侯爵家の嫡男
「どうか、お考え直し下さい!民を取引の材料にするなど、あってはならないことです!」
感情に身を任せ、声の限り叫んだ。
俺の名前は、オスカー・ウェストン。
ウェストン侯爵家の嫡男。
けれども、部屋の主である父レイフ・ウェストンは眉間に皺を寄せるばかりだった。
「……また、その話か。そのような些事、気にせんでも良い」
「些事? これが些事と、仰るのですか?!」
「逆に聞くが、それ以外に何と表す?領民たちは、我が家の所有物。それをどうするか好きにするのは、所有者の権利ではないか」
あまりといえばあまりの言いように、言葉が一瞬詰まった。
……目の前の男は、一体何なんだ?
人の命をモノとして扱う男が、俺の父であり、領主だと?
「彼らは、物ではない」
「まだそのような世迷言を言うか。奴らは、家畜と同じ。それも、放っておけば勝手に増えていくのだ……そう気にすることもなかろう」
俺は父の言葉に唇を噛み締める。
怒りで目の前が真っ赤に染まっていた。
「……っ! 民を家畜と言う口で、貴方は王になりたいと言うのか」
父は、俺の言葉にただ冷笑を浮かべる。
「何か、間違いでも?国とは、王の持ち物」
「違う!王とは、民を守り導く存在である筈です。私が民であったなら、貴方が王になれたとしても、貴方が治める国になど絶対住みたくない」
「何を生意気なことを!」
ドカリ、鈍い音がした。
頬が、痛い。
殴られたんだな、とどこか他人事のように思った。
「『王になれたら』ではない。私は実質、この地を治める王なのだ。……何度も言い聞かせた筈だぞ。我らウェストン侯爵家は、王族の末裔であると。今、侯爵という地位に在るのは、憎きアスカリード一族に王としての地位を、権威を、奪い取られたのだ!私は、それを取り戻そうとしているだけ。あと、少しなのだ!あと少しで、あの目障りなアスカリードの小娘を廃し、取り戻せるのだ!」
妄執じみた言葉だ。
付き合いきれないと、内心溜息を吐く。
「……失礼します」
これ以上言葉を交わすのは無駄だと、部屋を出て行った。
そしてそのまま歩き続け、自室の扉を乱暴に開ける。
「おかえりなさいませ、オスカー様。ご当主様との話し合いはいかが……って、オスカー様!?一体その頬、どうされたのですか!」
迎え入れたのは、側近のサム。
俺の乳兄弟であり、家族の一員とも言える存在だ。
「案ずるな。父上に殴られただけだ」
「だけって……何故、そのようなことに?ああ、今はそれどころではないですね」
サムはそう問いつつも、傷の手当てを始めた。
「……父上は、もう駄目だ。人の上に立つ者として、超えてはならない線を超えてしまった……」
「オスカー様……」
心配げに、サムは俺を窺い見ていた。
それも、当然の反応だろう。
侯爵家にとって、当主は絶対的な存在。
嫡男とは言え、俺も当主に逆らうことは許されない。
それでも父と口論したばかりか、今なお父の批判をしている。
サムからしたら、俺の立場が心配で仕方ないのだろう。
「いや、今に始まった話ではないか……ヴィルヘルムが言っていたように、もっと前から五大侯爵家は腐敗しきっていたのだろうな」
それでも、俺は止めない。
口からは、自然と我が家の批判の言葉が溢れてくる。
「……オスカー様は、ヴィルヘルム様とご親交があったのですか?」
「ああ、サムに話してなかったか。……少し長話になるだろうから、お前も座れ」
俺は、自身の前の椅子を指差した。
丁度手当ても終わったところだったのか、サムは手を止めて席に着く。
「ホラ、昔からお前や護衛を撒いて度々出かけていただろう?その時に会っていたのは、ヴィルヘルムだったんだ」
「まさか、ヴィルヘルム様とお会いになっていたとは……てっきり、どこぞの女性とお会いになっていたのかと」
「十歳そこらでか?相当ませている餓鬼だな。……ああ、そうか。その頃、お前はまだ正式な侍従ではなかったか」
「ええ。丁度その頃は一旦オスカー様のお側を離れ、侍従となるべく訓練を積んでいた頃ですね」
「そうか……そうだったな。それで、俺が初めて王都に来た時も、お前は領都にいたのか」
「ええ。……どこでお知り合いになったのですか?十歳ですと、まだ正式な茶会には参加されていなかったですよね?」
「……最初は偶然だったよ。あの頃俺は初めて来た王都に興奮して、護衛を撒いて勝手に街に出たんだ。ちょっとした冒険のつもりでな。……とは言え、俺は箱入り息子も良いところ。街歩きをしてすぐに、ちょっとしたトラブルを起こしたんだ」
「トラブル、ですか?」
「ああ……まあ、平たく言えば食い逃げをしでかしそうになったんだ」
「く、食い逃げですか? オスカー様が!?」
普通なら侯爵家の嫡男とは縁が無いであろう罪状に、サムは驚いたように目を丸くさせていた。




