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さすらいの掃除屋さん  作者: RPG
第一章 『血気兵国・赤の国』
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赤の国 その3 「赤く燻る火種」

 掃除屋さんがやってきてから、赤の国にはもはや何十年ぶりかもわからない、平穏な日々が訪れるようになりました。彼のほんわかした雰囲気は、見るもの全てを包み込み、そして癒してしまうかのような、そんな不思議な魅力があったのです。


 ただ、王城にいる全ての人々が掃除屋さんのことを受け入れているかと言えば、決してそうであるとは言えません。大臣達のように、彼に対してあまり快く思っていない人達は、数は多くなくとも確かに存在していました。


 その方達はどれもが好戦的な方々で、戦争を是とする国風に合っていた人ばかり。そんな彼らにとって、この変化はただただ軟弱化していっているようにしか見えなかったのです。


 さて、そんな方たちと掃除屋さんの相対、いったいどのような波乱が待ち受けているのでしょうか。


 ***


 掃除屋さんは現在、手持ち無沙汰でした。端的に言ってしまえば、城内で出来るほとんどの仕事を終わらせてしまい、することもなくて暇だったのです。今は昼過ぎであり、食堂も先ほどピークを過ぎてしまったところで、彼の手を借りずとも十分に回せるといった様子でした。(彼の活躍ぶりを見せつけられたおばちゃん達は、あんな年端もいかぬ少年に負けてなるものかと奮い立ち、かつての倍以上にやる気がみなぎっていました。そのため、彼は半ば食堂を追い出される形になったのです。あとついでに、かつてのスープを泥水と評した兵士は、彼女達に張り倒されていました)


 そんなわけで暇を持て余している掃除屋さんは、ぶらぶらと城内を散策していました。掃除として城内を駆け回ることはありましたが、何をするでもなく城内をまじまじと観察するということはなかったようで、少し新鮮に感じているようです。


 たまにすれ違う人々に挨拶をしたり、少し立ち話をしたり……。どんな国でも来訪し、どんな人とでも仲良くなる。それが、掃除屋さんたる、彼の掲げる第二の信条でした。


 え? そりゃ第一の信条はまごころ込めた掃除に決まっているでしょう。彼から掃除を除いてしまえば、ただの親しみやすい少年となってしまいますからね。


 さてそんな散歩中、掃除屋さんは何気なく窓の外を眺めました。空には青が広がっており、雲一つない良い天気です。そして目線を少し下げると、彼は城の外に一つの庭があることに気が付きました。


 その庭は、かなり昔の王が趣味で作らせたもので、かつては雅な庭園だったそうです。しかし、ある時代から今の軍国主義へと打って変わり、その庭はいつしか人が寄り付くこともなく、雑草の生え散らかす閑寂とした場所となっていました。


 やるべきこともなくて暇な掃除屋さんと、手入れの全くされていない寂れた庭。そこから導き出される答えはただ一つ、レッツ掃除!


 というわけで、掃除屋さんはさっそくその庭の元にダッシュで向かいました。


「……あいつか」


 そんな掃除屋さんの様子を見ていた兵士が一人。この者は右大臣の派閥の兵士で、とりわけ愛国心の強い兵士でした。誰よりもまじめに訓練にに打ち込み、座学の成績も高いという、将来有望な若者です。


 そんな彼にとって、赤の国の変化は到底許しがたいものでした。自分が今まで当たり前に過ごしてきた環境が、瞬く間に塗り替えられていく。そのことに、彼はどうしようもなく怒りを感じてしまうのです。


 しかし、敬服する国王が掃除屋さんを認めているとあっては、表立った行動はできません。仲間を頼ろうにも、王城において掃除屋さんを嫌う兵士のほうが今では少ないわけで、逆に自分の首を絞めてしまうこととなってしまいます。


 彼も掃除屋さんの活躍を度々耳にしてはいましたが、幸か不幸か彼はその時遠征に出ている最中であり、その手腕を実際に見たことはありませんでした。


 おおかたどこかの掃除嫌いな兵士が、そこそこできる掃除屋の腕を見て大げさに吹聴して回っているだけだろうと、彼はそんな風に考えていました。そして件の掃除屋に直接会うことがあれば、何が目的なのかと問い質そうとも。


