王女と見習い侍女5
本日3話目の更新です
アリシアが来てから、そろそろ三ヶ月。
……未だ、アリシアの『心の声』は聞こえない。
外は大分寒くなっていて、そんな空気を運んで来る隙間風のせいで、塔の中は特に冷気が籠っていた。
「さ、寒い……」
寒いのが苦手な私は、アリシアが起こしてくれた暖炉の火の前でガチガチに震える。
「あ、アリシアが来てくれて本当に助かっているわ。この寒さの中じゃ、私は薪を取りにいくこともできないもの」
「ルクセリア様は、寒がりですねえ……。毎年、冬の時はどうしてたんですか?」
「ひたすら厚着をして、暖炉の前にいたわ」
毎年、何枚重ね着をしていたっけ?
前世の時からそうだったから、きっと筋金入りの寒がりなのだろう。
「へ、へぇ……」
「……でもここで暮らしていくのなら、そうもしていられないわよね。とにかく、体を動かして温めましょう」
アリシアがいるとはいえ、実質二人暮らし。
やることはたくさんあるし、寒さになんて負けていられない。
「あ、ルクセリア様。どうせ体を動かすなら、やってみたいことがあります」
そして私は、彼女に外へと連れ出された。
「ね、ねえ……アリシア。流石に塔に幽閉中の身としては、外に出るのはマズイと思うの。……何より、外の方が寒くて辛い……」
「ルクセリア様。最後、本音がダダ漏れですよ……」
「……否定はしないわ」
ガタガタ震えつつ、とりあえず体を軽く動かす。
「それで? アリシアがやりたいことって?」
「『黒魔女ごっこ』!」
「……黒魔女ごっこ?」
聞き覚えのない言葉に、首を傾げて続きを問いかけた。
「はい。一人が『黒魔女』役になって、他の人を走って捕まえます。黒魔女役の人は、全員を捕まえられたら勝ち。黒魔女役以外の人は、逃げ切れたら勝ち。そんなゲームです」
ようは、鬼ごっこと同じか。
どこの世界も、同じような遊びがあるのだな……と、妙に感心してしまった。
「……そのゲームって、三人以上が必要じゃない? だって二人だと、逃げる役の人が一人だから、捕まったらすぐに終わっちゃうよ」
「それはそうなんですけど……でも、街の子たちが遊んでいるのを見て、一度やってみたかったんです」
キラキラと彼女の瞳が輝く様を見て、断るに断れなくなる。
「……分かったわ。ただし、逃げることができるのは、この塔から裏の森まで。王宮側には、近づいちゃダメよ。それから、室内もダメ。それが、ルール」
「分かりました! ……じゃあ、ルクセリア様」
ピンと、彼女はコインを弾いた。
くるくると宙で回ったそれを、彼女は手の裏で受け取る。
「裏ですか? 表ですか?」
「表」
「残念、裏です。……というわけで、私が黒魔女役で!」
「え、貴女が当てたのに鬼役で良いの?」
「黒魔女役をやってみたかったので!」
「まあ……それならそれで良いけど。じゃあ、アリシア。十、数えてから追いかけてね」
一目散に、森に向かって走る。
十を数え終わったらしいアリシアが、後から追ってきた。
……速い。
予想通りの彼女の速さに内心舌を巻きつつ、私は更にスピードをあげた。
そうして差を広げたところで、森に突入。
木の裏に隠れるようにして、アリシアの行動を観察する。
「あれー? ルクセリア様、どこでしょう?」
アリシアも、森の中に入って来た。
キョロキョロと周りを見回して、私を探しているようだ。
「ルクセリア様―?」
コソコソと物陰に隠れ、音を立てないように気をつけつつ走る。
鬼ごっこは、逃げる側が隠れてはいけないのだっけか。……まあ、黒魔女ごっこのルールは分からないし、さっきルールの説明時にアリシアも特にその点は言及してなかったから良いか。
そっと、再びアリシアを物陰から見つめた。
さっき黒魔女ごっこを提案してきたときもそうだったけれども、ゲームをしている今も彼女の瞳がキラキラと輝いている。
八歳という歳相応の、子どもっぽさが垣間見れるような……そんなはしゃぎようだ。
そう、彼女はまだ私と同じ八歳。
やけに鋭くて、よく気がつく子だから八歳とは思えない。
