官僚と官僚 2
「くそくそ……くそ!」
ネイト様は苛立ちを隠さずに、机を叩いた。
ダン……っと、耳障りな音が響いて、思わず顔を顰める。
「あの小娘め……王位に就いたのはほんの数日前だと言うのに、良い気になりおって……! テッドもそう思わないか!?」
「ネイト様の仰る通りです。全く、紛い物の王が勘違いも甚だしい」
私は深く頷きながら、ネイト様の言葉に同意をしていた。
以前二人で飲み明かしたのは、僅か三日前。
そのたった数日で、随分と状況が変わってしまった。
認めたくはないが、してやられた。
ルクセリアを侮り、簡単に彼女を貶めることができると思っていたというのに……結果は、惨敗。
おまけに、彼女から指示を出される始末。
ネイト様にとって、酷く屈辱的な会議であったことには間違いない。
勿論、私にとっても。
……だから、こそ。
より、ネイト様は執念を燃やしていた。
ルクセリアを貶め、彼女を排斥せんと。
「ふん……飾りものの人形姫なら人形姫らしく、黙っていれば良いのだ」
そう呟いたネイト様の瞳には、禍々しい光が宿っていた。
「……何とか、あの小娘に恥をかかせた上で黙らせる方法はないか……」
そしてその口調は、酷く重々しい。
「……ネイト様。五大侯爵家のお力を借りるのは、いかがでしょうか? 彼らも、あの小娘が台頭することを快く思わない筈ですから」
「五大侯爵……か。彼らの力を借りることは容易ではないが……否、待てよ」
一瞬、ネイト様が考える素ぶりを見せる。
「良い案が浮かんだ。礼を言うぞ、テッド。………今日はもう帰れ。早速、取り掛かりたい」
にんまりと、嬉しそうな表情を浮かべていた。
我が敬愛なる上司は、悪巧みを考えているときが一番良い顔をする。
きっと言葉通り、彼の頭の中で良い案が浮かんだのだと信じられる程には、見慣れた表情だ。
「承知いたしました」
だからこそ、私はさっさとネイト様の言う通り部屋から去っていた。
そして、それから数日後。
再び私は、ネイト様に呼ばれて訪れていた。
「無事、引き込めた。……これで、あの人形を引きずり落とせるぞ」
「引き込めたとは、一体どなたを?」
「……ラダフォード侯爵家」
ん? と顔を顰めそうになったが、気力で防ぐ。
いや、それにしても……何故、ラダフォード侯爵家なのだろう?
と言うより、どのようにして接触したのだろうか?
何せあの家は、当主一家が揃って行方不明の筈だ。
「しかし、ネイト様……ラダフォード侯爵は、不敬を働いたと専らの噂で……」
「だからこそ、だ。ラダフォード侯爵家系の官僚たちは、当主の突然の処罰に対して王家への不信感を抱いている。引き込むことは簡単であったよ」
ああ、そうか。
本丸……ラダフォード侯爵家ではなく、付き従う官僚を狙ったのか。
それならば確かに、当主一家がいない方がやり易い。
「流石、ネイト様。……しかし、官僚たちを引き込んだ理由は?」
「あの人形は、組織の改革なんぞと抜かしている。……しかし、肝心の官僚たちがいなくなれば?」
「……国政が、立ち行かなくなる」
「そうだ。そしてそれを利用し人形を嗾すことで、私が実権を握る」
「なるほど……ラダフォード侯爵家系の官僚たちは、どうするのですか?」
「私が実権を握った後、然るべき地位を与えてやる。そしてそれを上手く利用し、官僚たちも掌握するのだ」
本当に、地位を与えるのですか?
出かかった言葉を、飲み込む。
……まあ、良い。
約束通り彼らに地位を与えようとも、与えずとも……私には何らダメージはないのだから。
「素晴らしいですな! 人形の慌てふためく様が、とても楽しみですよ!」
「ああ、私もだ」
二人は顔を見合わせて、笑った。




