔とでも言うべきでしょうか。どこの国にも似たような人はいるもので、この政治家の男もその例に漏れず、どうにも過激的です。皆さん、もうちょっと落ち着きがあってもいいんじゃないでしょうか。


 その演説を聞いていた人々も、賛同半分、否定半分といった様子でまとまりがなく、どうするべきなのかを決めあぐねているようでした。国の動向、そして民の意志。この国が選択するのは、果たしてどんな結末なのでしょう。


 ……さてここで、ちょっと気になる単語が出てきましたよね? そう、”さとり様”。


 さとり様、民間人の間ではさとりさんとも呼ばれ親しまれている、この国にのみ存在する一種の神職のことです。その名の通り、さとりさんとは心を読むことが出来る人のことで、数十年に一人しか現れないという稀有な存在でした。


 相手の考えを瞬時に悟り、解決へと導く。このことが由来し、この国でさとりさんという神職が確立したのです。


 さとりさんは、人々の間で広く親しまれている存在で、この国の住人であれば、誰もが一度はさとりさんに相談をしたものです。そして、その名は他国にも知られており、この大陸においてもかなりの知名度を誇っていました。


 さとりさんの元に来る相談は、人間関係であったり、金銭関係であったり、醜い争いであったり……。この神職の役割は、人々の悩みを聞き届け、それを神へと伝える橋渡しをするというものなのだそうです。


 しかし、自分の思考が否応なしに読まれてしまうというのは、少し不気味ですよね。人間何かしら秘密は抱えているもの、誰にも知られたくないことだって沢山あるでしょう。


 果たして、当代のさとりさんとはどんな御方なのでしょうか。


 ……まあ、それについてはこの辺にしておきましょうか。掃除屋さんが黒の国にもうすぐ到着しますからね。


 さて、念願のご到着です。 ……おや、彼の体がちょっと小刻みに震えているのはなぜでしょうか?


 ***


 旅の途中で出会った旅団と共に、掃除屋さんは黒の国へと足を踏み入れました。この戦乱の中でホイホイと得体の知れぬ少年が国の中へ入ってもよいのかという疑問もありますが、そこは旅団の団長さんが口利きしてくれたようです。彼の日ごろの行いが良いからでしょう。


 ……赤の国の時には、特に何事もなく入国できたようでしたが。


 さて、いつもはのんびり気ままといった佇まいの掃除屋さんですが、今日ばかりは違いました。顔は青ざめ、冷や汗が噴出し、体も小刻みに震えています。いったいどうしたのでしょうか?


「あのおばあちゃん……、幽霊だったのか……」


 そうです、彼は幽霊とかお化けが大の苦手だったのです。先のおばあちゃんが幽霊だったと知るや否や、全身に悪寒が走っていました。 理屈だとかそういうのは抜きに、やっぱり怖いものは怖いのです、掃除屋さんだって人間ですからね。(とはいえ、彼は歩く除霊装置のようなものであり、悪霊なんかの類は彼の傍にいるだけで否応なしに成仏してしまいます。改めて面白い体質ですね。ちなみに良き幽霊はその限りではないので、あのおばあちゃんは良い幽霊だったのでしょう)


「いつまでも気にすんなよ坊主。俺だって夜な夜な、今までの旅路で散った団員のたまし」

「うそ!?」

「冗談だって。俺が団員を死なすかよ」


 そう言って、豪快な笑いと共に団長とその旅団は去っていきました。ポツンと広場に残された掃除屋さんは、ひとまず気持ちを落ち着けようと深呼吸をしました。ここまで気が動転している掃除屋さんというのも、なかなか珍しいですね。


「すぃぃぃぃ、ふぅぅぅぅ」


 何度か深呼吸をしたことで、掃除屋さんは少し平静を取り戻したようです。そしておばあちゃんに託されたペンダントを握りしめ、行動を開始しました。


 そうです、彼の為すべきこと、それは……。


「宿探しだ!」


 そっちかい。


 *


 宿探しを始めてから小一時間ほど経った後、掃除屋さんは黒の国の中央街を歩いていました。赤の国ではほとんどを城内で過ごしていたので、人々の賑わいは彼にとっては久しぶり。心なしか、少し心躍っているようでした。


