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悪徳女王の心得  作者: 澪亜
第一章
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女王と昔語り 3

本日2話目の投稿です

彼との思い出を思い出して、笑みが零れた。

たった、一日。

会ったのは、ほんの数刻。

けれどもその数刻で、私の心は全て持っていかれた。


……我ながら、惚れやすいと思わなくもない。

でも、それだけ彼の存在は私の中で強烈に残っていた。

だからこそ、その一日は今なお私の記憶に色鮮やかに残っている。


彼の言葉には決して嘘はなく、いつも真っ直ぐで。

『心域』で心の中にある本音と口から出る言葉の乖離をよく知っていた私にとって、彼のその真っ直ぐさはとても心地良かった。


……ごめんなさい。

そう、謝れたらどんなに楽になるだろう。

でも、私にそんな資格はない。

……否、資格云々の前に、きっとその機会すら望むべくもないだろう。


……ありがとう。

そう、感謝を伝えたかった。

でも、それすら叶わない。


……好き。

そう、自分の気持ちを伝えられたら、どんなに幸せだったろう。

でも、私には許されなかった。

自分の気持ちを、素直に告げることは。


だからこそ、羨ましかった。

自分の気持ちに素直だった、彼女……バーバラのことが。


「全てが終わるまで、待っていて、」


……そうしたら、貴方を解放することができるから。


最後に私は声にならない声で呟き、そして部屋を出た。

自室に戻ると、すぐに隠し扉を元通り隠す。


……そろそろ、眠るか。

そう思ったときのことだった。


「失礼しまーす」


「……表の護衛騎士に、誰も入れるなと伝えていた筈だが?」


「表から、入っていないので」


悪びれもせず言ったトミーに、思わず笑う。


「そうか。……『疾く答えよ。隠し扉のことを、誰かに言ったか?』」


「いいえ、誰にも言っていません」


彼が虚ろな目で答えた。

……やっぱり、見ていたか。


「『そうか。ならば、忘れよ。以後、隠し扉を見たとしてもすぐに忘れ、誰にも言うな』」


「畏まりました」


パン、と手を叩いた。

瞬間、彼の目に光が戻る。


「それで? 用件は?」


「あれ? 俺、ボーッとしてました?」


私の問いかけに、彼は首を傾げていた。

……ほんの一瞬前の記憶が抜けたら、それもそうか。


「そうだな。……何か、気になるものでもあったのか?」


「い、いえ。失礼致しました。ラダフォード侯爵家の状況報告に」


「そうか。ラダフォード侯爵領の様子は?」


「今のところ暴動等の恐れはなく、至って平穏ですよ。ラダフォード侯爵家の罪を、領全体にも負わせられるのではないかという不安はあるようですが」


「その『不安』というのは、どのぐらいのレベルか? 全体に出回っているのか、それとも極一部の街にだけ広がっているのか。それと、かなり深刻な様子なのか、それとも単に噂程度のものなのか」


「全体にこそ出回っていますけど、あくまで噂程度のものです」


「そうか。……引き続き、彼らの動きをよく注視せよ。これまでなかった集会があった場合は要注意だ。民が暴動を起こす可能性がある」


「あー……そうっすね。ちょっと、その辺の監視を強化させます。……言葉を選ばずに言うと、民から見ると、陛下はまだラダフォード侯爵領の領政に手を入れていない。だから、民も陛下のしていることが分からない。これからしようとしていることなんて、当然分からない。だから、少しでも『なんか前の方が良かったぞ』って空気が流れたら、ラダフォード侯爵家に傾く可能性はありますね。……陛下を信じて、ラダフォード侯爵領で奮闘しているノーマンや領官の為にも、そこんところを気をつけないと」


「そうだな。だが……それよりも怖いのは、誰かが意図的にそのような空気を流すことだ」


「……意図的に?」


「因みに、その噂の出所にラダフォード侯爵家の者が関わっている可能性は?」


「一応ラダフォード侯爵家に関わりのあった者は、特定しています。必要とあらば、彼らの動きを洗い直しますが?」


「洗い直せ。最も面倒なのは……ラダフォード侯爵家に関わりのある者が彼らの復権を願い、そして意図的に民を扇動することだ」


民が自発的にラダフォード侯爵家の復権を願うこと、それも確かに恐ろしい。

けれどもそれ以上に面倒なのは、それを助長させる者がいた場合だ。


……後者の方が、より事態が深刻化する可能性が高い。

大勢の人がいれば、それだけ多くの意見がある。

故に、前者であれば意見が纏まり、彼らが動くまでにある程度の時間がかかる筈だ。

けれども、後者の場合は違う。


誰かが私を排斥する方向に皆の意識を向け、そして動かすのだ……当然、暴動と言う名の火が燃え上がるのはあっという間だろう。そしてその上で、中々鎮火させられない筈だ。

私が引くか、助長させる者に退場して貰った上で鎮圧するか……その、二つに一つしか選べない状況になることは想像に難くない。


「ああ……なるほど。承知しました」


「領政の方は?」


「ラダフォード侯爵家筋の領官が、チラホラ出仕拒否をしていますね。尤も、事前に必要最低限の業務を特定したおかげで、通常業務を回せているみたいですよ。勿論、ノーマンさんと協力者たちの奮闘があってこそですが」


「……そうか。其方の目から見て、その状態が続いたとしても、暫くは保ちそうか?」


「領政は門外漢ですが……彼らから焦りは見えなかったので、大丈夫だと思いますよ。一応、ノーマンさんの報告書も持ってきています」


「分かった。後で目を通しておく」


「……それでは、夜分遅くに失礼致しました」


私が報告書を受け取ったところで、彼は退出しようとした。


「……トミー。其方、『エトワール』を知っているか?」


そんな彼に声をかけて、引き留める。


「確か、王都にできた見世物小屋ですよね?」


流石、知っていたか。


「暫く、様子を見ておけ。……怪しい動きがあったら、知らせるように」


「ああ、そうですね。今この時期に王都に根を下ろすのは、少しキナ臭いですもんね」


「うむ。情報統制をしているとは言え、余が結婚していない時点で『何らかのアクシデントがあった』ということは、容易に想像がつく筈。そのような政情不安がある時期に、わざわざ王都に根を下ろすのは違和感を感じる」


言いながら、さっきのアリシアとの会話を思い出していた。

……同じものでも、私とアリシアの見方は随分違う。


アリシアの見る世界は、とても優しい。

だからこそ、彼女の目を通した世界に触れたいと思うのだろう。

世界は、こんなにも優しくて美しいものなのだと……そう、思いたいから。


「全く同感です。……早速、監視させます」


「頼んだ」


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