女王は説明する
「ふう……」
やっと会議から開放されて、思わず溜息を吐く。
今日も朝から会議の連続で、夕方になってやっと執務室に腰を落ち着けることができた。
ギルバートが無駄な会議を極力減らした結果でこれなのだから、彼がいなかったらどうなっていたことやら。
「お疲れ様です、陛下。少し休憩なされますか?」
ブライアンの問いに、私は首を横に振った。
若手官僚だった彼も、今ではすっかりギルバートの右腕として働いてくれている。
「構わぬ。それで、其方はどのような報告を?」
「はい。本日、リストアップしていたラダフォード侯爵領の領官たちの解雇が完了しましたのでその報告に参りました」
「ああ……今日であったか。暴動等何か問題は発生しておらぬか?」
「解雇を宣言した際に一悶着あったそうですが……今のところ騒動は想定の範囲内です」
「そうか。それは重畳。……それにしても、ラダフォード侯爵領ですら、領官の五分の二が何らかの不祥事に手を染めているとは……な。何度見ても、衝撃的な数字だ。果たして他領はどのようなことになっているのやら……」
「領官は、特に領主である侯爵家に連なる家出身の者が多いですから。その……残念ながら、腐敗の温床となり易いのは事実かと」
……残念ながら、ブライアンの言葉は事実だ。
五大侯爵家が治める各領地は、実質五大侯爵家の独裁政権。侯爵家と血の近い者たちが領政の実権を握り、結果、侯爵家の血筋に連なる者たちだけが優遇されるようになってしまっていた。
『侯爵家の血以外は、人ではない』……そんな皮肉を込めた街の流言は、的を射ている。
「まあ、そうだな。己の権限を勘違いする者が出てきても、仕方がないか」
ブライアンは返事こそしなかったものの、その瞳にはありありと不満が宿っていた。
「……とは言え、報告書を見たときには我が目を疑いました。澱みは一箇所に留まらず、こうも拡がるものかと」
「ああ……不祥事に手を染めていない者も中々傑作であったな。……出勤し一番に書類を枕に眠り、昼には知人への手紙を書き連ね、夜には執務室で遊戯に興じた者もいたとか」
「勿論、給料泥棒という点で、ある意味不祥事に手を染めていることと同義ですので、今回解雇しています 。そういった者たちを含めて五分の三の領官が解雇となりました」
「問題はこれからの通常業務であるが……」
「その為に領都から王宮への業務集中を推進してきましたから……とくに問題ないかと思いますが、何かございましたらすぐにでも報告致します」
「うむ、任せた」
「……あの、陛下」
ブライアンは少し遠慮がちに口を開いた。
「何か?」
「何故、以前のボイコット事件の際、ラダフォード侯爵家系の官僚たちを咎めなかったのでしょうか?」
「ふふふ……あぁ、そうか。彼らにも厳しい処罰を与えるべきであったと、そう言いたいのか」
「ええ、まあ」
「確かに彼奴らを許したことで、余の王宮内での評判は相変わらず『弱き王』だ。その評価を与えられたことを踏まえれば、彼奴らを助けたことは余にとってマイナスにしかならなかったな」
「それは……」
「最初は、余も厳しい処罰を与えようとした。だが、思い直した。あのボイコットの原因は、謂れの無い中傷。それでボイコットを理由に処罰をすれば、静観していた無所属派の官僚たちから失望されるであろうな……と」
無所属派とは、五大侯爵家と縁もゆかりもない家出身の官僚たちのことだ。
私の味方でもないが、五大侯爵家に傾いている訳でもない。
五大侯爵家系の官僚たちが幅をきかせている宮中において、無所属派の官僚にまでそっぽを向かれてしまえば、私の周りは敵だらけ。……そんな状態じゃ、進められる施策も進められなくなる。
「……それに、奴らには後がない。故に、救い拾えば良い駒になると思った」
そう言ってクスリと笑いを漏らせば、ブライアンは居住まいを直した。
「さて、満足のいく答えであったか?」
「いえ……その、はい。ご回答いただきまして、有り難うございました」
ブライアンは頭を下げると、部屋を出て行った。