女王は潜入する
『相変わらず、便利な能力ですね』
男が去ったと同時に、耳元で声がした。
……離れたところで待機しているトミーの声だ。
『振動』を使って、私に声を飛ばしたのだろう。
『其方の魔法もな。……このテント、其方の魔法で覆ったか?』
『はい。外には一切音が漏れないようになっています』
私の声もちゃんと拾えているらしく、しっかりと応えが返ってきた。
『ご苦労。そのまま、その場で待機せよ』
『畏まりました』
そうこうしている間に、団員たちが舞台の上に集まりつつあった。
連絡役の男は随分と強引に集めてきたらしく、皆不満を露わにしている。
「おい、そろそろ説明してくれよ。至急で全員集まれだなんて、一体何があったんだよ」
勿論、連絡役の男はその問いに答えることができない。
私が『心域』を使って伝えた指示は、ただ彼らをこの場所に集めることだけだからだ。
『ルクセリア様。確かに全員揃っています』
『分かった』
トミーの言葉を合図に、私はその場で拍手をする。
混乱した空気を割くようなその拍手は、とてもよく響いた。
一人、また一人と私の方へと振り向く。
「……すいません、お客様。本日は既に公演を終了していまして」
「あら?よく知っているわ。とても素晴らしい公演だったから、皆に敬意を払いたいと思ったの」
「それは光栄です」
団員たちは困惑しているようだったけれども、その内の一人がにこやかに応えた。
「是非とも、皆に教えて貰いたいわ。……普段、どのように練習をしているのかを」
私の問いかけに、ますます団員たちは困惑の色を表情に滲ませる。
「一体どのようにして、手際良く子ども達を攫っているのかしら?」
けれども、その言葉は決定的だった。
団員たちは固まり、まるで息をすることすら忘れているようだ。
そして一番に動き出したのは、剣舞を舞っていた麗しい女性。
彼女が手を翳すと、幾つもの剣が私に向かって飛んできた。
……彼女もまた、魔力持ちか。
「アニータ!」
「早く、逃げるわよ!」
必死な声色に、つい笑ってしまう。
「残念だ……本当に、残念だ」
私の呟きに、アニータと呼ばれた美女が再びこちらを振り向いた。
彼女の顔に浮かんでいたのは、驚愕。
……何せ、私はかすり傷一つ負わずにその場に座り続けていたのだから。
彼女の攻撃は全て、私の周りに立つ軍人たちの手によって打ち捨てられている。
『舞台の上にいる者たちは全員、その場から動くな。意識は、保て』
「ちょ……っ! どうして動けないんだ!?」
あえて意識を残すように指示を出してみたら、効果は覿面だった。
彼らの瞳は虚ろなそれにはならず、ただその場から動けないようだった。
「さて、教えて貰おうか。……其方らのような素晴らしき演者が、何故子ども達を攫っているのかを」
私は一歩ずつ、彼らに近づいて行く。
彼らの瞳には、私への恐れが映っていた。
「其方らは、余の許しがなければ逃げることはおろか動くことも叶わぬ。……素直に答えた方が、身のためぞ」
けれども、彼らは口を閉ざしたまま。
……恐怖を跳ねのけるほどの、何か強い意志が彼らの中にあるということだろうか。
私は手を翳して、宝剣を一本出した。
そして手近にいた一人の男を掴み上げ、その宝剣を男の首元に当てた。