 実際掃除屋さんにまつわる噂話は、どれもこれもが常人離れした、眉唾なものばかりです。


 籠一杯に入れておいた林檎が、次の瞬間全てウサギさんに切り分けられていたり(改めて数えてみると林檎の個数に対し、ウサギさんの数が少し足りていないということが起りましたが、掃除屋さんは口笛を吹いてあさってを向きながら誤魔化していたとか)、修復するのに1ヶ月はかかると言われていた兵舎の天井を一晩のうちに直したりと、そんな感じの噂が飛び交っておりました。


 そしてその噂の張本人が、今まさになにやら怪しげな動きをしています。彼にとってこれはまたとないチャンス。掃除屋さんの後をつけるようにして、彼も行動を開始したのです。


 さて、掃除屋さんに視点を戻しましょうか。彼はバケツを持って庭へと出向き、雑草抜きに着手しているようでした。彼の今の格好は、いつも着ている白いローブではなく、農作業でもするかのような灰色の作業服を着ており、頭には麦わら帽子をかぶっています。


 この国は極めて気温の高い地域にあり、照りつける直射日光は、容赦なく人々の体力を奪っていきます。例えるならば、砂漠の真ん中に国があるイメージでしょうか。……いや、流石にそこまではいきませんか。


 燦燦と日光が降り注ぐ中、掃除屋さんは黙々と雑草を抜いていました。慣れた手つきで、雑草を根元から引き抜き、バケツに次々と放り投げています。


「ふんふふ〜ん」


 いえ、鼻歌交じりでした。この猛暑の中でも彼は汗をかくことすらなく、平然として作業を進めています。暑さを感じたりしないのでしょうか。


 気がつけば生え放題であった雑草は半分程までに減っていて、逆にバケツはいつのまにか数が増えており、そのすべてが雑草で満杯になっています。これほどの量ですと、捨てに行くのも一苦労しそうですね。


 特に仕事というわけでもないので、掃除屋さんなりに楽しみながら作業をしているようです。そんな彼の元に、ふと何者かが近寄ってきました。……そう、先ほどの兵士です。


「お前! ここでなにやってるんだ!」


 声を荒げて、兵士が詰め寄りました。ちなみに、掃除屋さんの後をつけたはずの兵士が、なぜ遅れてやってきたのかというと、単純に彼の足が速すぎて見失ってしまったからです。 声を荒げているのは、息が切れているのを誤魔化そうとしているからでした。


「雑草抜きですけど」


 そんな兵士に対し、しかし掃除屋さんはどこかのんびりした様子で答えました。素手で作業をしているためその手は茶色く汚れており、雑草抜きの大変さをひしひしと感じさせます。


「……雑草抜きだと……? この場所を……? 誰からの、命令だ?」

「いえ、誰に頼まれたとか、そういうんじゃないですよ。ただ、わたくしがやりたいなーと思っただけでして」

「……」


 お互いが一切喋らない、沈黙の時間が流れました。何を言おうかと兵士が迷っていると、不意に掃除屋さんが声をかけました。


「雑草抜き……やります?」


 そう言って、掃除屋さんはどこに持っていたのか、軍手を兵士に差し出しました。なぜ彼自身は着用しないのかという話ですが、彼曰く素手のほうがやりやすいのだとか。プロはやはり違いますね。


「……うむ」


 掃除屋さんの雰囲気に流されてしまった兵士は、渋々ながらに軍手を装着しました。ふざけるな! と怒鳴って突き返してもよかったのですが、掃除屋さんの行動を監視するという意味でも、一緒に作業をすることに意味はあると思い受け取ったのです。


 ……まあしかし、どう言い繕うとも彼がその軍手を受け取らないはずがなかったのです。


 だって、彼は愛国心が強いのですから。


 ***


 作業をしばらく進めているうちに、すっかり夕暮れとなってしまいました。作業を始めたのが昼過ぎのことですから、かれこれ5時間ほどは雑草抜きに没頭していたことになりますね。


