女王は、倒れた
「お疲れ様でございます、ルクセリア様!」
満面の笑みと共に迎え入れてくれたのは、アリシアだ。
「アリシア。何か飲み物を頂戴?」
「畏まりました。丁度、疲れに良いと言われているお茶を手に入れましたので、お淹れ致しますね」
「では、ルクセリア様。その間にお着替えのお手伝いを」
それまで空気のように気配を消して佇んでいたフリージアが、そっと私の側に近づいて来た。
「ええ、ありがとう」
そのまま衝立の裏側で、フリージアに手伝って貰いながら部屋着に着替える。
……体のあちこちがドレスの締め付けから解放されて、息がし易い。
そんなことを思いつつテキパキと動くアリシアを眺めながら、私はカウチに深く腰をかけた。
「ルクセリア様、お待たせ致しました」
「ありがとう、アリシア」
行儀は悪いが、そのままカウチでお茶をいただく。……やっと、一息つけた。
「それでは、ルクセリア様。御前、失礼致します」
そのタイミングで、フリージアは静かに部屋を去って行った。
「……アリシア。貴女の淹れるお茶は、本当に美味しいわ」
「お褒めにあずかり、恐縮です。……昔から、お茶を淹れるのは得意なんです。実家で初めて習った時にも筋が良いと褒めていただいたので、相性が良いのかなって」
「そう……」
実家で『初めて』習った…か。仕方ないと分かっていても、その言葉に苦い思いが込み上げる。
彼女が塔の記憶を一切失ってしまったという事実を、改めて突きつけられた気がして。
「私は、幸せね。そんな貴女のお茶を、飲めるのだから」
『また』という言葉をお茶と共に飲み込んだ。
「……どうかしましたか?」
私の様子がおかしいと思ったのか、彼女は心配げな表情を浮かべている。
……ダメ、ね。本当にダメだわ。彼女を見ていると、妙にセンチメンタルになる。
過去に捨てた筈の心が、少しだけ舞い戻って来てしまうのかもしれない。
私はそっと首を横振りつつ、頭を切り替えた。
「……何でも無いわ。少し、疲れていたみたい」
「失礼しました。……そうであれば尚のこと、早く休まれた方が良いでしょう」
「ええ、そうね。おやすみなさい、アリシア」
アリシアが去った後、ゆっくりと立ち上がってその場で体を伸ばした。
……やっぱり一日中椅子に座っていると、体が凝り固まるな。
ストンと息を吐くと同時に、体の力を抜いた。
ふとその瞬間、目眩が私の体を襲う。
「……っ!」
気力を振り絞って、何とか音を立てずにその場に倒れ込んだ。
……危なかった……。
音を立てて倒れでもしたら、部屋の外に控えている護衛騎士たちが入って来て、倒れ込んだことが露見するところだった。
まだ、ダメ。……まだ、知られてはならない。
やっと動き出したところなのだ…国の改革も、私の復讐劇も。
それなのに、今私の体のことが露見してしまえば……全てが水の泡だ。
だからまだ、誰にも知られてはならない。
そんな焦燥感にも似た思いを吐き出すように、大きく息を吐いて吸う。
何度かそれを繰り返し、段々と視界がクリアになってきた。
そうして震えて使い物にならなかった体が動かせるようになってから、私はゴロンとその場で仰向けになる。
……ボウッと揺らめく灯りを見ながら、私は笑った。
女王である私が、部屋に独りで床に転がっている状況が、何だかおかしくって。
「……一体、私の体は後どれだけ保つのかしら」
小さく呟いた問いかけに、当然返事はない。
むしろこの場に誰かがいたとしても、誰も答えることのできない類の問いだ。
私はもう一度深く息を吸って吐くと、今度こそベッドに横たわって眠りに着いた。