女王は潜入する4
その光景に、私は驚く。
……あり得ない。
だって、まだ『心域』の効果は続いているというのに。
彼女は『心域』に抗ってフラフラになりながらも、一歩一歩着実に私に近づいて来る。
「……っ。虫の良い話ですが、ルクセリア様は子ども達を助けてくれますか?」
そう泣き叫びながら、アニータは私の前で跪いた。
「お願いします!子ども達を、助けて下さい!」
「……そう言って、また最後を人任せにするのか?」
「否……私は、ルクセリア様についていきます!貴女様が拒否をしようともついていきますし、貴女様が望むのであれば、私は貴女様のもとで働きましょう!貴女様が子ども達を助けるそのときまで、私は貴女様から目を離しません!」
両の目から涙を流しながら、それでも彼女は嗚咽を出さずに叫ぶ。
その気迫は、見ているこちらが圧倒されるほどの熱量。
「そうか……それならば、付いてくるが良い」
「待って下さい!俺も!」「私も!」
次々と、団員たちから声があがる。
最終的には、その場にいる全員が申し出ていた。
「……こんなに見張りを傍に置いておけぬわ。余の見張りはアニータのみとしてくれ。……代わりに、其方たちには余の手足となって貰おうか」
私の申し出に、ユーミスが警戒したように問う。
「……どんなことをやるのですか?」
「無理なら無理と言っても構わん。これまでのカールとのやり取りを詳細に教えて貰うこと、それからカールとの次の面談時には、余の指示に従って貰うこと。追々、各地を興行で回る際には、その場所の様子を報告して貰うこともあるかもしれん」
「はい……分かりました」
「トミー!」
「はい」
トミーは私の呼びかけに応え、すぐさま私の隣に立った。
「この者が、後々其方達を訪ねる。その際、カールの件について委細漏らさず伝えよ」
「畏まりましたよ、と」
「とりあえず、今日は帰る。……アニータよ。余のもとに付いてくるのであれば、早く荷物を纏めろ。余は、外で待っている」
「はい。すぐに支度をしてきます」
それから、私はトミーや中にいた軍人たちと共にテントの外に出た。
「外で待機している者たちに伝えよ。其方たちの働きのおかげで、無事、完了したと。勿論、後々余の口からも直接伝えるが」
歩きながら、トミーに指示を出す。
「それから申し訳ないが、彼らには引き続き出入り口を見張るよう指示を出してくれ。……未だ、エトワールの者たちを完全に信用する訳にはいかぬからな」
「この時間からなら、俺の部下を動かせますよ。……こんなこともあろうかと、少し離れたところに待機させていたんで」
「流石だ。……アニータと交代の人員が来るまで、ここで待つか」
「畏まりました。……『それにしても、何故尋問に魔法を使われないのか疑問に思っていたんですけど、彼らを駒とする為だったんですね』」
トミーからの問いかけに、私はとっさに視線を周囲に向ける。
『ああ、大丈夫ですよ。今は俺の魔法で、互いにしか声が聞こえないようにしていますから』
ならば大丈夫か、と私もまた口を開いた。
『……正直、あそこまで上手く事が運ぶとは思っていなかった』
『へ?てっきり、計算していたのかと思っていましたけど』
『勿論、カールの件については協力して貰おうと思っていたよ。それが、彼らにとって最低限果たすべきケジメだから。……けれども余の魔法では、自白はさせられたとしても、協力迄強制することは難しい。故に、尋問では魔法を使わなかった』
『お優しいことで。ケジメと言えば、彼らが子ども達を救出するべきでは?』
『ああ、そうだな。だが、彼らにはそれができぬし、そこまで期待もしていなかった。できることと言えば自発的に協力させることぐらいまでかと思っていたのだが……まさか子ども達の為に、余にその身を預けるとは』
『まあ、彼らにも矜持があるんでしょう』
『……そうかもしれぬな』
『まあ、それはともかく。エトワールへの罰、どうしますか?彼らの境遇は同情に値しますが……正直、やり過ぎというのは否めません。攫われた子ども達の内九割は、エトワールの団員と似たり寄ったりの境遇でしたが……残り一割は、未だ関係を修復できた可能性もありますから』
『余としては、それだけの子ども達が魔力持ちとしてこの国で不遇な生活を強いられていることが遺憾だが。……まあ、彼らが過剰に反応していた部分もあったことは事実か』
『そうですね。……それも踏まえて、彼らの処遇をどうするのかなと。正直、ルクセリア様にこき使われる未来を考えたら、それで充分な気もしますが』
『何だか棘のある言い方だな』
私の言葉に、トミーは肩を竦めた。
心当たりが多々ある身としては、これ以上は言えないか。
『……其方の言う通り、余のもとで国の為に働かせる。人材を無駄にしておく訳にはいかぬし……死に逃げることも許さん。傷をつけた子らをフォローすることは勿論、やがては同じ境遇の子らを作らぬように尽力して貰う』
『まあ……妥当ですかね。きっと、よく働いてくれますよ』
『だと良いが』
丁度そのタイミングで、アニータと外で待機させていた軍人たちが戻って来た。
「では、王宮に戻るか」
そうして、私の初めてと言える街歩きは幕を閉じたのだった。