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悪徳女王の心得  作者: 澪亜
第一章
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女王と侯爵

執務机に向かいながら、私は一人考え事に熱中していた。

やっぱり、この執務机に向かうのが一番集中できる。


……各省から、担当業務の特定に関わる報告書の提出があった。

残念ながら、総務省からは提出が未だないけれども。


まあ……あの省は、省長が協力的ではないから、提出が遅れることは予測していた。

総務省の業務を除いた省の報告書と、ギルバートの生徒たちのそれを見比べる。


大凡、想定通りか。

差異について、各省に所属する生徒たちから再度必要な工程と人員数を割出させ、全部出揃ったところで、余剰人員を削減するよう各省と交渉を始めるか。

そこまで考えたところで、ノック音に我に返る。

入室の許可をすれば、姿を現したのは『侯爵』だった。


「『其方は、余と彼の会話を聞くな』」


すぐに、側にいた侍女に『心域』を使う。

彼女の表情が抜け落ち、呆然とその場に立つ様を見てから侯爵に向き直った。


「相変わらず、陛下の魔法は汎用性が高いですな」


同じく侍女の様子を見ていた『侯爵』が、面白いと言わんばかりに微笑む。


「そのような追従を言うために、来たのか?」 


「いいえ。領に戻るので、挨拶に参りました」


「其方のことだ。スレイド侯爵が挨拶に余を尋ねたことを知って、丁度良いと来たのであろう?」


『侯爵』だけが私の元に訪れていれば、私と『侯爵』が共謀関係にあることを勘繰る人物が出てくるかもしれない。

けれども他の侯爵も同様に私を訪れた今ならば、彼がここに来ることも不自然ではないだろう。


「陛下の仰る通りです」


「……ならば、本題は?」


「体調含め、ご様子をお伺いしようとと参った次第です」


「ふふふ、余の体調か」


「倒れたとは聞いていませんでしたが……宝剣を出したのです。かつての陛下を知る私が、体調を気にしてもおかしくはないかと」


「それも、そうか。余の魔力回路が壊れていることを知る其方であれば、な。……だが、問題無い。この通り魔法が使えている」


「そのようで。……王冠を手に入れるまで、時を待った甲斐がありましたな」


一度壊れたせいか、それとも『心域』を度々使っていたからか……私の魔力回路は脆弱だ。

『侯爵』には嘘をついたが、魔法を使った後、今なお時折かつてと同じように発作がおきるのは、そのせい。

もし、戴冠式で王冠を受け取る前に宝剣を召喚していたら……能力を使った後、私は倒れていただろう。


あまり知られていないが、王冠は王が宝剣を使う時の負担を軽減させる為の補助道具だ。

魔力回路が脆弱なこの身体では、いくら全ての宝剣を出せる程の魔力を持っていても、王冠無しには身が持たない。

そしてそれ故に、私は戴冠式まで身を潜めるように人形姫として大人しく待っていたのだ。


「ですが、いくら王冠を手に入れた後とは言え、あまり宝剣の力に頼らぬようお気をつけ下さい。あれらは、莫大な魔力を消費します。陛下の体は、それに耐え続けることは難しいかと」


「何が言いたい? 侯爵」


「ヴィルヘルム・ラダフォード侯爵の魔法を解いても、良いのでは?」


『侯爵』の疑問に、私は息を吐く。


「……其方の言っている意味が、分からぬ」


「彼を『助ける為』だったのでしょう? 愛の宝剣で、彼を刺したのは」


私は続きを促すように、『侯爵』をジッと見た。

『侯爵』はそれに応えるように、口を開く。


「『それらの(ツルギ)、さながら善と悪、二つの力を持つ』これが、我が家に伝わる宝剣の姿。愛の宝剣は……王が愛し、またその者も真実王を愛していれば、宝剣がその者を守る。逆に両者が憎み合うのであれば、宝剣は破滅を与える」


「ふふふ……はは、まるで、余と彼が愛し合っていたように言うではないか。侯爵、其方も見ていたであろう? ヴィルヘルムは、余ではない別の女を愛していた。余もまた、そんな彼の姿を目にし続け、どうして愛することができよう? そんな我らの関係で、どうしてあの宝剣で、助けることができよう?」


「……ですが、そうでもなければ説明がつかないのです。わざわざ陛下が身を削って愛の宝剣を使う理由が」 


「それは……」


「誠実の剣だけでも、ラダフォード侯爵家の反逆罪は立証できました。そして、ヴィルヘルム・ラダフォードも連座で罰を下すことができた筈です。それでも、わざわざ陛下は別の宝剣をお使いになられた……婚姻の場で花嫁が花婿を刺し、貴族に恐れられ、『悪』の誹りを受けてまで。これはもう考えられる理由は、陛下が『ヴィルヘルムを助けたかった』しかありません」


「恐れられることこそが、余の目的であったという理由も考えられるではないか」


「誠実の宝剣だけでも、十分インパクトはあった筈です。わざわざ身を削ってまで、二つの宝剣を使う理由としては弱いかと。……ですが、『ヴィルヘルムを助けたかった』のであれば、全ての辻褄が合います。『剣の試練を乗り越えられねば、命を落とし……生き長らえれば、どのような嫌疑をかけられていようとも、王の恩寵を受けたとその全てが赦される』……つまり、ヴィルヘルムは連座の対象から外れるのです」


「……そこまで分かっていて、彼の魔法を解けと?」


「これから先、陛下は宝剣を使わねばならぬ場面に遭遇することもあるでしょう。ヴィルヘルムの魔法を保つことは、陛下の負担にしかならないかと」


「魔法を解いた後、彼はどうなると思っているのか……っ!?」


「さあ……ですが、免罪となるのです。どうとでも生きていけるのでは?」


「そんなことを聞いているのではないっ! お主とて、分かっている筈だ。余は、まだ宮中を掌握しきれていない。故に彼を解き放てば、彼と彼の名を利用せんと多くの者が彼に群がる。そうと分かっていて、彼を解き放てる訳なかろう!」


「……今度こそ守れなくなるかもしれないから、ですか?」


侯爵の問いに、答えられなかった。

守る為……そんな高尚な思いじゃない。

ただ、私は彼と争いたくないだけなんだ。

たとえ……たとえ私と彼に争う意思がなくとも、関係ない。

周りが、時代が、私たちを巻き込み、争わせる。


「……其方は、知っているか? 既に、ネイト省長がラダフォード侯爵家系の官僚を利用しようと動いていることを」


侯爵の問いに答えず、代わりに問い返した。


「ええ、存じています」


「本当に、面倒なことだ。……そういった輩を排除するまで、余は魔法を解除するつもりはない」


「ですが……」


「くどい」


引くつもりはないと、侯爵を睨んだ。

暫く睨み合った末、侯爵から視線を逸らした。


「……どうか、御身を大切にして下さい」


「……ああ、そうだな」


「それでは、御前失礼致します」


そうして、『侯爵』は部屋から出て行った。

瞬間、緊張の糸が解けて息を吐く。


……誰にも、気づかれることはないと思っていた。

彼が、生きていることは。……まあ、良い。

『侯爵』は、私側の陣営。

……それに、彼の居場所を掴めていない以上、侯爵にはどうすることもできないだろう。


きっと、大丈夫。そう、私は自分に言い聞かせるように心の内で呟いた。


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