女王と診察 2
「ええ、勿論。……それでは、陛下。恐れ入りますが、宝剣をお見せいただけますか?」
「また、か?」
「ええ、またです。是非とも」
ゴドフリーの願い通り、宝剣を出す。
ゴドフリーは、宙に浮いた五つの剣に目を輝かせていた。
「ああ……何て美しい剣でしょう!陛下、スケッチをするので、そのまま机の上に置いておいてください」
いそいそと懐から紙を取り出すと、真剣にそれを書き写し始めた。
「こうして近づくだけで、ビシビシと魔力の波動が感じられます。ああ……何て、心地良い!」
時折恍惚とした顔で呟きつつ、それでも手元は一切止めないあたり、最早天晴としか言いようがなかった。
知らない人だったら、確実に不審者として通報しているだろう。
それから彼は満足いく模写ができたのか、大事そうに紙を懐に戻すと再び席に座った。
「ありがとうございました、陛下。本日も素晴らしい魔力ですね。それでは、御前失礼致します」
嵐のように去って行ったゴドフリーの背を、フリージアは呆然と見送っていた。
「ゴドフリーさんは、いつもあんな感じなのでしょうか?」
「ああ……其方、ゴドフリーがああなった時を見たことがないのか」
「ええ。いつも陛下と魔法師団の運用についてお話をされているところしか……」
それは、『心域』の暗示で刷り込みされた記憶だ。
フリージアが傍にいるとき彼を呼んでいるのは、いつも魔力回路の治療と診断の為だ。
何せ、アリシアには、私の『心域』が通用しない。
一度命を失いかけてから魔法こそ使えなくなったけれども、今尚私の魔法を撥ねのける程の強力な魔力を彼女は持っているからだ。
それ故、治療の際に彼女が側にいてしまうと、私の体調を隠すことができなくなってしまう。
だから、アリシアが傍にいるときは絶対にゴドフリーを治療目的で呼び出せないのだ。
「そうか……アリシアとのやり取りは、見物だぞ? 『ルクセリア様は政務で疲れているのですから、後日にしてください』と叫んで止めるアリシアに対して、ゴドフリーは『私の魔法への熱い思いは、貴女如きには止められません』とか訳の分からない言葉を叫んで、アリシアの妨害を突破しようと走って来る場面は」
私の言葉に、フリージアは深々と息を吐いた。
「……同僚の無礼、同僚に代わり謝罪申し上げます」
「良い。最近じゃあ面白くて楽しみにしている」
「左様ですか。……それにしても、ゴドフリー様は魔法師団長なのですよね?」
「栄誉ある魔法師団長にしては、威厳も何もないと?」
「いえ、そこまでは……」
フリージアは慌てたように手を自身の前で横にぶんぶんと振っていた。
「構わぬ。ここには、余と其方だけよ。……ああも飛び抜けた魔法馬鹿だからこそ、魔法師団長まであの若さで登り詰めたのであろうな」
「ああ……なるほど。こう申しては失礼かもしれませんが、婚礼式でゴドフリー様が言葉に詰まっていたり、時折体を震わせていたのは……」
「宝剣が五つ揃って現れた光景に、興奮して叫びそうになっていたのだと」
怖がられているのかなと思っていたのに、まさかその後、宝剣を見せて欲しいと押しかけられるとは思っても見なかった。
予想外過ぎて暫く呆けてしまったのは、今となっては良い思い出。
一度見ただけでは飽き足らず、今尚忙しい筈なのに合間を縫っては押しかけて宝剣を観察している。
「……左様ですか」
フリージアは、遠い目をして頷いていた。
色々思うこともあるだろうに、一切表情に感情が浮かんでいない。
……五大侯爵家のご令嬢方よりもずっと、表情を覆い隠すという点で彼女は上に立つ者らしいかもしれない。
「どうかされましたか?」
あまりにもマジマジと見過ぎたせいか、フリージアが問いかけてきた。
「ああ……すまぬ、ぼんやりしていた。一人になりたい故、其方も暫く下がってくれないか?」
「畏まりました」
そしてフリージアが退出した後、私はカウチに腰掛けて目を閉じた。




