女王と侍女
次の日の、夜。
私は、仕事終わりにのんびりと本を読んでいた。
明日スレイド侯爵に会うという大勝負を前に、少しでも心を落ち着かせたくて。
「……ルクセリア様、その本がお気に入りですよね」
アリシアが、お茶を淹れながら呟く。
私が読んでいたのは、建国記。
フリージアやハワードと話して以来、手元に置いて時間がある時には読んでいる。
「そう……かもしれないわね。……アリシアは、この本を読んだことがある?」
「そうですね。小さい頃に何度か」
「そう……」
パタン、と本を閉じた音が響いた。
「……建国記って、魔力持ちの奮闘を描いた物語だと私は思うのよね」
唐突な話にアリシアはキョトンと首を傾げる。
「例えば、初代王が戦った魔の者。この世界に、恐ろしいモンスターはいないでしょう?」
「物語に出てくる、ドラゴンとかですか?確かに、そうですねぇ」
「だから、この魔の者っていうのは魔力持ちを害する人たちで、初代王は魔力持ちを守るために、この国を建国したのかなって」
「ああ、なるほど……。確かに、この国は他国と比べて魔力持ちに対して寛容だって聞いたことがあります。私は魔法が使えないですけど、時々暴発するので、他国にいたら大変なことになっていたかもしれませんね。まあ……私の場合は、この国でも皆さんにご迷惑をかけちゃっていますが」
暴発するのは、貴女のせいじゃない。
……だって貴女は、私の誘拐事件に巻き込まれるまで……記憶を無くすまで、有能な魔法使いだったのよ。
彼女が浮かべた苦笑を見て、反射的にそんな言葉が出かけた。
「……魔力の暴発なんて、事故みたいなものよ。貴女が負い目に思う必要なんてないの。迷惑どころか、むしろ貴女がいてくれて、私はとっても助かっているのよ」
結局、過去のことには触れずに言葉を紡いだ。
「ありがとうございます、ルクセリア様」
アリシアは、花が綻んだように笑った。
「だからもし魔力が暴発して、誰かに嫌味を言われたら、私に言ってね」
「大丈夫ですよ。皆さん、とっても優しいですから」
「そう?まあ、フリージアがいてくれるなら大丈夫かしら……」
「そうですね。……それにしても、初代の王様はスゴイですね。魔力持ちを守って、国を建てちゃうなんて」
「私の想像だけどね」
……この初代王が、今のこの国を見たらどう思うだろうか。
魔力持ちの子どもを拒絶している者や、彼らを物扱いし売り買いしている者たちがいる現状を見たら。
悲しむのだろうか。憤るのだろうか。
……それとも、諦めるのだろうか。
「でも、何となく腑に落ちるの。……私が受け継いだ宝剣もね、初代王の祈りが形になったんじゃないかなって。そう考えると、面白いわよね」
「……私も含め、この国の魔力持ちは幸せですね」
「あら?急にどうしたの?」
「きっと、ルクセリア様は初代王のような素晴らしい王になりますから。その御世に生まれて幸せだなって」
「……アリシア。貴女、買い被り過ぎよ」
彼女の優しい想像に、私はそう苦笑しながら言うことが精一杯だった。




