侍女の夢
コツン、コツン。
隠し部屋に続く階段を降りていた。
そして部屋に到着すると、すぐに部屋の清掃を開始する。
『アリシア。今日もよろしくね』
『お任せ下さい、ルクセリア様』
主人の言葉を思い出して、つい笑う。
隠し部屋の中を清潔な状態に保つことは、私の大切な役目。
ふと、手を止めヴィルヘルムを見る。
「……いつまで、眠り続けさせるつもりなのでしょうか」
ヴィルヘルムに対して、あまり良い印象を持っていなかった。
それは、彼がルクセリア様の気持ちを踏み躙り続けたからだ。
ルクセリア様とヴィルヘルムの婚約は、政略によるもの……いくらルクセリア様が彼に好意を持っていたとしても、婚約によって気持ちまで縛ることはできないということは私も理解している。
けれどもだからといって、浮名を流すことは誠意のない振る舞いだ。
ルクセリア様は何でもないと笑みを浮かべ続けていたが、どれだけ傷ついていたことか。
たとえ浮名を流すことに何らか止むに止まれぬ理由があったとしても、私は彼を許せない。
こうしてルクセリア様がわざわざ彼を匿うのも、正直なところ理解できない。
「……宝剣の力を使い続ければ、ルクセリア様の負担になるというのに……」
ポツリ、呟く。
宝剣の力は、莫大な魔力を費やして発動する。
彼に突き刺さったそれは、愛の宝剣。
宝剣の持ち主を愛し、また宝剣の持ち主から愛される者を守る力がある。
それ故、刃は確かに彼の胸に突き刺さっているにも関わらず、彼は眠っているだけ。
けれどもこの状態を保つ為に、常時ルクセリア様は莫大な魔力を消費し続けている。
それはルクセリア様にとって、かなりの負担になっている筈だ。
「……あれ。私、何でそんなことを知っているんだろう?」
ふらり、視界が歪んだ気がして手で額を抑える。
……そうだ、聞いたんだ。
愛の宝剣の力は、ルクセリア様に。
……ならば何故、莫大な魔力を消費し続けることを、知っている?
……彼を見れば、分かる。
今も、か細くもルクセリア様と繋がる不可視の管のような線が存在し、強大な魔力が流れ込んでいる。
それは、私の中にあるそれと同じ……。
あれ、私の中にある? 何が?
美しくて、恐ろしい剣。
あの、五つの力……ルクセリア様を蝕むであろう……。
……何、これ。
頭の中に、変な映像が浮かぶ。
……倒れた幼い私の上に現れる、恐ろしい力の塊。
ルクセリア様が、身を削るように血を流しながら使い続けるそれ。
……そうだ、あれは恐ろしいモノ。
ルクセリア様の身を削り、苦しめるそれ。
見たことがない筈の映像が、途切れ途切れ頭を掠める。
割れるように、頭が痛かった。
そのまま、私は倒れ込んだ。
「……泣かないで」
痛みに顔を歪めながら、それでもつい、瞼の裏に映るルクセリア様に向けて呟く。
ルクセリア様が泣きそうな、それでいて苦しそうな表情を浮かべていたから。
……守らなくて良い、守りたい。
何故、何もできないのだろうか。
そんな表情に、させたくないのに。
何を、忘れているのだろうか。
次々と浮かぶ疑問を纏められないまま、私は意識を手放した。