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さすらいの掃除屋さん  作者: RPG
第一章 『血気兵国・赤の国』
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赤の国 その終 「赤き至宝の輝き」

 掃除屋さんが庭の整理を終えた日の夜、彼は玉座の間へと招かれていました。王直々の謁見の許可とのことで、城内は慌ただしい雰囲気に包まれています。


 彼は玉座の間へと通され、そこで初めて王様と対面することが出来ました。王様は玉座へと深く腰を下ろし、一国の主たる厳格な風格を漂わせています。掃除屋さんは王の前へと跪き、続く言葉を待っていました。


「面を上げい」


 その王様の言葉に、彼は初めて頭をあげました。旅人と王との謁見を、周囲の兵士達も固唾を呑んで見守っています。


「其方の活躍は、儂も聞き及んでいる。その成果、儂自らが讃えようぞ」

「ありがたきお言葉です」


 流石に王様の面前ということもあって、掃除屋さんの言葉遣いも自然と固くなっております。一国の主なのですから、無礼を働くような真似は決してできません。普段のんきに構えてはいても、掃除屋さんはちゃんとする時はちゃんとする方なのです。……顔つきは別として。


 もっとも、言葉遣いを固くしているのはなにも掃除屋さんだけではありません。それは王様としても同じことで、大臣達や側近の兵士達もいる手前、王としての威厳を失うような振る舞いは出来ませんでした。


 ホントは堅苦しいことは抜きにして礼を言いたいところでしたが、なかなかそうもいきません。国一番の権力者なのに自由に振舞えないだなんて、皮肉な話ですね。


 さて、先ほどから掃除屋さんの体がプルプルと小刻みに震えています。どんな時だってマイペースである彼の身に、いったい何があったのでしょうか。まさか、王の威厳に威圧され、萎縮してしまったのか!?


 ……いやまあそんなことはなく、それは掃除屋さんの内側からによる震えでした。王たる象徴である王冠、その上の宝玉を見てからというもの、彼の心に並々ならぬ感情が燃え上がっています。


 その宝玉は赤の至宝と呼ばれ、代々国王が大事に保管している大変高価な代物です。当然、その宝玉には莫大な価値が付いており、それを一度手に入れてしまえば、億万長者など一瞬でなれてしまうことでしょう。


 彼はもしや、その宝玉の持つ金銭的な魅力に、すっかり心を奪われてしまったのでは……?


 しかし、王の威厳の象徴でもある宝玉をもぎ取るなど極刑も極刑、もれなく自分の首がもぎ取れてしまいます。


 王様のありがたい話は未だ続いていますが、一切掃除屋さんの耳には入ってはいない様子。彼は今、自分を律することだけに専念していました。しかし、一生に一度あるかないかのこのチャンス。これを逃してしまえば、一生を後悔とともに過ごしてしまうかもしれない。そんな葛藤が、彼の心の中に芽生えていました。


 本当に、命を天秤にかけてまでそれをすることに、果たして意味はあるのでしょうか。……いえ、きっとないのでしょう。それでも彼は今、行動を起こさずにはいられなかったのです。


 ――そう、刹那の間に、彼は赤の至宝をもぎ取ってしまったのです。跪いた姿勢のままからジャンプをし、王冠から至宝を取り外し、音もなく着地をしました。


 それはあまりに一瞬のことだったので、その場に居合わせた全員が呆然と立ち尽くしたまま、一切身動きが取れませんでした。至宝の保有者でもある王様自身も、何が起こったのかすら理解が出来ていないご様子。


 さて、そんな大事件をさらっと起こした掃除屋さんは、そのまま至宝を持ってとんずらする……ことはなく、なんとその場で磨き始めてしまいした。例えどのような怪盗でも、盗み取った美術品をその場で磨きだすなど到底しないことでしょう。そんなことをするのは、稀代のバカくらいのものです。


