女王と部下の悪巧み
「いやあ……まさか、ルクセリア様の魔法が効かないとは」
スレイド侯爵たちが去った後、すぐにトミーが現れた。
既に部屋は人払いをしていて、私とトミーしかいない。
扉という真っ当な方法では入室していないため、彼がこの部屋にいることは誰も知らないという状況だ。
「恐らく、アルバンとかいう側付きの魔法であろう」
「……スレイド侯爵自身という可能性は?」
「ない。過去に一度、奴の心の声を聴いたことがある」
「部屋にスレイド侯爵の手の内の者がいないことは、俺も確認しています。……であれば、残るはアルバンしかいないということですね」
「厄介な……っ!」
思わず、歯ぎしりをした。
「何故、一族の者でもないアルバンと常に共に行動しているのか不思議に思っていましたけど……納得ですね。侯爵は側近だなんて嘯いていましたが、完全に護衛でしょう」
「ああ。魔法を防げる者ほど、護衛として役に立つ者はいない」
「ちなみに、スレイド侯爵が貴女様の魔法を知っている可能性は?」
「ない……とは言い切れないが、限りなく低い。私の魔法を知っている者で生きている者は、殆どいないんだ」
私の魔法を知るのは、亡くなった両親と、記憶を無くしたアリシア、それから仮面の下を知っていた『侯爵』だけ。
それ以外は、『心域』で記憶を全部消去させた。
『侯爵』も、流石にこの情報はおいそれと他の五大侯爵家には漏らせなかっただろう。
情報が出回ってしまった場合、すぐに彼が漏らしたと分かってしまう程に限られた人物しか知らないのだから。
「まあ……いずれにせよ、スレイド侯爵家を攻略するには、アルバンをどうにかせねばならぬということか」
「それはそうですが……」
「まあ、すぐにスレイド侯爵家の調査を開始……とは言えぬから、ゆっくり対策を考えるか」
「え、何で言えないんですか?」
「……其方の体調は、万全ではなかろう?」
私の答えに、何故かトミーは息を吐いた。
「……俺は、ルクセリア様の駒ですよ?駒の体調を一々気にかけていたら、進められるもんも進められなくなりますよ」
「とはいえ、スレイド侯爵家だぞ?万全の其方にしか、頼めぬ」
そのタイミングで、扉をノックする音が聞こえてきた。
それと同時に、トミーが音もなく姿を消す。
「失礼致します。……おや、トミーはいないのですか?」
入って来たのは、ギルバートだった。
「ここにいますよ。それにしても、よく俺がいるって分かりましたね」
「スレイド侯爵との面談後に、ルクセリア様が人払いをされたと聞きましたので、トミーに何か話があったのかと」
「ああ……そういうことですか」
「丁度ルクセリア様とトミー、二人に確認していただきたいことがありましたので、二人の話が終わりましたら少しお時間を頂ければと」
実は、トミーとギルバートは同じ私の側近ながら中々顔を合わせることはない。
トミーは一度任務に就くと、数日……下手すると数週間いなくなることもあるので、同じく目が回るような忙しいスケジュールを過ごしているギルバートとは時間が合わなかった。
つまり、こうして二人が揃うのは滅多にない機会ということだ。
「そうか……では、報告せよ。こちらの話はひと段落ついた」
「では、ありがたく」
ギルバートの報告は、王宮内の人事だった。
宮中の勢力は大きく分けて二つ。
一つは、五大侯爵家の息がかかった者たち。
そしてもう一つが、それらの家とは全く関係のない者たちだ。
更に細かく分類すると、それぞれの勢力の中で、宮中で働くキッカケが試験を合格した者か、或いは縁故による者かに分けられる。
ギルバートの説明は、簡潔に纏めると、五大侯爵家が瓦解することを前提に、宮中の人事を刷新するというものだった。
「この、粛清リストの基準は?」
ギルバートから渡された書類……ズラリと名前が並べられたそれを揺らしつつ問いかけた。
五大侯爵家の息がかかり、かつ、その五大侯爵家の縁故で職に就いた者でも、容赦なくそのリストに名前が載っているのだから、その本気度も伺えよう。
「単純に、不正を行った者たちです」
「随分と多くないか?」
「積み重ね、ですよ。……過去、五大侯爵家の名の下に随分と好き勝手をされた挙句、追及を止めなければならぬことが何度もございましたから」
「そういうことか……」
大きく息を吐いた。
宮中の中心で、こんなにも不正が罷り通っていたのかと思うと呆れて溜息しか出てこない。
私が名前を眺めている間に、ギルバートがトミーに情報に間違いがないかを確認していた。
トミーはその問に、詰まることなく答える。
トミーもよく記憶しているな……と、どこか他人事のようにその問答を見ていた。
「……報告は、以上です」
「分かった。この者たちを粛清した場合の、国政への影響は?」
「全くないとは言えませんが、最小限に抑えることが可能です。過去、各省庁で最低限の日々の業務を継続するために必要な人員を確認していますので、粛清後は人員をそれらの部署に割り振る予定です」
「ならば良い。……各領地の領官たちについても、同様の整理を行っているか?」
「ええ、勿論です。粛清対象の一次案は完成済です」
「流石、ギルバートだ。……であれば、問題ない。追々報告せよ」
「承知しました。……ああ、そういえば頃合いを見て、アリシアとフリージアに会ってあげて下さい。彼女たち、気を揉んでいましたから」
「ああ……彼女らには今朝方より心配をかけていたようだからな」
「そのこともあるのでしょうが、恐らく五日後の茶会に関することかと」
「ん? 茶会……」
正直、すっかり茶会の存在を忘れていた。
記憶の奥底を引っ掻き回して、やっとそれを思い出したぐらいだ。
「……そういえば、茶会には侯爵家のご令嬢たちも呼んでいたか」
どうでも良いと忘れていたせれども……今にしてみれば、使える。
そんなことを考えていたら、自然と口の端があがった。
「まさか、ルクセリア様。……ご令嬢から、攻略しようと?」
私の笑みの意図を正確に読み取ったトミーが、問いかけてきた。
「ああ……かなり望みは薄いが、試さぬよりはマシであろう。茶会が終わるまで、トミーは一切の調査を凍結、体調の回復に努めよ」
「気合を入れて、休ませていただきます」
「……さて、ギルバートの報告が以上であれば、余は茶会の最終確認に移りたいのだが」
私の言葉に、二人が同時に「問題ない」と答える。
「分かった。……二人とも、引き続きよろしく頼む」
「「畏まりました」」
そうして、私はアリシアとフリージアの元に向かった。
「ルクセリア様、お待ちしておりました。茶会の会場の飾り付けについて、最終確認をしていただければと」
戻ってすぐに、フリージアに言われた。
「そんなことより、ルクセリア様!お昼、大丈夫でしたか? 嫌な人と会わないといけなかったんですよね?」
「こら、アリシアっ!そんなこととは、何ですか。明日の茶会は、ルクセリア様の権威を示す大切な茶会なんですよ。それに、そのようなことを聞くなんて失礼でしょう」
二人のやり取りに、思わず笑う。
「ふふふ、アリシア。心配してくれて、ありがとうね。二人が身支度をしてくれたから、頑張れたわよ。後でゆっくり話すから、今はフリージアと一緒に茶会の準備をしましょうか」
そして私たちは、次の戦支度を始めたのだった。