女王と建国記
図書室内には、天井まで聳え立つ本棚に所狭しと本が並べられている。
全体的に薄暗い部屋の中で、窓から差し込む夕陽がとても輝いていた。
私はそっと、本棚から建国記を手に取る。
「……ルクセリア様。こちらにおられましたか」
ふと、静かなそこに女性の声が響いた。
「ああ、フリージア。すまぬな、勝手に移動して。アリシアは?」
「アリシアは、私とは別にルクセリア様を探していましたが……まだ、お会いになられていませんか?」
「そうか……手間をかけて、すまぬ。まだアリシアには会っていない」
「左様ですか。では、こちらにいらしたとお伝えに……」
「ああ、待て。……アーサーよ」
「はっ」
控えていた護衛騎士の一人に、声をかけた。
護衛騎士は、代々王を守る為だけに存在してきた騎士。
騎士の中でも特に武勇と知力に優れ、忠義に厚い者たち。
まさに、騎士の中の騎士。
私が王位を継いだその時から、つまり人形姫の仮面を投げ捨てたその時から、王たる私の側には常にアーサーとハワード、二人の護衛騎士がいた。
「其方、アリシアに余が図書室にいることを伝えてくれぬか? それと、お茶も淹れるよう伝えてくれ」
「しかし……」
「ここは、城内だぞ? それに二人の力量であれば、其方らのどちらか一人が側におれば、滅多なことにはならぬ」
二人の騎士の力量は、騎士団団長のアーロンが太鼓判を押している。
余程の手練れでもない限り、問題なく私を守り切るだろう。
「ルクセリア様。アリシアならば私が……」
アーサーとの会話に、フリージアが遠慮がちに口を挟んだ。
「フリージア。少々、余の話し相手となってくれぬか?」
「……ルクセリア様がそう仰るのであれば、承知致しました」
「では、アーサー。頼んだぞ?アリシアに伝え次第、戻って来い」
「承知致しました」
アーサーが去った後、改めて私はフリージアに向き直った。
「……フリージア。其方はこれを読んだことはあるか?」
私は手に持つ建国記を持ち上げつつ、問いかける。
「申し訳ございませんが、読んだことはございません。……ただ、国内でも有名な物語ですので、内容は聞いたことがございます」
「そうか……」
それは、とある一人の男が国を興すまでの話。
莫大な魔力を持つ彼は、その魔力を基に宝剣を創り出し、そしてその宝剣を使って人々を魔の手から守った。
次第に人々は彼を慕うようになり、また争いの絶えなかった五つの国は、彼の力を恐れて彼の下についた。
そうしてできたのが、アスカリード連邦王国。
王位に就いた彼を慕う者は、魔力持ちもそうでない者も関係なく手を取り合い仕えた。
王もまた、魔力持ちもそうでない者も等しく自らの民として慈しみ守った。
……そうして、アスカリード連邦王国は栄えていったのだった。
……そんな、内容。
一応初代王の伝記という位置づけだが、お伽話のようなものだ。
何せ、主人公である彼に困難が降りかかりこそすれ、後ろ暗いものは一切なし。
『めでたし、めでたし』で全てが包まれる、そんなストーリーだ。
「……その本が、どうかなさったのですか?」
「理想郷をこの目で見たくて……な」
先程読んだ報告書を思えば、この物語は……魔力持ちにとって正に理想そのものだろう。
セルデン共和国にとっても、今のこの国にとっても。
「はあ……?」
唐突な言葉に、フリージアは首を傾げていた。