 中でも掃除屋さんの目を引いたのは、見たこともない鉄の塊のような乗り物でした。複数の人を乗せて物凄い速さで走る謎の乗り物に、彼もびっくり仰天です。


 というわけで、掃除屋さんは通行人にあれは何かと尋ねてみました。見たこともないその乗り物について、興味津々といった様子の彼に、通行人は自慢げに語りました。


「おや、君は他国の人間かな? ああいや、旅人か。まあどっちでもいいや。あれは、僕達の国の技術の結晶さ。見たまえよこの圧倒的な速度、馬車なんかとは比べ物にならないだろう? 他の国じゃ、未だに馬に頼っていてみじめだよな。僕達は既に画期的な移動手段を有しているんだ。あんな不細工で不格好な乗り物、この国じゃ笑いものだよ。どうだい見てくれよこの美麗なフォルムを、ただ速いだけなんかじゃないんだぜ。機能性、操作性、可能性、どれをとっても素晴らしい、この国だけのものさ! そしてなんといってもこの……」


 掃除屋さんは逃げだしました、それこそ脱兎のごとく。具体的にはその通行人の話が2行目くらいに差し掛かった時点ですでに逃走を始めておりました。あれはダメですね、話をしているようで、ただのお国自慢です。いくら彼が人当たりが良いと言っても、会話が成立しないのではお手上げでした。


 この国の人々はどうも自国愛が強い方ばかりのようであり、その後二、三人ほどにも話を伺ってみたようでしたが、どの方も似たような反応ばかり。技術者の国じゃなくてナルシズムの国なのでしょうか。


 しかし、掃除屋さんにはある一つの点が気がかりでした。その謎の乗物から排出される黒い空気は、人や環境にわずかながら害を及ぼしているように見えたのです。空気もどこか淀み、頭上を見上げれば、分厚い灰色の雲が国全体を覆っていました。技術の代償なのか、この国は環境汚染が深刻なようです。


 きれい、清潔、心地よいの三原則を掲げている掃除屋さんにとって、この環境はとても看過できないものでした。とはいえ、国の事情を知らないままに問答無用に掃除をしていくわけにもいかないので、ひとまずこの問題は後にし、宿を探すことに彼は専念したようです。


 この国にはどこを見ても機械ばかり。中には人を模したものまであり、これぞまさに黒の国の技術の結晶なのでしょう。赤の国とは、文明としてのレベルがあまりにも違い過ぎています。


 街の中を歩いていると、巨大な建物が、蒸気と共にとんでもないスピードで走っているのが見えました。先ほどの乗物よりも巨大で、見るだけで圧倒されてしまうかのようです。


 よく見るとそれは一定の線の上を走っているようで、人々の移動手段として用いられているようでした。今まで徒歩や馬車などでしか移動のしたことがなかった彼にとって、この国はまさに驚きの連続です。


 そのままてくてくと道を歩いていき、地図を頼りに宿を探しました。この地図は街の中央掲示板の傍に置いてあったもので、誰でも自由に利用出来るようです。彼はその地図を貰った後、ついでにその近辺をちょこっと掃除し、掲示板を後にしました。


 さて、地図の通りに宿を探していたわけですが、なんとも間の悪いことにどこも一杯のようです。赤の国の時のように、住み込みで働けるところも探しましたが、やはりここは機械の国。人の手よりも機械の方を信用しているこの国では、彼に働き口はありませんでした。


 こりゃまずいと掃除屋さんは少し焦りました。人ありきの掃除屋ですから、このままだとただの旅人となってしまいます。どれだけの腕を有していても、発揮できる場所がなければ無用の長物。これからどうしようかと、彼は考え込みました。


 耳目を集めるために、いっそのこと路上パフォーマンスでもしてやろうかと思い至った掃除屋さんでしたが、それを実行に移す直前に、ふと目に一つの看板が目に映りました。


 ――その看板には、こう書かれています。


『お悩み事なら、さとりさんにお任せを』

(……さとりさん? )


