女王は悩む
そしてブライアンと入れ違いに、ギルバートが部屋に入って来た。
「今度は其方か。……どのような報告か?」
「農作物の収穫量に関する件です」
以前高官たちとの会議で、財務省と総務省が十年以上放っていたと私が問題に挙げていた件だ。
「各領地から挙がった報告を監査する体制を整えるよう、指示を出しておいた筈だが?」
五大侯爵家は立場上こそ王家に付き従う家だが、現実には寧ろ敵だ。
長年かけて王家の力を削ぎ、各領地でまるで王が如く振い……そして遂には前王を手にかけた。
そんな彼らの領地が出す数字を鵜呑みにできるかと言えば……ありえない。その一言に尽きる。
「ええ、そうです。それで出来上がったのがコレなんですけど……」
出された資料を見て、すぐに私はそれを机の上に投げ捨てた。
「ありえぬな」
「そうでしょうね」
「……監査の体制やその方法までは良い。だが、これは何だ? 最後の一文。『但し、財務省長が必要と認め、承認した場合に限る』だと? これでは、空手形も良いところではないか」
財務省長が五大侯爵家系の出身であれば?それも、五大侯爵家の意を汲む者だったら?
……監査なんて、認めないだろう。
そしてそうなれば、今までと全く同じ。王宮は領地の数字を鵜呑みにせざるを得ず、結局領地はやりたい放題。
「確実に、それを狙ってのことでしょうね。態々この一文を入れ込んだのですから」
「余は、認めぬ。ギルバート、この一文は完全な削除を。仮に承認制にするのだとしても、財務省がその権限を持つべきではない。監査をする者たちが決めるべきことだ」
「仰る通りです。……ルクセリア様の言う通り、この一文を削除するよう指示を出します」
「其方ならば問題ないであろうが……奴らは、あの手この手で譲歩を引き出そうとするであろうな」
言葉は、曖昧だ。単語一つ、文のどこに入れるかで解釈は変わる。
例えば、『私は何度も資料を提出する彼を見た』と『私は、彼が何度も資料を提出するのを見た』だと、若干ニュアンスが異なるように感じる。前者は『資料を提出する彼』を何度も見ていて、後者は『何度も資料を提出する彼』をたった一度見かけたのか、はたまた何度見たのか分からなくなる。
それと同じように彼らは自分たちの良いように解釈ができるよう、条文を弄る可能性が高い。
……自分たちの属する侯爵家が、有利になるように。
「老獪な彼らの相手は骨が折れますが……まあ、何とかしましょう」
「頼んだぞ。……にしても、面倒だな。早く五大侯爵家の息がかかったものたちを排除せねば、とてもじゃないが目が離せない」
私が信頼できるのは、目の前にいるギルバートとトミー。それから、ブライアンを始めとするギルバートの部下たち。
だけどギルバートの部下たちは、まだ五大侯爵家の息がかかった者たちと渡り合えるほどの地位も経験もない。
それ故に、私かギルバートしか彼らを押さえることができないのだ。お陰で終始気が抜けない。
「……本来ならば、反対勢力は歓迎すべきことなのですが」
「ああ、そうだな。余に従順なだけでは、余が誤った時にそれを正せない。故に、本来であれば反対勢力は歓迎すべきことだ。だが、これは違う。奴らは国を思ってのことではなく、自身の連なる侯爵家だけの繁栄を願ってのことだ。故に、到底受け入れられるものではない」
「ええ、そうですね」
「……骨が折れる仕事だが、よろしく頼む」
「畏まりました。お任せ下さい」
ギルバートが去った後、私は椅子に深く座った。
……さて、やっと本当に時間が空いた。
一度その体勢で深く息を吐くと、もう一度椅子に座り直して自分の仕事を始めたのだった。




