女王と報告
「……報告に参りました」
夜更けの街が眠りについた時分に、トミーの声が静かな執務室に響く。
駒を弄びながら、盤面に向かっていたところだった。
「其方が負傷したとの報告を受けていたが……大丈夫か?」
「問題ないです。大した怪我はありませんし」
「そうか。……必要ならば、休め。それ故に報告が遅くなったとしても、咎めはせぬ」
「ありがとうございます。……ですが、本当に問題ないので。それで本題ですが、エトワールの件です。……消えた子ども達が皆、魔力持ちであることが判明しました」
トミーの回答に、私は思わず溜息を吐いてしまう。
「やはり、そうか。……消えた子ども達の行方は?」
「スレイド侯爵領に送られているようですが、その後の行方は分かりませんでした。恐らく、ベックフォード侯爵家側も把握していないのかと」
「用意周到だな。……スレイド侯爵家を、直接調べねばならぬか」
「ええ、そうですね。…………一応、これがスレイド侯爵領に送られているという証拠です」
渡された紙を、上から下まで見る。内容は、引き渡す子どもの数、それぞれの特徴、引渡し場所等々。
まるで商品リストのような書き振りに、反吐が出る。
「……よくぞ、見つけた」
怒りを漏らさないよう、努めて冷静に礼を告げた。
「いえ、これだけでは……」
彼の言葉を引き継ぐように、私は再び口を開く。
「……糾弾する証拠にはならぬな」
トミーが持って来た証拠には、一切印が押されていない。
ベックフォード侯爵家とスレイド侯爵家の名は記載されているものの、印はない。
名前を騙ったと主張されてしまえば、それまでだ。
「はい、そうです。何故か、ウェストン侯爵家が関わった証拠はあったんですが」
次に渡されたのは、先程と同じ商品リストのようなそれ。
けれども先程とは異なり、しっかりとウェストン侯爵家の印が押印されていた。
「……随分と薄っぺらい友情なのかもしれぬな」
「何か分かったんですか?」
「スレイドとベックフォード侯爵家に関する証拠は一切出てこなかったのに、ウェストン侯爵家からは出てきた。つまり、奴らは互いに互いが関与した証拠を持っているのではないか?」
「……ああ、なるほど。そうして、裏切りを防ぐと言うことですね。確かに、薄っぺらい友情だ」
「さて、ウェストン侯爵家とスレイド侯爵家、二つの家を探らねばならぬ。もしくは……ベックフォード侯爵より、絞り取るか?」
「賛成ですが……もしかしたらベックフォード侯爵家当主は、何も知らないかもしれません」
「……何?」
「愛人との楽しい時間以外は、有能過ぎる側近に全てを任せているので。金さえ手に入ればそれで良い、という感じでした」
あまりにもあまりな話に、再び私の中で怒りの炎が燃え盛った。
「他者の人生を弄んでおいて……っ!」
ダン……ッ。ぶつけようのない怒りを拳に込めて、机を叩いた音が響く。
盤面に置いていた駒の殆どが、倒れていた。
「あと、こんなベックフォード侯爵が役に立たぬ可能性がある以上、先行して両家を調べよ。……ああ、そういえば……」
「……どうされましたか?」
「丁度明後日、スレイド侯爵と会う予定があったな。……そこで直接、聞き出す」
「……本当に便利ですよね、ルクセリア様の魔法は」
私の魔法は、密偵であるトミーからしたら確かに便利なそれなのだろう。
「こういう時にはな。……普通に生活していたら、全く役に立たん」
「それこそ、天の配剤でしょう。……王たる貴女様が、その魔法を持つことが」
「……だと、良いのだがな。まあ、良い。一旦、両家の調査のことは、忘れてくれ」
「畏まりました。……ところで、その駒。貴女様と侯爵家の方々ですか?」
「ああ……よく気が付いたな」
「そりゃ、ルールと異なる駒の置き方をしているようだったので」
「……それも、そうか」
「この黒の王が、ルクセリア様。で、その脇を固めているのが俺ら。……相手は、沢山の仲間に囲まれた白の王が、三つ。……三つ? 未だ四家残っているのに、二つが盤面から落ちているのは、何故でしょうか?」
「……一つは、灰色だから」
そう呟きながら、思わず笑った。
私が敢えて人形姫となったことを知っている『侯爵』のことを思い出して。
「灰色?白でも、黒でもないということでしょうか。……それはつまり、ルクセリア様の仲間?」
あの、敵か味方か判別し難い男にその色はピッタリだ。
「さあ……どうであろうな?少なくとも其方には、そうと決めつけて動いて欲しくない故……これ以上は、秘密だ」
けれどもその考えを口にする事はせず、私は脇に置いていた白王の一つを、黒王と三つの白王の駒の間に置いた。
「承知致しました。俺は、四つの家を敵として動き続けますよ」
「それで良い。……そろそろ、白の駒を一つ黒に染めたいな」
「……仲間に引き入れる、ということでしょうか」
「うむ。……そういえば、ウェストン侯爵家の嫡男。あれを洗い直したか?」
戴冠式で同じ侯爵家の直系であるヴィルヘルムが刺されて、微笑んだ彼。
普通自らも粛清の憂き目に合うのではないかと恐れる場面で、何故そんな反応をしてみせたのか。
単純にラダフォード侯爵家を蹴落としたいがためだったのか、それとも……五大侯爵家の栄華が崩れ始める音を、受け入れていたのか。
その答え次第では、接触する価値がある。
「オスカー様、ですね。調べていて、少し気になったことがあるんです」
「何か?」
「どうやら、王都で頻繁に街歩きをしていたみたいなんですよ」
「ほう?……単なる好奇心か、意中の者でもいたのか……」
「それが、どうやら一緒にいたのがヴィルヘルム様っぽいんですよ。証言のみなので、確かな証拠は何もないあやふやな情報ですけど」
「……ならば、何故……」
彼は、笑ったのか。
仮にその証言が事実だったとして、親交があったヴィルヘルムが刺されたのなら、動揺してもおかしくないというのに。
……考えてみたけれども、分からない。
「もう少し、洗い直してみますよ」
「ああ、頼む。……だが、其方は休め」
「ありがとうございます。しっかり有給休暇をいただきますね」
「有給休暇、か。ふふふ……まあ、良い」
あまりに休まないトミーに、給料が出れば休んでくれるのかと有給休暇というシステムを懇々と言って聞かせたことがあった。
トミーはその言葉を気に入ったらしく、私が休めと口を酸っぱくする度にその言葉を口にする。
「では、失礼致します」
怪我のせいか、若干ぎこちなく頭を下げると、トミーは再び闇に消えていった。