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さすらいの掃除屋さん  作者: RPG
第一章 『血気兵国・赤の国』
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赤の国 その1 「赤き王の憂鬱」

 時は戦乱の世。 大陸統一を果たし、覇権をその手に掴もうと、日夜火花を散らす四つの国がありました。


 一つ目は赤の国。 圧倒的な兵力と軍事力を持ち、武力を以て他の国々を殲滅しようと目論む軍事国家です。


 赤、と言いますと血の赤など、少し好戦的な印象がありますね。その名に因んでいるのか、この国には血気盛んな、屈強な兵士たちがごまんといるそうな。


 そんな赤の国とはどんな国なのでしょうか。 少し覗いてみましょう。


 ***


「国王様、そろそろ会議のお時間ですぞ」

「うむ」


 玉座の間。 そこには、玉座に座る国王を中心とし、国を代表する大臣や兵士達がずらりと並んでおりました。国の在り方を決める会議ということで、皆緊張の面持ちを浮かべています。


 国の要となる王様は、その佇まいに荘厳な雰囲気を感じさせています。 服装は赤で統一されており、王冠の上で鈍く輝く宝玉が、よりその存在感を際立たせていました。


 そして、王様は一度その場にいる者たちを一瞥した後、静かに口を開きました。


「では、これより今後のこの国の在り方についてだが……、案のある者は申してみよ」

「はっ!」


 王様の言葉に対し、真っ先に手を挙げたのは左大臣でした。


「……うむ、左大臣か。 どれ、申してみよ」

「今までのやり方を覆すべきではないと私は思います! 我が国の最大の武器である兵士達、やはり彼らを駆使し、武力を以て他の国々を制するべきです!」


 ふむ、やはり軍事国家なだけあり、武力を前提とした圧政を狙うという訳ですね。


「……そうか。 この案について異議はあるか?」


 王様はこの案に対し、すこし渋い表情を浮かべました。 やはり一国一城の主、下手なことは出来ません。 ここは違う意見も取り入れ、なるべく良い結論を出そうと思案している模様です。


 ほら、この左大臣の案に対する反対意見が――。


「「「ありません!!!」」」


 ねえのかよ。


「……」


 ちなみに左大臣は武力促進派、右大臣は武力推進派に分かれており、正直何が違うのかさっぱり分からない派閥争いを水面下で行っているようです。


 ゆくゆくは自分が国王に、だからこそ自分の派閥を持ち、臣下からの支持を得ることで次期国王の座を揺るぎないものにしようとしているのだとか。


 派閥の規模はおよそ半々で拮抗しており、一歩前に出るためには手柄を立てるしかないと考えている二つの派閥は、何かと戦争を起こしたがっているようです。


 この派閥に所属しているのは兵士達だけであり、民間人などはそんな派閥があることすら知りません。 まさしく、王城内だけの派閥なのです。


 この過激ともいえる案に対し、反対意見の一つすらでないという事実に、王様の心境はいかほどのものなのでしょうか。


(……いやほんと脳筋過ぎるわこいつら……。 儂の気苦労も知らずに好き放題言いおって……。 というかそもそも儂戦争なんてしたくないし。 ほんとはのんびりとした牧草地で農業でも営んでいたかったのに……。 嗚呼、悲しきかな我が人生)


 どうやら、王様としては戦争などしたくはないご様子。 しかし、家臣の暴走を止めることが出来ず、今の軍事国家となっているのでしょう。


 赤の国の人口はそれほど多くはなく、他の国と比べても国としての規模はそれほど大きくはありません。 そのため、国の領土拡大のためにも、他の国へと攻め入る他なかったということが、大臣達の暴走の手助けをする結果となったのでしょう。

 