 掃除屋さんと一緒に雑草抜きをして、兵士は改めて雑事の大変さを思い知りました。単純な作業のはずなのに、いえ、単純な作業であるからこそ、肉体的にも精神的にもきつく感じたのです。容赦なく照りつける陽光と、雑草をひたすらに抜くという作業。その二重苦に挟まれて、汗にまみれ、疲労で体は動かなくなり、兵士は崩れ落ちるように地面に寝ころびました。


 そんな兵士の隣で平然と自分の何十倍もの作業をこなされては、兵士が掃除屋さんにとやかく言えることなど何もありません。まさしく噂の通り、いえ、噂に聞いていたよりも遥かに圧倒的なその所作は、兵士の心から一切の猜疑心を消し去っていました。


 そして掃除屋さんは、疲労で倒れている兵士に冷えた水筒を差し出しました。兵士はその水筒を受け取るとすぐに蓋を開けて中身をごくごくと豪快に飲み、ものの数秒で水筒は空となりました。その水は深く体に浸透していき、疲弊した体に心地よい癒しを与えてくれたようです。そして後に残ったのは、膨大な作業をこの手で終わらせたという、満足のいく達成感ばかり。


 そんなこんなで掃除屋さんと兵士は打ち解け、友情すら芽生えるほどに仲良くなりました。あれほどまでに雑草が生い茂っていた庭が、今ではすっきりとした空間になっています。そしていつかまた、かつてのような、美しい庭園となることでしょう。


 *


 こんな感じで、掃除屋さんはどれほど敵意を向けられていても、その相手と何故か仲良くなってしまうということを繰り返していました。これも、彼の持ち前の明るさと朗らかさのおかげでしょうかね。


 大臣達とて、なにも己のためだけに彼を排除しようとしているわけではないのです(多分)。ひいては世のため国のため、あとほんの少し(誤差あり)自分のために、二人は行動を起こしていました。


 もしこのまま変革が進んでいき、遂に赤の国が軍事国家でなくなってしまえば、今まで武力で支配してきた小国や部落が反逆を起こしてしまう危険性があります。 もしそんなことになってしまえば、もはや地位どころの話ではありません。


 彼らの行動は確かに保身のためですが、保身が出来る場所もなくてはならない。そのために、彼らは多少なりとも強引な手段をとらねばならないと考えていたのです。


 しかし、大臣達は自分のことばかりを見ているだけで、実のところ国のことなど見えてはいませんでした。そして、国の頂点に立つ者が誰であるのかということも。


 大の戦争嫌いである国王様に、火種となりうる問題について一切の手抜かりはありません。話の本筋に登場していないだけで、割と裏では頑張っているお方なのです。


 軍事国家として名を馳せている赤の国ですが、彼が王位についてからは、近隣小国に壊滅的な被害が出たという話はありません。それは、王様自身がその国や部落に訪れ、なるべく秘密裏に代表たちと話をつけていたからなのです。


 表向きは遠征として。しかしその裏には、戦争を徹底的に忌避する王様の、逃げ腰たくましい思惑があったのです。その思惑とはずばり八百長。彼は戦争後の支援と人権や地位の保障を約束に、その近隣小国へ負け戦を演じるよう頼み込んでいました。


 軍事国家の王に似つかわしくないその姿勢に、各国の代表たちは大変驚きました。武力の国とも呼ばれるほどに戦争を推進する国の長が、よもやこのような態度をとるだなどと……。彼らはその提案を受け入れ、頼み通りに敗戦国となる形で、赤の国の支配下となりました。


 なぜ彼らもその提案を受け入れたのかと言えば、ハッキリ言って、赤の国にたいして勝ち目がなかったからです。まず兵士の練度が段違いである上に、その兵士達は戦争における躊躇がない。そんな国とまともにやりあえば、被害は甚大なものとなってしまう。そんな事態を避けるためにも、彼らにとってこの案は願ってもないことでした。


 結果として、王様はどの国にも最低限の被害しか与えず、そして自分の国にも最低限の被害しか与えずに、近隣小国との戦争を終わらせることに成功しました。奇跡的なことに、赤の国含むすべての国から、戦死者は一人として出なかったのだとか。そんな功績もあり、国外において、彼は奇跡の名君と讃えられていました。しかし、国内の問題に頭を悩ませている彼に、そんな賛辞の声が届くことは、見事にありませんでした。


 王様に、果たして安寧の日々は訪れるのでしょうか。

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