王女と誕生日2
本日5話目の更新です
そして、九歳の誕生日がやって来た。
「……アリシア、まだかしら?」
いつも彼女が姿を現わす時間になっても、彼女は来なかった。
……お弁当の準備をするにしても、随分と時間がかかり過ぎている。
「んん?」
ふと、アリシアの魔力が感じられた。
……アリシアが、何か魔法を使っている?
……どうして?
嫌な予感がして、私はいつも彼女と遊ぶ時と同じように塔を抜け出した。
そして、彼女の魔力が感じられた方に向かう。
「……いない」
けれども、そこに彼女はいなかった。
代わりに、 数人の男たちが倒れている。
「一体何が起きているの……?『起きろ』!」
倒れている一人の耳元で、私は魔力を込めて叫んだ。
「うっ……」
「『大人しく私の質問に、答えなさい!』アリシアは、ここにいた少女はどうしたの!?」
「ここにいた少女なら、私たちの話を聞かれたため……捕らえようとした」
男は虚ろな目で、ただ口だけを動かす。
「彼女は、どこにいるの?」
「分からない。……多分、俺たちの拠点」
「それは、どこ?」
「王都北区、赤馬亭という店の二階……」
「そう……。貴方たちの目的は?」
「ルクセリア第一王女を、亡き者にすること」
「ならば、貴方たちの背後にいるのは?」
「それは……うっ」
私の質問に答える前に、男が燃えた。
それは、他の倒れている男も含めて。
魔力を感じて振り向けば、別の男が木の裏にいた。
私が魔法を使おうとした瞬間、彼は自ら炎を纏う。
「ああ、もう!」
くらり、目眩を感じた。
……どうやら、魔力を使い過ぎたようだ。
私は莫大な魔力を持っているけれども、この魔法は一回使うだけでかなりの魔力を喰う。
けれども、倒れている暇はない。
アリシアを助けなければ……!
どうする?
どうすれば良い?
誰も、周りにはいない。
王宮を守備する人たちは生憎、私の誕生日パーティーに出払っている。
……ダメだ、悩んでいる暇はない。
彼らを探し出して、説明している時間も惜しい。
狙われているのが私だとしても、逃げも隠れたくもない。
……だって、大切なんだ。
私にとってアリシアは……大切な、大切な友だち。
……きっと、大丈夫。
私には、魔法がある。
この魔法を使えば、彼女を助けられる筈だ。
そうして私は、そのまま赤馬亭に向かって走った。
王宮でパーティーが開かれているからか、城下町もお祝いムードが漂っている。
石畳に躓きながら、走り続けた。
洪水のように心の声が流れ込むことを心配していたけれども、アリシアを助け出すことに集中していたおかげで、気にならなかった。
「『赤馬亭の場所を教えなさい!』」
不特定多数に向けて、叫んだ。
その場所を知っていた何人かが即座に反応して、私を案内する。
そうして、赤馬亭に辿り着いた。
急激な魔力の低下にフラつきながら、二階に向かう。
「『アリシア以外、全員、眠りなさい!』」
残った魔力を振り絞って、私は一斉にその場にいた全員を眠らせた。
「アリシア……大丈夫!?」
倒れていた彼女を、抱き起す。
「……大丈夫です。ごめんなさい、迷惑をかけて」
「何言ってるの! 元々この人たちは、私を狙っていたのだもの。だから私のせい。……それより、怪我はない?」
彼女は頷きつつ、私の手を支えに立ち上がった。
「……大きな怪我はありません。ちょっと攫われそうになって戦って時に、転んで擦り傷ができたぐらいで」
「良かった……」
彼女の返答に、安堵の息を漏らす。
本当に、生きた心地がしなかった。
彼女の無事を、こうしてこの目で見るまでは。
「……長居は無用ね。さ、逃げましょう」
とはいえ、この場でその感動に浸っている時間はない。
私を狙っている人たちは、この場にいる人だけじゃないかもしれないのだから。
私も立ち上がると、来た道を進もうとした。
……けれども。
「おい、子どもが逃げるぞ!」
「あれ、標的じゃねえか!」
別の部屋から男たちが現れて、逃げ出そうとしていた私たちを見つける。
そしてその内の一人が、私たちに向けて魔法を放った。
まるで、ビームのような一本の火の線が私に迫る。
「ルクセリア様、危ない!」
アリシアが私を突き飛ばして、魔法の前に立った。
「ダメ……アリシアっ!」
無情にも、彼女の体を火の線が貫く。
「……っ。……アリシアぁぁ!」
やけに、時間が過ぎるのがゆっくりと感じられた。
彼女が倒れる様が、スローモーションのように見える。
視界の隅で、男が舌打ちをしながら再び魔法を放とうとするのが見えた。
「『アリシア以外の全員、眠りにつけ!』」
私はそう叫びながら、アリシアのもとに駆け寄った。
「アリシア、アリシア……!」
「……ルクセリア様、お怪我は?」
「私は大丈夫! そんなことより、アリシアが……っ!」
「良かった……」
「どうして……」
どうして、そんな風に笑えるの?