 ……その稀代のバカというのが、掃除屋さんなのですが。


 ますます玉座の間には疑問符が浮かぶばかりで、皆掃除屋さんの行動を何一つ理解することが出来ず、その場には静寂のみがあるばかり。しかし、大臣達が一足先に我に返ったようで、これでもかと声を張り上げて命令を出しました。


「ふ、不届き者め! 国王様の話を無視した挙句、国一番の至宝を盗む狼藉など万死に値する!おい兵士共! さっさとその無礼者を捕らえんか!」

「は、はっ!」


 しかし、そうは言っても今至宝を持っているのは掃除屋さんです。下手に乱暴なことをすれば、至宝が破損してしまうかもしれない。緊張で汗を滲ませながら、側近たちはその手に長槍を携え、じわりじわりと詰め寄りました。


 そんな周りの様子など気にも留めず、掃除屋さんはせっせと至宝を磨いておりました。額に汗を滲ませながら、丁寧に慎重に、まるで、その至宝の真価を引き出すかのように。その彼の所作にはどこか神々しさすら感じさせ、不思議な魅力に満ちていました。あれ程までに声を荒げていた大臣達もその所作に魅入ってしまったようで、辺りは徐々に静かになっていきました。


 ……そう、掃除屋さんが先ほどプルプルと震えていたのは、この至宝を何とかしたいと思っていたからなのです。自分を律することすら忘れ、至宝を磨くことに命を懸けた掃除屋さん。掃除に生きるその姿勢は、やはり彼が掃除屋さんたる所以でしょう。


 そして掃除屋さんは、磨き終えた赤の至宝を意気揚々と頭上へ掲げました。その至宝は、今まで外殻に覆われていたのかと思わせるほどに変貌を遂げており、鈍く光っていた頃とは比べ物にならないほどの輝きを放っています。


 この輝きこそ、至宝そのもの。この日遂に、その至宝は赤き輝きを取り戻し、名実ともに赤の至宝と成ったのです。 この輝きを取り戻すため、命を懸けた掃除屋さん。 彼もまた同様に、輝いた表情を浮かべていました。


 しばらく赤の至宝を掲げた後、彼はさも当然という風に王様へと宝玉を手渡しました。王様は呆気に取られつつもその至宝を受け取り、その輝きをまじまじと見つめています。


 これにてハッピー大団円! ……と言いたいところですが、そうもいかないのがこの世の辛いところです。掃除屋さんが起こしたのは紛れもなく大事件であり、もはや超大事件。至宝を手放したことで躊躇する理由もなくなり、遂に側近達が彼を捕らえようとしました。


 ――しかし、その時。


「……止めよ!」


 凛と張った、王の声が広間に響き渡ったのです。


「し、しかし国王様……。 この者は、あろうことか国の至宝をっ!」

「この輝きを見てなおそのような言葉を吐くなど、貴様の教養も知れたものだな、左大臣よ」

「なっ!?」


 王様は掃除屋さんの元へと歩み寄り、薄く笑みを浮かべて声をかけました。その笑みは王としてではなく、一個人としての笑みのようにも感じられる、とても柔らかく、優しいもの。


「この至宝の本質。 掃除屋……だったか、お主は知っておったのか?」

「そういうわけではないのですが……。 なんとなく、その玉には変なものが付いていましたから、それを取り除いただけなのです」

「変なもの……? ふむ、なるほど。あの言い伝えにあった資格のある者とは、それが見える者ということだったのか。まあそれはさておき、お主は良い腕をしているな」

「恐れ多いです。わたくしはただ、掃除に生きているだけですよ」

「ふ、まさしく掃除屋というわけだな」


 ひとしきり掃除屋さんと話をした後、王様は至宝を天へと掲げ、至宝にまつわる言い伝えを語り始めました。


「この宝玉にはな、とある言い伝えがあったのだ。 ”資格ある者、宝玉に再び輝きを取り戻さん”……こんな言い伝えだ。 いつからあるのか分からぬこの宝玉だが、かつては眩いばかりの光を放っていたとの古記事があってな。儂はどうしても、その輝きを見てみたかったのだ」


 赤の至宝の輝き、それは見るものすべてを魅了してしまう、美しき赤の光でした。赤の国、というのは、この至宝にまつわる国だからなのかもしれませんね。 ……しかし、この至宝はなぜ、これほどの輝きを失ってしまったのでしょうか?