 その人口の中でもとりわけ兵士の比率が高く、農業や漁業、城内の召使や女給、職人など、国が機能する上での重要な活動を担当する者は、決して多くはありません。


 しかし、無理な遠征や多量の武力の投資により、物資や食料の備蓄は目に見えて減りつつあります。 国の要求に対し、供給が追い付いていないというわけですね。


 何より兵士優先であるため、民間人に割り当てられる食料は微々たるものであり、国としての機能も日に日に衰微していっているというのが、この国の現状なのです。


 さて、赤の国についてのおさらいはできましたね。それでは、そろそろ彼の到着する頃合いのようです。 城門に場面を移しましょうか。


 *


 城へと繋がる唯一の城門。そこには、怪訝な表情を浮かべた二人の兵士達がおりました。


 兵士達が怪訝な表情を浮かべている原因は、彼らの目の前に立っている、つんつんと跳ねた髪の毛をぴょこぴょこと動かしている、荘厳な城には似つかわしくないような、ほんわかとした雰囲気を身に纏う少年です。彼は一体何者なのでしょうか。


「……ふむ、お前は旅の者……ということだったな。 それで、掃除屋というのは?」


 片方の兵士が少年へと問いました。 どうやらその少年は、自身の事を掃除屋と名乗ったようです。


「はい。わたくし掃除を生業としている身でして、今までの旅も、道すがらで掃除やら家事やらと、様々な仕事を請け負って生計を立ててきたのです」

「……ふむ、それで掃除屋というわけか」

「それで、この赤の国に立ち寄った際、なにやら城内が人手不足ということをお聞きいたしましたので、どうにかこちらで働けないかと思いやってきたというわけですよ」

「そうか……」

「わたくしに任せていただければ、掃除はもちろん、どんな雑務でもバッチリこなしてみせますよ!」


 その少年は右手に持つデッキブラシを空へと掲げ、意気揚々に語りました。 確かに城内は人手不足ですが、こんな得体の知れない少年を城内で働かせてもよいものか、という不安もあります。兵士達は一度顔を見合わせた後、彼の処遇を決めるべく片一方が城内へと入り、少年は少し待たされることとなりました。


「国王様。 今城門に、奇妙な旅人が来訪したとの報告が入りました」

「む?」

 王様の側近の兵士が、門兵より伝わってきた報告を王様へと伝えました。その報告を耳にした王様はぴくりと片眉を動かし、報告の続きを促しました。

「なんでも、城内で不足している雑用係として働きたいと……」

「ふむ……、物好きな奴もいるものだ。いいだろう、人手は多いに越したことはない」

「しかし、よろしいのでしょうか……? 他国からのスパイという可能性も……」


 側近の疑問も最もです。戦乱の最中において、素性の知れない者を城内に入れてしまうというのは、あまりにも危険な事ですから。


 それ故に、その旅人の処遇をどうするべきか判断を仰ぐべく、王様の下にこの報告が届いたのです。


「貴様、我が国を舐めているのか? 仮にその者がスパイであったとしても、その程度のことで陥落するような軟弱な国とでも思っておるのか」


 しかし、王様は側近の疑問を一蹴しました。一国の主に相応しい、威風堂々とした佇まいです。


「い、いえ! 滅相もありません! 出過ぎた真似をいたしました!」

「ふん、まあよい。 では、さっさとその旅人に労働の許可を与えてこい」

「はっ!」


 王様からの命令を聞いた側近の兵士は、城門へと向けて駆け出していきました。 それを見届けた王様はというと、


「……はぁー」


 と深い溜息を漏らしたのです。一体どうしたというのでしょう。


(なんじゃいなんじゃい。国がどうのスパイがどうのって。知るかそんなもん、どうせこのままいけば確実にこの国滅びるんじゃし、どうだっていいわい。王様超げんなり)


 王様は静観していました。というかもはや諦めてますね、この国の行く末とかもうどうでもよくなっているようです。


 しっかりしてくれ王様よ。


 *


 側近から門兵へと命令が伝わり、彼は少年の元へ城内で働く許可が下りたという旨を伝えに、自身の持ち場へと戻ってきました。


 あの素性の知れない少年を、本当に城内へ入れていいのか不安ではありましたが、王様直々の命令とあっては、一介の兵士に過ぎない彼に口を挟む余地はありません。


 そうして戻ってきた門兵は、奇妙な光景を目撃することとなりました。


「はっはっは、お前ホントに腕がいいなあ!」

「いやあ、それほどでもありますよ~」

「特に、ここの染みとか結構気になっててな。城の婆ちゃんとかに任せるのも、なんだかこっぱずかしくてそのままにしてたんだ」

「それはいけませんよ。たとえ上から鎧を着ていたとしても、身だしなみは人の品性を表す大事なものなんですから。まあ、また汚れたらお任せくださいよ」

「おう! 頼りにしてんぜ!」


(……なんだこれは)


