女王と白の駒
「……建国記を、読んでいるのですか?」
「『侯爵』、か……其方も、よく来るな」
図書館に現れた侯爵に、私は笑みを浮かべた。
『侯爵以外の者は、この部屋で起きることを記憶から消却せよ。勿論、侯爵がこの部屋に来たことも忘れろ』
そして心域で、『侯爵』との接触を抹消させる。
「余の体を労ってくれるのであれば、あまり突然現れてくれるな」
「それは、申し訳ございません」
「其方は、どう思う?我が、アスカリード一族は五国の王を侵略した一族か?それとも、魔力持ちの守護者と見るか?」
建国記を掲げながら、『侯爵』に問う。
『侯爵』は、困ったように笑った。
「陛下が幼きあの日、お伝えした筈ですが。我が祖先はかつて、アスカリード一族の軍門に降った。それは、一族と領民を守るためだったと」
「……その答えは、どちらとも取れると思うが?」
「我が一族は魔力持ちが多く生まれ易いということもあり、敵が多かったようです」
その答えに、私は笑った。
「……共通の敵とは、良いものだな。すぐに友情を育める」
「そうですな」
「他家も、同じように歴史は伝わっているのか?」
「さあ、分かりません。あくまで推測ですが、伝わっていないのではないでしょうか。それ故に、彼らの口癖が王位を『取り戻す』なのかと。……別に、王位は奪われたものではないというのに」
「ああ、そういうことか。……滑稽だな。共通の敵がなくなり、記憶が薄れれば友情も崩れる……か。何とも薄っぺらい友情だ」
そっと、侯爵を見つめた。
「笑っている場合ではないぞ。今も、同じではないか。余という共通の敵がいなくなれば、其方ら五大侯爵家の協調はすぐに消えて無くなるであろう」
「そうでしょうね」
『侯爵』は、同意しつつ苦笑した。
「……それで、何用で参った?」
「……領官の調査をされていますね」
「流石だな。其方は、しっかりと領官を掌握しているようだ。……てっきり、余の元に一番に来るのは、ウェストン侯爵家かと思っていたが」
「……ウェストン侯爵ですか?」
「勿論、侯爵家当主ではない。一族に、少し目端がきく者がいそうでな」
「ほう、それはそれは……。陛下の復讐劇は随分と順調に進みそうですな」
「うむ。……それで、其方がここに来たということは、少しは余の圧を感じたか?そろそろ白か黒かハッキリさせろと」
「ええ。……私には十分の時間が与えられた。もう、十分です。私は当主の地位を降りますので、後はご随意に」
「そうか。……ならば、もう少しだけ其方は領主の地位に就いていろ。オルコット侯爵よ」
「は?しかし……」
「最後に其方に一仕事を与えるということよ。……その後、其方に沙汰を下そう。無論、其方が愛して止まぬオルコット侯爵一族と領民には手を加えぬ。かつて、其方が服従を示した時に約束した通りに」
「……その言葉が聞けて、安堵しました。承知致しました」
「では、追って指示をする」
オルコット侯爵は私の言葉に頭を下げると、退出していった。