王女と見習い侍女4
本日2話目の投稿です
アリシアが来て、三週間が経った。
アリシアの奮闘のお陰で掃除が終わり、随分と暮らし易くなっている。
少し歪だけど、棚も見事に完成していた。
「アリシアー!お茶を淹れてちょうだい」
「はいはーい!」
暫くしてお茶の道具を一式持ってきたアリシアは、少しらぎこちなさを出しつつも、お茶を淹れてくれた。
「どうぞ、ベルアンです」
「アリシア……残念ながら、ハズレ。この茶葉は、ディンブルよ」
「え? うわあー……すいません」
「そうねえ。貴女、記憶力が良い筈なのにどうしてかしらね?」
「正直……お茶の種類が何かって、興味が湧かないです。『お茶』は『お茶』で、どれも同じでしょ?って。外で暮らしていたときは、優雅にお茶なんてすることができなかったですし」
まあ、確かにそうだろうなと思う。
彼女は、生活する為にお金が必要だと前に言っていた。
そんな状態で、一々どこどこのお茶が欲しいなんて言っている余裕はないだろう。
……とはいえ、だ。
私に仕える身になったのだから、覚えて貰わないと。
「コラ」
軽く、彼女を小突いた。
「ごめんなさい」
「良いわ。……今から、貴女にお茶の世界を私が教えれば良いんだもの。お茶によって、味は全然違うわよ。例えば……そうね。アリシア、その棚の二段目にある缶を三つとも取ってきて頂戴」
「は、はいです」
彼女に渡された缶から茶葉を出し、少しずつカップにお茶を注いでいく。
「例えば、これはディンブル。で、貴女が言っていたベルアンはコレ。飲み比べてみて?」
色味がほぼ同じだから、このお茶は見た目だけでの判断は難しい。
でも、顔を近づければ匂いはかなり違う。
「うーん……確かに、言われてみれば全然違うかも? です。ベルアンの方がアッサリめです?」
「そういうこと。で、次はこれを飲んでみて。ウィルソンよ」
「うっわ! 全然違うです! なんていうか、優しい味です!!」
「そうでしょう? ホラ、お茶って奥深い。それに、これだけ違うから、当然人によって好みもあると思わない?」
「それは……まあ、確かに」
「というわけで私の側仕えにいるのなら、お茶は覚えてね」
ニッコリ笑えば、彼女は顔を引きつらせていた。
……私の魔法の話でも怖がらなかったというのに、一体何で今その表情?
「ルクセリア様―。勉強することが、多過ぎです。そんなに頭に入りませんですー」
「あら、大丈夫よ。大丈夫。貴女は素晴らしい記憶力を持っているもの。是非、その才能を思う存分、発揮してちょうだい。……取り急ぎ、まずは語学の勉強ね? 貴女も、付き合って貰うわよ」
「ひ、ひぇぇ!」
逃げようとする彼女をガッシリと捕まえて、私は勉強を開始したのだった。
家庭教師をつけていない今、自分で勉強するより他ない。
幸いにも、王宮からの定期便で教科書や資料、勉強道具が届けられている。
たまに進捗を確認するように課題も出されて、それを王宮に返すと採点されて再び私の元に戻ってくるという仕組み。
……何だが、通信教育みたいだなと最初の頃に思ったっけ。
「うぇぇ、頭が重くてクラクラするですー」
勉強が終わると、アリシアはフラフラになっていた。
彼女が勉強したのは、語学。
まずは読み書き、それから王宮で使われている正しい発音だ。
「大丈夫? どこか具合でも悪い?」
「いえいえー。単純に、色んな事を教わって、頭が重くなっているだけです」
「そ。それなら、良かったわ」
「……でも、ルクセリア様。私が一緒に勉強したら、効率が悪くないですか?だって、ルクセリア様と私って、全然違うことを勉強しているです」
流石、よく気がつく子だ。
「確かに、効率だけで言えば一人で勉強した方が早いわね。……でもね、これは効率性の問題じゃない」
「……?」
「せっかくここで勤めているのだから、貴女にも身につけられるものは全部、身につけて欲しいの。知識然り、経験然り……ね。特に知識は、今は必要なくとも、いずれ必要になるかもしれない。たとえば、大人になって別の職に就く時とか。覚えるときは重荷に感じるかもしれないけれども、持ち続けることに重さは感じない筈よ。だから教わるチャンスがあるなら逃すべきじゃないし、私は貴女に逃して欲しくないと思っているわ」
「……ルクセリア様は、優しいです」
「は? え、何で今その話?」
「何でも何も……だって普通、私のような……平民の子どもに本気で勉強を教えようとする人なんていないです。それも、ご主人様自ら!」
「だから、ご主人様は止めてって。それから、まあ……貴女が初めての人だったから」
「何がです?」
「貴女は、私の魔法を聞いても逃げなかったでしょう? そんな人、初めてだったから」
「でも、それは……」
「……生活の為っていう理由があったとしても、自分の身に危険が及ぶかもしれない場所に居続けることは、なかなかできることじゃないわ」
「……そう、でしょうか?」
「そうよ。だから、貴女のその覚悟に見合うだけのものを渡したいと思ったの」
嘘は言ってない。
……言ってないけど、本音でもない。
私が彼女に勉強を教えているのは、将来の為。
この塔を離れることがあった時に、知識はあればあるほど良い。
これは、本当のこと。
でも根底にあるのは、私が彼女のことをただの侍女と思っていないからだ。
私にとって彼女はこの世界で初めての友達で、そして妹のような存在。
だからこそ、彼女に少しでも何かを得て欲しいと願うのだ。
……なんて、恥ずかしいから言えないけれども。
「……ありがとうございます」
彼女は、照れたように笑った。
「別に、お礼を言われることじゃないわ。……さて、アリシア。疲れたところ悪いけど、食事を取りに行ってくれない? 頭をたくさん使ったから、きっと美味しく感じると思うわよ?」
「……はい!」
そして私たちは、一緒に夕食を美味しく食べたのだった。