 その光景を見て、門兵が最初に抱いた感想でした。


 謎の少年と、同輩の兵士が仲良く談笑している。 その兵士の警戒心のなさに眩暈を起こしそうになりながら、少し状況を整理しようと、彼は右手でこめかみを抑えつつ城門にもたれかかりました。


「……ん?」


 しかしその時、ふと門兵は奇妙な違和感を覚えました。


(この城門、こんなに滑らかだったか……?)


 そんな疑問とともに城門から少し距離を取り、門兵は改めて城門を見上げました。 先の戦争で右手に怪我を負ってしばらく、この兵士は門兵として働いていたのです。だからこそ、彼はすっかり見慣れたはずの城門に、奇妙な違和感を覚えたのでした。


 得体の知れない、言い知れぬ違和感。その正体を確かめるべくつぶさに城門を観察していたところで、ようやく彼はその違和感の正体を突き止めることが出来ました。


 ……綺麗だったのです、城門が。いえ、城門含め、この周囲すべてが、まるで鏡のようにピッカピカに清掃されていました。かつてのようにザラザラとした感触はなく、壁に数多くあった凹みや傷、地面に無数に走っていた車轍にいたるまで、きれいさっぱり消えてなくなっていたのです。


 そんな、城門のあまりの変貌ぶりに、門兵は驚きのあまり目を丸くしてしまいました。少なくとも、今朝の時点ではこんな状態ではなかったはずなので、いきなりの変化に戸惑いを隠せていない様子です。


 彼が頭に疑問符を浮かべながら城門を眺めていると、ふと、未だ兵士と談話を続けている少年の姿が視界に入りました。


(……たしかこいつ、掃除屋とか名乗っていたよな……。いやまさか)


 門兵がそんなことを考えていると、先ほどまで少年と談笑していた兵士が彼に気付いたようで、気さくに声をかけました。


「おう、どうだったよこいつの処遇は?」

「あ、ああ……いや」

「見てみろよこいつの腕前を。 あんなに汚れ腐っていた城門が、見違えたかのようにきれいになっちまったぜ」

「ということは、やはりこの少年が……?」

「おうよ! お前にも見せてやりたかったなー、あの掃除の妙ってやつをよ!」


 この兵士の口ぶりからして、決して嘘をついているわけではないとわかり、彼の心境は大分複雑なものとなっていきました。


「で、どうなんだよ? 俺としちゃこんな逸材、逃す手はねえと思うがよ」

「う、うむ。国王様からの許可が下りた模様でな、働いてもよいそうだ」

「おう、さっすが王様! やっぱ見る目があるぜあの人はよう! 良かったな、掃除屋!」

「ええ、これで何とか飢えはしのげそうですよ!」


 門兵からの報告を聞いた二人は、その場で息の合ったハイタッチを披露しました。 小気味の良いパンッ、という乾いた音が、辺りへと響き渡ります。


 記憶が正しければ、この兵士は気難しいところがあり、いつも他の兵士達と取っ組み合いの喧嘩をしているような男だったはず。 それが原因でここに配属されたのですが、これほどまでに他者に対して心を開いていることに、彼は不思議で仕方ありませんでした。


 しかし……。


「はっはっは! これなら婆ちゃんたちも安泰だな! 城内の清掃も期待してるぜ!」

「お任せください! バッチリ掃除してみせますよー!」

「「あっはっはっは!!」」


 張り詰めた空気の漂う赤の国において、肩を組んで大笑いしている二人の和やかな雰囲気は、存外心地のいいものだと、彼は思ったのです。


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