女王の激怒
魘されたおかげで、自然と目が覚めた。
水差しからグラスに水を入れ、ゴドフリーから貰った薬を飲んだ。
そうして暫く休んでいると、少しだけ体調が良くなった気がする。
「……ルクセリア様」
誰もいなかった筈の場所に、トミーが現れた。
「どうした?トミー」
「……子ども達の行方の件、調査が完了しましたので、ご報告に参りました」
「おや、随分と早かったな」
「前々から陛下のご指示で複数人をセルデン共和国に潜らせていますから。ホラ、前に魔法研究所のことも、報告したでしょう?」
「ああ……あの、気分が悪くなる報告な。魔力持ちの人としての尊厳も権利も何もかも踏みにじったようなやり方……」
私の言葉が、止まった。
けれども、トミーはそれで私の意図を察したらしい。
暗い表情のまま、私の言葉を引き継ぐ形で口を開く。
「……そうです。魔法研究所で研究・実験を施されていた被験者は……この国で、攫われた子どもたちです」
ガシャン……ッ!
私は思わず、持っていたガラスを床に叩きつけていた。
「どうされましたかっ!?」
部屋の外に控えていた護衛騎士が、血相を変えて中に入る。
けれども、私を見て一層血の気を失ったようだった。
……怒りのあまり、魔力を暴走させ宝剣を出していた私の姿に。
「……何でもない。其方たちは、下がって良い」
そんな彼らの様子を見て、私は少しだけ落ち着きを取り戻す。
『ハワードとアーサーは、この部屋の出来事を何も見ていない。ガラスが割れる音も何も聞いていない。部屋を出れば、全てを忘れる』
そう呟くと、彼らは虚ろな目をしたまま部屋から出て行った。
「すまぬ。取り乱した」
「いえ……仕方のないことかと」
私は重く息を吐くと、再びカウチに腰かける。
「やはり、敵国と通じていたか。これで、ベックフォード侯爵家とスレイド侯爵家も終わりだな」
「敵国ではなく、仮想敵国ですが」
「どちらでも良い。そのような国に自領の民を、売り飛ばすなど……正気の沙汰ではない」
「スレイド侯爵家は、自領の民を売り飛ばしてはいませんよ。単に、仲介をしていただけですから。ベックフォード侯爵家の子飼いにウェストン侯爵領より人を攫ってきて貰い、それを売り飛ばす……てね。スレイド侯爵からしたら、楽な商売ですよね。何にもせずとも商品が目の前にやって来て、それを取引先に渡せば良いだけですから」
「ああ……それもそうか。……それにしても、想定していた以上に、早々と復讐劇も山場を迎えそうだな」
「そうですね。力押しも裏工作も、最早必要ない。そんなことをせずとも、大義名分がありますから」
「うむ。だが、これはこれで良い。ジワジワと一つずつ詰めようと思っていたが……目障りなものを一掃できるからな。……そのとき、五大侯爵家は、終わりだ」
「はい」
「……分かっていると思うが、裏工作で動いていた密偵たちは現時刻を以ってその任を解く。代わりに、この件の調査に全力で当たれ」
「畏まりました」
「ああ……それと、秘密裏にアーロン国軍団長と会いたい」
「手配しておきます」
未だ、外では雨が降っていた。雨音が、静かな室内に何時までも響き渡っていた。