女王は、毒を吐いていた
書類を手にそそくさと去っていくギルバートを見ながら、それまで無言だったトミーが口を開いた。
「……可哀想に。ルクセリア様の毒に当てられて、ギルバートさん、顔色真っ青でしたよ」
「毒?」
「無自覚ですか……。つまりですね、そんな獲物を狙うような目で見ないで下さいってことですよ。俺でも、寒気を感じているんですから」
「ああ……そういうことか」
漏れ出る魔力を抑えながら立ち上がり、先ほどまで座っていた遊戯盤の前の席に再び座り直した。
「のう……トミー。復讐とは、醜悪だが……この世で最も甘美なモノであるな」
「残念ながら、貴女様と違って俺はグルメじゃないので」
「食わず嫌いはよくないぞ。……ふふふ」
「まあ……貴女様らしい答えだ」
「聖職者に問えば、罪を受け入れて許せと言うだろう。法務官に問えば、自身が罪を重ねるなと言うであろう。友に問えば、父母は決してそのようなことを望んでいないと言うであろう」
「え!? 貴女様に友がいるのですか?」
失礼な問いだなと思ったけれども、確かに友だちがいそうには見えないか……と、苦笑いが浮かぶ。
「……ずっと昔に、『いた』よ」
思い浮かぶのは、あの塔の日々。私と……友であった、アリシアで完結した世界。
「ああ、そういうことですか。失礼しました」
あえて過去形で言ったその真意を悟ったのか、トミーはそれ以上質問をふす重ねなかった。
「否、良い」
目の前の駒を、弄ぶ。
「国のために奴らの排除が必要だという大義名分はあるが……結局のところ、心の奥底にあるのは憎しみという名の醜い感情だ。……時折、そんな自分に嫌気が差す」
「……なら、止めますか?」
「否、それはありえぬ」
パキリと、手にあった駒が悲鳴をあげた。……つい、魔力が漏れてしまったか。
「だからこそ、ここまでやってきた。……それに、な。正直なところ、最後の幕に手をかけた今、楽しくて楽しくて仕方がない」
つい、笑みが溢れる。
「……ホラ、また出てますよ。毒が」
「やっと幕を手にかけることができた今、この喜びを抑えられると思うか?」
「……なるほど。それじゃあ、仕方ないですね。ですが、獲物の前ではくれぐれも自重して下さいよ。狩人がそんなに殺気を出していたら、獲れるもんも獲れなくなりますから」
そう言ったトミーこそが、獲物を前にした肉食獣のように鋭い目を輝かしていた。
確かにこんな視線を向けていたら、私がどんなことを考えているか相手に筒抜けになるか。
「肝に命じておこう」
「……本題の前に、もう一つだけ良いですか?」
「何だ?」
「先ほど言っていた、アレ。貴女様の職務は他の何にも優先されるって言葉に、嘘偽りはありませんか?」
「勿論」
「それは、貴女様の感情よりも?」
「当たり前だな。余は、ルクセリアという一個人の前に、この国の女王。余の私情など、国への責任を前にしたら些事」
「なら、良いんです。いえ、ね? 一応そこんところ、ちゃんと確認しておかないとなって」
「この国を復讐の道連れにするつもりはない」
「それが聞けたんで、良いですよ。じゃ、前置きはこのぐらいにして本題に入りましょうか。ルビーの件です」
「ああ……スレイド侯爵のご令嬢が持っていたルビーの件か。隠し鉱山は、見つかったか?」
「いいえ。それが、どんなに探っても鉱石が発見された痕跡は見つからないんですよ」
「……と、なると他領、あるいは他国からの輸入か」
「やっぱり、そう思いますよね。なので、ちょっとばかし国境を張ってみたんですが……一つ、面白い事実が。スレイド侯爵家と隣国セルデン共和国の間で定期的に人が行き来しているんですよ」
「ほう……セルデン共和国か」
セルデン共和国はスレイド侯爵領に隣接する国だ。
けれども、公的には国交がない。
というのも、セルデン共和国が魔法を『魔の所業』と見做し、魔力持ちを弾圧しているからだ。
魔力の塊とも言える宝剣の所有者を王に据えるこの国と相容れ無いのは、当然のことだろう。
「……何をやり取りしているのかが、問題だな。何かの商品、あるいは情報……色々考えられるが」
「仮にルビーがその対価だとしたら、それなりに価値があるものでしょうね」
「で、あろうな。まあ……隠れて動いていることを踏まえると、どうせろくな事ではないであろう」
そっと、息を吐いた。