「この至宝については他にも確か言い伝えがあるようだが……、それについては資料がもうなく、確かめようもない。……が、まあそれは今は置いておいてだ。ひとまず、儂の念願が遂に叶ったのだ。掃除屋よ、どのような褒美でも取らせようぞ」

「こ、国王様! この者は……」

「くどいぞ大臣共よ。 お前たちが我が身可愛さに動いていたこと、儂が知らぬとでも思っておったのか?」

「「なっ!?」」


 大臣達は驚きを隠せませんでした。正直言って無能だと思っていた王様に、なんと今までの行動が全て筒抜けだったのです。 流石王様、どんなことでも抜かりはありませんね。


 ……とかなんとか格好の良いことを仰ってはいますが、彼がちょっと前まで国の存亡を諦めていたことを忘れてはいけません。


 改めて王は掃除屋さんへと向き直り、彼に要求するものを促しました。 旅する掃除屋さんの要求とは、果たしてどのようなものなのでしょう。


「じゃあ、ちょっとだけ備蓄を頂いてもよろしでしょうか」

「……む?」


 *


 赤の国の城門、そこには溢れんばかりの人々が集まっておりました。国の兵士や給仕係達、そして一般の人々に交じり、なんと国王までもがいるという光景は、極めて異質なものでした。


 さて、なぜこんなに城門に人が集まっているかということですが、なんと遂に掃除屋さんが旅立ってしまうのというのです。十日に満たないほどの短い時間でしたが、彼がこの国へともたらした影響は計り知れません。見送りにそれこそ王自らが出向いているというのですから、彼の人徳がどれほどのものなのかを物語っていますね。


 掃除屋さんの旅立ちを惜しみ、引き留めようとした人はごまんといました。しかし、もともと旅人である掃除屋さんにとって、一つの国に留まるということを良しとはできません。一期一会のこの旅路、彼はきっと、赤の国で出会った人々のことを、忘れることはないでしょう。


「掃除屋よ……。 本当にその程度でよいのか?」

「ええ、十分すぎるほどに皆さんには良くしていただきましたから」


 それはこっちのセリフだ、と、その場にいた人々は思いました。 誰もが、一度は掃除屋さんに世話になった人達ばかりです。そんな人々に別れを告げて、遂に彼は足を踏み出しました。その明るさと朗らかさで、また新たな掃除場所へと赴くのでしょう。


 掃除屋さんの次の行き先は、いったいどんな国なのでしょう。


 ***


 ……余談ですが、掃除屋さんがいなくなった赤の国が元に戻ってしまうかと言えば、そんなことはありません。


 そもそも大臣達が暴走をしなければ、そこまでの軍事国家にもならなかったのです。王様がしっかりと国を統治していき、今まで軍事に割いていた費用を国の各方面へと分配することで、なんとか国の機能も徐々に回復してきているとのことです。


 そして大臣達……いえ、元大臣達は、その役職を剥奪され、今は食堂のおばちゃん達の監視のもと、皿洗いに励んでいました。


 ………励まさせられている、とも言えますが。


「ちくしょう……掃除屋め……」

「耐えろ……耐えるんだ……。いつかまた!」

「そこ、なに無駄口たたいてんだい!! ごたごたいう暇があったら皿の一つでもさっさと洗い終わりな!!」

「「すみません!」」


 その後の大臣達が、皿洗いのプロフェッショナルとなったのは、また別のお話。



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