女王と省長
「……止める必要は、ありませんでしたね。陛下」
歩きながら、隣にいたギルバートが言った。
「甘過ぎたか」
「いえいえ、そんなこと申しておりませんよ。……丁度良い塩梅でしたとも」
「ふふふ……正直に言えば、余は未だ腑が煮え繰りかえっている状態だ。ただ、彼らだけを攻められぬ故、抑えているだけのこと。……まあ、彼らは一部降格、それから減給で手を打つのが妥当であろう。……さて、ギルバート。其方、このまま余に付いて来るか?」
「それは、どういう意味での問いでしょうか?」
「どういう意味も何も……これより、ネイトたちの元に向かう。魔力を解放するかもしれぬから、其方は付いて来ぬ方が良いかもしれぬぞ」
「……。いいえ、付いて行かせてください」
「好きにせよ」
そうして私は、護衛騎士たちとギルバートと共に彼らの監禁場所に向かった。
監禁場所は、私が住んでいた塔とはまた別の塔。
ここは、王族ではなく貴族たちを一時的に拘束する為の塔だ。
今回捕まえた者の中には貴族出身ではない者もいるけれども、官僚たちを唆した罪を正式に公表していない以上、城の地下にある普通の拘置所に留めて置けないと、私はこの塔を選んだのだ。
中に入ると、流石身分の高い者たちの拘置所なだけあり、普通の拘置所とは比べられない程に綺麗に整っている。
「ネイトよ。何故、其方がここに拘束されているか分かっているな?」
「何故も何も、あの会議のことでしょう? ……言わせていただきますが、私はあの会議で事実を述べただけですぞ」
「会議のことを言っているのではない。ああ……それとも其方は分かっていて、トボけているのか?」
「意味が分かり兼ねます」
「……本当に、そうか? 此奴らと共に拘束され、それでも分からぬと?」
私の問いに、けれども彼らは全く表情を変えない。
鈍いのか、それとも神経が図太いのか。
……まあ、どちらでも良い。
どうせこれから先、彼らと話すことは二度とないだろうから。
「……随分と、悪巧みを楽しんだようだな? ラダフォード侯爵家出身者たちの出仕拒否に関わる件、其方たちが裏で糸を引いていたことは既に知っている。故に此度の件、其方らに最も重い罰を与える」
「ははは……何の証拠があって……」
「……ほう? 一応、其方は物証の重要性を理解しているのだな?」
本当に、ラダフォード侯爵家系を責め立てた官僚たちは何を思っていたのだか。
責任ある立場にいるのだ……自分の発言の影響力とやらを、もう少し考えるべきであろう。
「は?」
「……否、良い。証拠など、あるに決まっておろう? 少々脇が甘過ぎたな。其方らがラダフォード侯爵家出身と連絡を取り合った手紙。其方ら同士の連絡。ああ、証人もいるな。その全て確保し、法務官に渡している。……追って沙汰は出すが、爵位と全財産没収が妥当と言ったところか」
「……巫山戯るな」
ネイトが言葉を探している横で、彼の派閥の一人が呟く。
「……巫山戯るな?」
鸚鵡返しをすれば、先程その言葉を呟いた男の横にいた男が口を開いた。
「紛い物の王族の癖に、何を偉そうに……っ!」
「ふふ……ははは……っ! はははは……っ!」
笑い過ぎて、お腹が痛い。
そんな私を、彼らは怪訝な目で見ていた。
けれども、ピタリと笑いを止める。
それと同時に横にいたギルバートの顔が引きつっていた。
「巫山戯るな、だと? ……巫山戯ているのは、其方らであろう?」
ネイトは未だ誤魔化せないか、打開する道を探していたというのに。
これじゃ、派閥の者たちが認めたようなものだ。
……証拠をこちらが握っている以上、ネイトの求める打開の道はないが。
「権限は、権威か? ……違うであろう。権限は、責務に付随するモノ。それに値する職務全うすることで、始めて与えられるものだ。それを自らの権威と馬鹿な勘違いをし、挙句、守るべき民を苦しめる。そのような者を、余が許せる訳がなかろう」
魔力を体に巡らせる。
瞬間、宝剣が宙に現れた。
「そ……それ、それは……」
「余は確かに王となって日が浅い。だが、紛い物の王と呼ばれる筋合いはないと思うが?」
一人、また一人とその場に崩れ落ちる。
本当に、宝剣に対する信仰が篤いこと。
……私は彼らの反抗心がなくなったその様を見て、宝剣を消した。
「沙汰が下るまで、ここで大人しく待て」
そうして私は、監禁場所を出た。
「……ギルバート」
同じく監禁場所から出たギルバートに、声をかける。
「はっ」
「ラダフォード侯爵家出身の者たちも、戻って来た。これで、業務も通常通り行えるであろう」
「……仰る通りかと」
「三日間は、通常業務に専念させよ。それより先、再び改革に着手する」
「承知致しました」
そして私は、自室に戻った。




