女王と侍女
「ほう……バーバラが、私に会いたいと?」
ヴィルヘルムと噂になった、女性。
彼女が会いたいと申し出てくるなんて……と、思わず笑みが零れた。
「ええ……挨拶と言っていますけど、一体何が目的やら」
「ふむ……其方ですら、分からぬと?」
「感情的に動く人物は、何を起こすか分からないところがありますから」
「ははは……それは、確かに。さて、どうしたものか……」
「会う必要はないのでは? 会うメリットはありませんから、ルクセリア様のお時間を無駄にするだけかと」
「……会ってみれば良いのでは? 会いたいのでしょう?」
「其方、暇なのか?」
そこには、侍従姿のトミーがいた。
化粧と髪型で変装しているおかげで、一見だけだと彼と同一人物とは思えない。
流石、変装が上手いと妙に感心してしまうほどだ。
「まさか! ここんところ、ルクセリア様のご命令を果たすべく右に左にと大忙しですよ。丁度これから、現場に向かおうと思ってましたが……道中飛ばせば、問題ありません。ルクセリア様の願いを叶えることを優先した方が良いかと」
「ほう……余の、願いとな?」
「会いたい……いいえ、話したいのでしょう?」
「……敵わぬな。其方、余の心の内を読めているではないか」
「まだまだですよ」
「ふふふ……否、其方は確かに余の心を読めているよ。余は、確かに彼女と話がしたいと思っていたところだ。むしろ、待ちくたびれていたぐらいだ」
「……もしかして、ルクセリア様は彼女の思惑が分かっていると?」
「ふふふ……否、分からぬ。ただ、余の推論が正しいかを確認したいだけ」
彼女に会ったのは、二回。
夜会と茶会の時だけ。
いずれも戴冠前で、心域を……魔法をなるべく使わないようにしていた時だから、実は彼女の心の声は聞いていない。
だから、彼女がどうしてここにやって来たのか……確証はない。
それ故に、自分の推論が正しいのか正しくないのか、確かめたい。ただ、それだけ。
……今更確かめたところで、どうもならないけれども。
「え、ルクセリア様の推測、先に聞いておきたいんですけど」
「何だ? トミーも、分からぬと言うのか?」
「え、いやあ……まあ」
「ふむ。……会えば答えは聞ける。ならば余の推論を聞く必要もなかろう」
「……ルクセリア様に危険が及ぶことは?」
「ないであろう。よしんば余の推論が外れていても、彼女が余をどうこうすることはできぬであろう? 余には優秀な番犬がついているし、余自身、簡単にやられるつもりはない」
「……まあ、それならば良いですけど。でも、ルクセリア様。どうして、彼女が来るって分かっていたのですか? 俺に彼女の動きを調べさせていなかったのに」
「……勘だ。所謂、女の勘というやつだな」
「女の勘! また、ルクセリア様には何というか想像がつかない答えというか……」
「何を言うか。余も、女性であるぞ?」
「いや、そう言うことではなくて……」
「……まあ、良い。そうだ、トミー。バーバラの父親であるドルネッティ男爵は、今王都にいるな?」
「え、まあ。……王都から出たという報告はなかったので、多分そうだと思いますけど」
「ならば、至急、王宮に召集せよ。彼が来てから余は会う」
「え……はあ。一体、何故ですか?」
「親の監督不届きは、自分の目で見なければ認められぬであろうからな」
「……? よく分かりませんが、承知致しました」
納得はしていないようだったけれども、トミーは私の命令を受けた。
「さて、バーバラへの伝令役は誰が良いと思う?」
「……フリージアですかね」
「ほう? それは、何故?」
「ルクセリア様の側付きは、アリシア。ですが、アリシアはバーバラの前で魔力を暴発し兼ねない。ならば、その次にルクセリア様が重用しているフリージアが良いかと」
……かつて、アリシアは私の前で魔力を暴発させることはなかった。
それどころか、魔法を巧みに操っていた。
黒魔女ごっこでは彼女の固有魔法『矛盾』で、結界を作られては行く手を阻まれ、とても苦戦した記憶があるほど。
とは言え、それをやられたのは……塔の生活を終える間近だけ。
何度もやって回を重ねる毎に、戦いにどんどん熱が入ったのが原因だ。
それにしても、心域は勝負にならなくなるから使えなくなると言うのに、彼女はバンバン魔法を使っていたのだから、全くアンフェアな戦いだった。
閑話休題。
けれども、それは昔の話。
記憶を失くしたと共に、固有魔法が使えなくなっていたのだ。
そして、魔力の制御方法すら。
……それなのに、魔力量は記憶を失くす前と後で変わらず。
つまり、あの莫大な魔力が常に操作不能状態なのだ……むしろよくぞ今までさしたる被害もなく過ごせたと感心している。
「……其方の言うことは、尤もであるな。ならば、フリージアを呼べ」
近くにいた侍女に声をかけると、侍女はすぐにフリージアを呼びに行った。
「フリージア、急に呼び立てて済まなかったな」
急かされて来たのか、到着したフリージアは戸惑いを隠しきれない様子だ。
「い、いえ……」
「少々、其方にお願いがある」
「私に、お願いですか?」
「うむ。……何やら、バーバラが余を訪ねて来たらしい。余は忙しいのだが、会えるまで帰らぬと息巻いているようでな」
「何と、無礼な……」
フリージアの反応を見て、普通そう考えるよなあ……と、思わず 遠い目をしてしまった。
「良い。……余は、彼女が何故そうまでして余に会いたいのかその理由と、彼女の為人を知りたい。そこで、一芝居を打とうと考えている。其方には、その芝居の助演をして貰いたい」
「承知致しました。ご命令とあれば、何なりと」
「そうか! 助かる。……其方には、彼女に余が『会えぬ』ことを伝えて欲しい。それでもゴネたら、案内せよ」
「お部屋は、何処が宜しいでしょうか? 陛下としてお会いなさるのであれば、より表宮に近い公務用の応接室が良いと思いますし、ルクセリア様としてお会いなさるのであれば奥宮よりのルクセリア様用の応接室が良いかと」
「謁見の間で」
「え、謁見の間ですか?」
「うむ。彼女とは、ゆっくり話がしたい。他にも聞きたい者もいるであろうから、謁見の間の方が良いであろう」
「……承知しました。では会えないと伝えた上で、先方が粘りましたら案内致します」
「そうしてくれ。ああ、他の者たちを集めるのに時間がかかるであろうから、なるべく控室で時間を潰してくれ。準備ができたら、部屋をノックさせる」
「はい。……ですが、私よりもよりルクセリア様のお近くにいるアリシアでなくて、良いのですか? より、台詞に真実味が増すかと」
「彼女の場合は、バーバラが無礼な態度を取った場合、抑え切れぬであろう?」
私の問いかけで気がついたのか、一瞬フリージアは目を見開く。
「差し出がましい口を、失礼致しました。確かに、陛下の仰る通りですね。お役目、このフリージアが承ります」
「うむ。任せた」