まさか私と同じく転生者か? とも思ったけれども、それらしい単語やキーワードを会話の中に混ぜても、彼女は反応しない。
……何か、理由があって隠しているのか。
あるいは……突拍子もない考えだけど、彼女の脳が魔力によって強化されているのか。
身体能力の強化と同じように、無意識のうちに魔力によって脳を強化しているのだとしたら? ……あれほどの記憶力にも、納得ができる。
塔にいる限り検証の仕様がないから、あくまで想像だけど。
「ルクセリア様、みっけ!」
まずい……考え事に熱中し過ぎて、彼女が近づいていたことに気がつかなかった。
全力で逃走を試みたけれども、結局私は彼女に捕まった。
「ハアハアハア……ちょっと、休憩……!」
久しぶりに全力疾走したおかげで、息が上がっている。
額から伝い落ちる汗を拭いつつ、その場に寝転んだ。
……はしたない行為だけれども、誰も見てないから良いか。
アリシアも、私の横に倒れ込むように寝転ぶ。
「ルクセリア様、体は温まりましたか?」
「ええ、そうね。おかげさまで、逆に暑いわ……」
ふう……と、大きく息を吸って吐く。
やっと息が整ってきたというところで、急に笑いがこみ上げた。
同じタイミングで、アリシアもお腹をかかえて笑い出している。
「はー……楽しかったわね」
「はい!とっても! ルクセリア様、すっごく速いですね。全然捕まえられなくて、焦りました」
「それを言うなら、貴女も速かったわよ。速い上に、途中から鬼気迫るような勢いだったから怖かったわ」
「な! あれは、ルクセリア様が隠れてたからです。やっと見つけた!と思って、必死だったんですよ」
そんな言い合いをしていると、さっきまでのゲームが頭の中で勝手に思い浮かぶ。
……やっぱり、楽しかったな。
そう思ったら、また笑いがこみ上げてきた。
アリシアも同じだったのか、楽しそうに声をあげて笑っている。
「……実は私、遊んだのは初めてのことだったんです」
笑いが収まったところで、ポツリと彼女が呟いた。
すぐ隣に寝転ぶ私が聞こえるか聞こえないかぐらいの、本当に小さな声。
「私、魔力量が多いでしょう? 生まれつきそうで、ずっと周りに怖がられていました。私の周りには魔力を持つ人がいなかったので、それは特に」
魔力を持つ人は、大体三百人に一人ぐらいの割合。
この国は他国よりも魔力保有者の率が高いことで有名だけど、それでもその割合だ。
周りに魔力を持たない人だらけということは、ざらにある。
だから、アリシアと同じ境遇だった人も相応にいる筈だ。
「……その上、私は魔法を暴発させたことがあります。ルクセリア様と違って私の場合、大勢に怪我を負わせました。それで、国に保護された……という訳です」
「そう……」
想像しなかった訳じゃない。
彼女の魔力量もまた、平均よりも多い。
そんな魔力量があって、暴走しない方が奇跡だ。
「今はコントロールができるようになったの?」
「はい。……一回、暴発させてからは」
そう言って、アリシアは苦笑いを浮かべた。
その表情の裏にあるのは、多分、後悔と悔恨。
「そっか……」
それを読み取って、だからこそ私はそれ以上踏み込まなかった。
「話が逸れましたけど……そんな訳で、同じ年の子と遊んだことがありませんでした」
「ふふ……私も、そうよ。黒魔女ごっこなんて、したことがなかった。それどころか、同じ歳の子と遊んだことも。……私たち、同じね」
「……そうですね」
「あーあ。それにしても、悔しいな。アリシアに捕まっちゃって。……『次は』負けないからね」
次は、負けない。
また、遊ぼうね。
……そんな意味が伝わったのか、アリシアは笑った。
「『次も』負けないですから!」
私たちは顔を見合わせて、また、笑った。
そうして、その日の夜……私もアリシアも見事に風邪をひいた。
当然だ……たっぷり汗をかいて、外でのんびり談笑していたのだ……風邪の一つや二つもひこう。
遊び終わったら、すぐに塔に戻る……そんなルールが私たちの中でできたのは、そんなしょっぱい経験故のことだった。