女王の願い
目の前の扉を開く。中は、至って普通の部屋。
一通りの家具が揃っていて、普通にこの部屋で暮らすことができるだろう。
「あれは……!」
ベットに横たわる人物を見て、アリシアが声をあげる。
隠し扉を見ても眉ひとつ動かさなかったというのに……それ以上に衝撃的だったということか。
「……どうしてここに、ヴィルヘルム様がいるのですか?」
「それは勿論、彼が生きているから。……でも、彼が生きていることは公にできない。だから、ここで保護しているという訳」
そっと、彼の手に触れる。
……ほんのりとした人肌の温かさが、感じられた。
「やっぱり……!」
ホッと安堵したように呟いた言葉に、首を傾げる。
「……やっぱり?」
「それは、あの……。ルクセリア様は、大切に思う方を傷つけることはないと思っていたので、納得したのです」
遠慮がちに答えた彼女の言葉に、私は思わず自嘲した。
あの戴冠式を見て、よくぞそんな風に私のことを信じてくれたな……と。
「そう……」
そっと、宝剣を取り出した。それは、彼を突き刺した宝剣。
臙色の光を放つ、それ。
「私は、彼を愛している。彼も、私を愛してくれていた。だから、彼はこの宝剣で死ななかったの」
「それならば、何故ですかっ? 何故……」
まるで堰を切ったように、彼女は私に問う。
その疑問は至極尤もで、もし仮に私が彼女の立場だとしたら……同じように理解できなかっただろう。
「その『何故』は、彼を愛しているのなら、何故彼を刺したのか? の何故?」
けれどもだからこそ、私は彼女の疑問に疑問で返す。
途端、彼女は気まずそうに視線を逸らした。
「……仕方なかった。気がついたときには、もう、全てが遅かったから」
ルクセリアとして生まれてから、あれ程自らの力不足を呪ったことはなかった。
『侯爵』に協力を依頼し、散々影からラダフォード侯爵家を邪魔したというのに……力及ばず、見事にラダフォード侯爵家は王配の席を手に入れたのだ。
「ラダフォード侯爵は私を排除する前提で、王配の座を手に入れた。……それを分かっていながら、人形姫の私にはそれを覆すだけの力がなかったの。魔力という意味でも、後ろ盾や勢力と言った意味でも。だから、時を待つしかなかった……」
王冠を、手に入れるまで。
そして、正式に王位を手に入れるその時まで。
私は何があっても、動く訳にはいかなかった。
それ程に、五大侯爵家と私の間には圧倒的な力の差があったのだ。
「その結果が、あの結婚式。……ラダフォード侯爵家が王配を手に入れた時点で、全ては遅かったの」
婚約を結ばされた時点で、覚悟は決めていた。
けれどもまさかその相手が、初恋の人だとは想定外も良いところだった。
「……彼が目覚めるまで、貴女には彼の面倒を見て欲しいの。部屋を整え、彼の身の回りの世話を。これは、私が信頼できる人にしか任せることができない。だから、アリシア。貴女にお願いしたいの」
「……承知致しました! 任せて下さい! ええ、任せて下さい!」
「ふふふ……お願いね、アリシア」
そして私はもう一度彼の手を握ると、アリシアを連れて部屋を出た。
「ルクセリア様。本日は良いとのことでしたので、明日よりお世話をさせていただきます。あの部屋に伺うのは、やはり、ルクセリア様がいらっしゃる時の方が良いですよね?」
「そうね。そうして頂戴。護衛騎士たちが入って来れないようにしてからじゃないと、あの部屋は開けるつもりがないから」
「承知しました。……そうしましたら、ルクセリア様。夜分遅くに、失礼致しました。私、失礼させていただきますね」
「ええ、お願いね」
アリシアが部屋を去って、ホッと息を吐いた。
……もう、我慢できない。
瞬間、その場に倒れ込んだ。
酷い目眩に起き上がれず、力を振り絞って顔だけを動かす。
……良かった、アリシアには気づかれていないようだ。
まだ、気づかれる訳にはいかない。
ギルバートやトミー、そして勿論アリシアに。
徐々に魔法を使う度に、中から壊れていく……この体のことは。
今の私は、王冠の支えがあって、ようやく宝剣を使えるというぐらい体がボロボロ。……命の砂が溢れ落ちる音が、偶に聞こえる気がした。
後、私は何回宝剣を使えるだろう?
後、どれぐらい魔法を使えるのだろう?
けれども、止まらない。止められない。
復讐の道は、始まったばかり。
劇で言うところの、序盤が終わったばかりなのだ。
「……後、残るは三家……」
血を吐きながら、呟く。
劇のエンディングまで進むのが先か……それとも砂が溢れ落ちきる方が先か。
そんな爆弾を抱えている自分を嘲笑いながら、その場で目を瞑った。