 聞き馴染みのない単語に、掃除屋さんの頭には疑問符が浮かびました。


 しかし他に当てもありません。通行人達は隙あらば自国語りをしてくるので、まともに話をしてくれる人に会いたいと思っていたところです。さとりさん、というのがどんなものなのかは知りませんが、あの通行人達よりかはましだろうと思い、彼はさとりさんのいる屋敷へ向かうことにしました。


 目的地が決まり、掃除屋さんはいつもの調子で鼻歌交じりに道を歩いていきます。


 ……さて、彼がいつもの調子に戻ったということは……。


 *


 中央街のとある一角。あるパン屋の主人が、今日もまた営業を始めようと外に出たとき、異様な光景を目撃しました。


 なんと、店の前の道が見違えたかのようにきれいになっていたのです。車やバイクによって弾かれてきた小石、誰かの吐き捨てた痰、土などで汚れに汚れていた石造りの道が、まるで敷かれたてのようになっていました。


 これにはパン屋の主人も驚きです。いったい誰がこんなことを……。そう思いつつも、まあそんなこともあるだろうと店の看板をOPENに切り替えた、その時でした。


 その看板はドアの上にかけられており、いつも見上げるようにして切り替えているのです。彼はそこで、おかしなものを見ました。


 なんと灰色の雲の間に、一本の青い線が引かれていたのです。いや、それは青い線ではなく……。


「……空?」


 もはや見ることもなくなってしまった、青空でした。その線の合間を縫うようにして、暖かな日がパン屋に差し込んでいます。


 その神々しさすら感じる光景に、パン屋の主人はしばらくの間呆然と立ち尽くしていました。そして、しばらくして我に返り店の用意を始めたところ、その日は今までで一番の業績となったそうな。


「オート・クリーナー」

 習熟難易度:★★★★☆

 *掃除屋さんのその白き清廉な精神が具現化したもの。意識のうちに発動し、空間の汚れや淀みを浄化していく神秘の技。歩く洗浄装置ともいう。


 しばらくぶりの説明ですね。正直なにがなんだかさっぱりな技ですが、まあそこは天下の掃除屋さんです。彼のこれまでの経験の産物でしょう。


 歩き続けること数十分。掃除屋さんはついに、さとりさんの住まう屋敷へとたどり着きました。


 そのまま敷地内に入ろうとしたところで、ふと門になにかボタンのようなものがついていることに気が付いたようです。彼は、そのボタンをまじまじと見つめていました。


「……」


 そして、掃除屋さんはその溢れる好奇心を抑えることが出来ず、ついついボタンを押してしまいました。ボタンを押した直後、どこからか電子音が鳴り響きます。


 何が起こったのか分からずに彼がオロオロとしていると、そのボタンから誰かの声が聞こえてきました。


『さとり様へ謁見の希望ですね。しばらくお待ちください』


 抑揚のない女性のような声がボタンから響いたことに、わけも分からず掃除屋さんが戸惑っていると、唐突に屋敷の門が開きました。入れ、ということでしょうか。


 まるで地雷原の中を進むかのような慎重さで掃除屋さんが門を潜り抜けると、そこには一人の女性が立っていました。……いえ、それはよく見るとメイド型の機械人形のようであり、そのメイド人形に案内されるようにして、彼は屋敷の中へと入りました。


 掃除屋さんが屋敷の中へ入ると、誰が触れるでもなく、乾いた音を立てて扉が閉まりました。本当に同じ大陸内にあるのかと疑ってしまうほど、この国の文明は進んでいるようです。


 メイド人形の後に続く形で、掃除屋さんは屋敷の中を歩きます。途中で何人かの使用人とすれ違いましたが、どれもがみな機械のようで、少し不気味に感じられました。


 どこを見ても機械ばかりで、人の気配の全くない屋敷。機械のみで構成されているその空間は、彼にとって異様な光景に映ったようです。もしやさとりさんとは機械なのでは……? という疑問を持ちつつも、彼はそのままメイド人形についていきました。


 そして一つの扉の前まで案内されると、その扉の横につくような形でメイド人形は静止しました。そして片手で扉を示し、恭しくお辞儀をした後、所定の位置へと戻っていきました。 どうやらここがそのさとりさんのいる部屋のようであり、掃除屋さんは意を決し、その扉に手をかけました。


 機械の国の神職とは、果たしてどのような人物なのでしょう。

 


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