どうして、自分の身を守らなかったの?
……どうして、彼女が倒れているの……!
「……咄嗟のことで、魔法が使えなかったんです……」
そう答えた瞬間、彼女は血を吐く。
私はその光景に、我に返った。
「アリシア、もう喋らないで! 今、貴女を医者の元に連れて行くから!」
身体中に魔力を巡らせて、彼女を持ち上げた。
「……ルクセリア様が、私の初めての友だちなんです。だから、どうしてもお守りしたかった……。ルクセリア様に怪我がないなら、それで良いんです」
そう言って、アリシアは笑みを浮かべつつ、静かに目を瞑った。
「ダメ……アリシア!」
慌てて彼女の名を呼んだ。
けれども何度呼んでも、アリシアは目を覚まさない。
「アリシア?……アリシア!」
……息を、していない。
腰が抜けて、その場にヘタリ込む。
自らの手を見れば、彼女の血で真っ赤に染まっていた。
体が、震える。
どうして?
どうして、アリシアがこんな目に遭わなければならないの?
嫌だ……いやだ、嫌だ!
彼女を失いたくない。
お願い……目を、覚まして!
ポタポタと次から次へと、瞳から涙が零れる。
それが私の頬を伝って、彼女の頬に落ちた。
「アリシア……っ」
彼女のおかげで、私は幸せだった。
この世界で初めて、心休まる時を得る事ができたのだ。
そんな大切な存在を、こんな形で失うの?
「嫌……っ!」
……そう、叫んだ瞬間だった。
自分の身の内から、膨大な魔力が流れ出て行く心地がする。
そしてそれと同時に、私の周りに五色の剣が現れた。
「これ、まさか……宝剣?」
宙に浮くその五色の剣は、くるくると私の周りを回る。
「何で、ここに?」
宝剣が継承されるのは、戴冠式か……もしくは、王が死んだ時だけ。
まさか、お父様の身に何かがあった?
……分からない。
分からないけど、今の私には考えている余裕はなかった。
琥珀色の剣を、手に取る。
琥珀色の剣の意味は、永遠。
そしてその剣を、彼女に突きつけた。
剣を中心に、眩いばかりの琥珀色の光が発生する。
それと同時に、更に莫大な魔力が失われていく心地がした。
……目が霞み、上と下が分からなくなるほどの目眩が私を襲う。
「ぐふっ……」
胃の中から湧き上がる気持ち悪さに、その場で嘔吐く。
私の口からは、血が吐き出された。
けれども、それでも私は剣を握り続ける。
もっと……もっと魔力を注がなければ、と。
……何故だか、確信をしていたから。
これで、彼女は戻ってくると。
やがて、光が徐々に収束していった。
完全に収束したところで、アリシアの傷がどうなったのかを見る。
「……良かった」
驚くことに、彼女の傷は完全に塞がっていた。
何より、息を吹き返している。
先ほどまでとは違う意味で、涙が溢れ出た。
……本当に良かった。
「アリシア……」
そっと、彼女の頬を撫でる。
……温かい。
私は彼女の生を噛み締めながら、その場で倒れ込んだ。
「ルクセリア様!」
何処かで聞いた事がある、男の人の声を聞きながら。